今日も元気に襲われた
「さあ、やっておしまいなさい、ミギルダ!」
「いくぜー、ちっちゃいの!」
イジワリーゼの声に従い、ミギルダが学園の廊下を駆ける。だがその前にはコリアンデを崇拝する少年少女達が人の壁を作って立ちはだかる。
「行かせるな! 防御陣形!」
「あめーよ! ヒダリー!」
「来なさい!」
ミギルダの呼びかけに、少女達の中に混じって潜んでいたヒダリーが隊列の前に出ると、腰を落として手を組み己の体を足場とする。
「とおっ!」
ヒダリーが腕を引き上げ、ミギルダの体が飛ぶ。だがそれではまだ高さが足りず……故にミギルダの足はそれを踏みつけ更に飛ぶ。
「もういっちょ!」
「キャフン!?」
「そんな!? モブリナさんを踏み台にした!?」
「喰らえちっちゃいの! ごめん、あそばせぇ!」
二度の跳躍で人の壁を飛び越えたミギルダが、その向こうで無防備に立つコリアンデに向かって流星の如く突っ込んでいく。スカートを翻し下着を丸出しにして跳び蹴りを放つミギルダだったが……コリアンデはひょいっと片手でミギルダの足を掴むと、そのまま怪我をしない程度に床に叩きつけた。
「ふぎゃっ!?」
「二点ですわ」
「ぐぅぅ、また駄目だったか。てか、何でそんなに低いんだよ!?」
「そんなの、受け手が私じゃなかったら双方が大怪我をするような攻撃だったからに決まっているでしょう! あと、私だけを狙うならともかく、モブリナさんを巻き込みましたわよね?」
「フンッ! 何だよ、あんな取り巻きくらいィィィィ!?」
不遜な態度を見せるミギルダの顔にコリアンデの小さな手がガッチリと食い込み、ミギルダが錆びた蝶番のような悲鳴を漏らす。
「私、言いましたわよね? 私だけならともかく、他の方を巻き込んだらきつーいお仕置きをしますって、言いましたわよね?」
「ぐぁぁ!? イテェイテェイテェ!? わかった、悪かった! もうしないから!」
「まったく……次はウホりますからね?」
呆れた声で言いつつコリアンデが手を離すと、ミギルダが素早くイジワリーゼの方へと駆けて行く。そこには既に集団から抜け出したヒダリーも待機しており、三人揃ったところでイジワリーゼが何故か勝ち誇るように胸を反らした。
「では、今日の所はこのくらいにしておいてあげますわ! 行きますわよ二人とも! オーッホッホッホッホ!」
「くそー、明日は絶対やっつけてやるからな! 覚えてろよちっちゃいの!」
「では、また明日。おーっほっほっほー」
高笑いを残して、イジワリーゼ達が去って行く。その残響音が消えたところで、コリアンデを守っていた派閥の面々を代表してモブリナがコリアンデに話しかける。
「申し訳ありませんコリアンデ様。コリアンデ様に攻撃を許してしまうとは……」
「いえ、私のことは気にしなくてもいいのですが……モブリナさんは大丈夫ですか?」
「はい! 思いっきり顔を踏まれましたけど、ちょっと鼻血が出ているくらいですわ!」
「それ大丈夫じゃないですわよね!? ああもう、あの人達は……」
軽く顔をしかめながら、コリアンデがモブリナの側に近づき、その鼻にそっと自分のハンカチを当てる。
「コリアンデ様!? そんな、ハンカチが汚れてしまいます!」
「構いませんわ。ハンカチは汚れるものですし……それにせっかく可愛らしいお顔なのですから、身だしなみは整えておいた方が宜しいでしょう?」
「か、可愛らしい!? コリアンデ様……」
コリアンデの小さな手に触れられ、モブリナの顔がにわかに蕩けていく。
「あの、コリアンデ様。私、コリアンデ様になら捧げても……」
「……一体何のことを言っているのかこれっぽっちもわかりませんので、その発言の真意は一切追求致しませんけれども、とりあえず気持ちだけ頂いておくことにしますわ」
「まあ、私の気持ちを受け取っていただけるのですか!?」
「うえっ!? あ、いや、そういうことではなくてですね!?」
「ありがとう存じます、コリアンデ様! これでまた一〇年は戦えますわ!」
「…………ハァ、まあいいですわ」
「クッ、モブリナさん、何て羨ましい……私達もコリアンデ様の寵愛をいただけるよう、より一層努力しなくては! 皆さん、明日からの防御陣形の見直し案も含めて、今から緊急会合を開きますわ!」
「「「はいっ、ナナシーさん!」」」
「では、コリアンデ様。私達はこれで失礼致しますわ!」
「……ええ、はい。あ、授業はちゃんと出なくては駄目ですよ?」
「わかっております! それでは……ほらモブリナさん! いつまでも呆けてないで行きますわよ!」
「待ってナナシーさん! ああ、コリアンデ様のほっそりした指の感触が……ぐへへ……」
貴族令嬢らしい綺麗なカーテシーをしたナナシーが、若干気持ちの悪い笑みを浮かべるモブリナを引きずって皆と共に去って行く。そうしてようやく静寂が戻ってきたところで、今日もまたソバニとアッカムがコリアンデの隣にやってきた。
「今日もお疲れ様」
「ええ、本当に疲れましたわ……」
「見てる分にはおもしれーけどな!」
「うぅ、酷いですわアッカムさん。他人事だと思って」
「そりゃ他人事だしな! てか、お前も凄いけどあのミギルダって奴も凄くねーか? あんな平然と尻を丸出しにする女がお前以外にいるなんて思わなかったぜ」
「酷い誤解を受けているようですけれど、私は別に平然とお尻を晒しているわけではありませんよ? あれはあくまで不可抗力であって……とは言え確かに、あれだけ動けるとなるとちょっと危険ですわね。怪我をする前に、少しくらいは体の使い方を教えて差し上げるべきでしょうか……」
「お前等、一体何を目指してるんだよ……」
「あはははは……」
悩み始めたコリアンデの姿に、アッカムは呆れソバニは乾いた笑い声をあげる。すっかり賑やかになった日常も、これはこれで楽しいものなのだ。
「あ、そうだ。ちょっとお二人にお話ししたいことがあるのですけれど、アッカムさんは放課後のご予定は何かありますか?」
「ん? 別にねーけど……何だ? 話なら昼飯食いながらでもいいだろ?」
「いえ、あまり他の方々にお聞かせしたい話ではないので……放課後に私達の部屋でお茶会ということでどうでしょう? ソバニさんもいいですか?」
「私は勿論いいよ! アッカム君は?」
「ああ、いいぜ。でもお茶会って言うなら、俺の部屋の方がよくねーか?」
コリアンデの提案に、アッカムはそう言って首を傾げる。実際アッカムの部屋の方がコリアンデ達の相部屋よりもずっと広くて内装も豪華であり、集まって話すならそちらの方が快適なのは間違いないのだが……
「いえ、その……アッカムさんの部屋は、乙女心によくないというか……」
「? 何だそれ?」
「あー、そっか。確かにアッカム君の部屋だと、お菓子を食べ過ぎちゃうもんね」
コリアンデ達と違い、アッカムは当然学園に使用人を連れてきている。そしてその使用人が、「イタズラで女の子を泣かせるばかりだった坊ちゃんが、お友達としてお部屋に招待するなんて!」と異様に張り切り、過去二回行われたアッカムの部屋でのお茶会の際は、頼んでもいないのに無限におやつが沸いて出てきたのだ。
「せっかく出していただいたものをお断りするのは心苦しいですし、とても美味しいのでついつい食べてしまうのですけれど、ああまで甘い物ばかりとなると、ちょっとこう、色々なところが気になるというか……」
「何だ、そんなの気にしてたのか? 別にいいじゃん。貧乏女がデブ女になったって、俺は気にしないぜ?」
「アッカムさん……」
「アッカム君って、本当にそういうところ残念だよね……」
「ええっ!? 何でだよ!?」
太ったくらいで自分の態度は変わらないと言っただけなのに、二人からジト目で見られてアッカムが衝撃の表情を浮かべる。
「アッカムさんはアッカムさんだということですね。では、放課後に私達の部屋でということで」
「りょうかーい!」
「待てよ! 何だよそれ!」
「あら、アッカムさんがアッカムさんであることに、何か問題があるのですか?」
「……? いや、ねーけど……でも何か気になるだろ!」
「フフッ。では何が気になるのか、ご自身でゆっくり考えてくださいな」
「ちぇっ、大人ぶりやがって……………………シリアンデのくせに」
ぶすっとふてくされた顔で、アッカムが小さく呟く。その誰にも聞こえないはずの呟きが……しかしコリアンデの耳にはしっかりと届いてしまった。
「アッカムさん? 今とても聞き捨てならない言葉が聞こえてきたのですけれど?」
「ヒィッ!? ち、違う! 俺は何も言ってない!」
「では何故お逃げになるのですか?」
「何となくだ!」
「そうですか……ですが、私から逃げるなんて一〇〇年早いですわよ?」
「ギャァァァァ!?」
「仲いいなぁ、二人とも」
振り返ることなく全力疾走し始めたアッカムを、ニヤリと笑ったコリアンデが嬉々として追いかけ、秒で捕まえてその頭を掴みあげる。そんな二人の姿を、ソバニは微笑みながら見つめるのだった。





