何故か崇拝されてみた
「…………何故こんなことに」
悪意に満ちた噂はいつの間にか立ち消え、隔たれていたソバニやアッカムとの仲も戻り、ショーネとの決着をつけたコリアンデ。これにてようやく平穏な日常が戻ってくるかと思っていたのだが……事態は予想外の方向に進んでいた。
「おはようございます、コリアンデ様!」
「え、ええ。おはようございます……えっと、モブリナ先輩、でしたわよね?」
「まあ! 先輩だなんて他人行儀な事を仰らず、どうぞ私の事はモブリナと呼び捨てにくださいませ!」
「それは流石に……ではまあ、モブリナさんで」
「モブリナさんばっかりずるいですわ! ねえコリアンデ様、今度私の主催するお茶会に是非ご招待したいのですけれど、如何でしょうか?」
「あ、はい。そうですね。前向きに検討させていただきますわ、あー……ナナシーさん」
「お待ちしておりますわ!」
遠巻きに悪口雑言を投げかけられるばかりだったコリアンデの周囲に、今は目をキラキラさせた一団が集まるようになっている。彼ら彼女らはあの日同じ部屋にいたショーネ派閥の子女であり、コリアンデの周囲を少女達が囲い、その更に周囲はまるで女王を守る騎士の如く数人の男子生徒が立っている。
「あの、流石にそろそろ……」
「あっ、申し訳ありません! さあ、それじゃ皆さん。最後にコリアンデ様にご挨拶して、一旦引き上げましょう。では、ごきげんよう!」
「「「ごきげんよう!」」」
「ご、ごきげんよう…………」
愛想笑いを浮かべながらコリアンデがそう告げると、一〇人ほどの男女がコリアンデの周囲から去って行く。そうしてげっそりしたコリアンデの元に入れ替わりでやってきたのは、苦笑を浮かべるソバニと楽しげに笑うアッカムだ。
「お疲れ様、コリアンデちゃん。今日も凄かったね」
「ですわね。本当に何でこんなことになったのか……」
「そりゃお前、光ってたからだろ?」
「うぅ、そんなつもりはなかったのですが……」
あっけらかんと言うアッカムに、コリアンデは疲れた口調で言う。ショーネに突きつけた「裁きの日」がまさかこんな形であっという間にやってくることになるとは、己の浅はかさを呪わざるを得ない。
ちなみにだが、コリアンデは別に意識して体を光らせていたわけではない。というか、そもそも威風堂々たる態度が王者の気配に融合した結果、何となく光り輝いているような雰囲気をまき散らしてしまっただけで、ゴリラ状態と同じく本当に光っていたわけではない。
だが、そんなことはそれを目の当たりにした人々には関係ない。ショーネにどっぷり依存してしまうほどに幼く未熟な精神の持ち主であったショーネ派閥の一部の者が、自分達が信じる絶対の存在であったショーネを打ち砕いた強く可憐な女神の虜となり、こうして熱心にコリアンデにアプローチをしてくるようになったのだ。
「まあ、あれですわ。噂と同じで、あの人達もそのうち現実をしっかり受け入れ、自然と離れて行くと思いますので……それまでは許してあげてください」
「別にいいよー。意地悪されるわけじゃないし……ただあんまり仲良くはできないかも知れないけど」
申し訳なさそうに言うコリアンデに、ソバニは困ったような笑みを浮かべて答える。彼らはコリアンデの不興を買うようなことをしないので、かつてと違いソバニに対して下級貴族だからと無礼を働いたりはしない。
が、彼らとは如何にコリアンデが素晴らしい存在かを延々と賞賛し続ける会話しか成り立たないため、ごく普通の友達としてコリアンデを見ているソバニからすると、ひたすらに愛想笑いを浮かべて相づちを打つことしかできないのだ。
「悪い人達じゃないのはわかるんだけど、どう接すればいいのかわからないっていうか……」
「そんなの、適当に聞き流しとけばいいだろ? つまんねー授業と同じだって!」
「授業は真面目に聞くべきだと思いますけれど、そうですわね。軽く流しておくのがいいかと」
「そっか。そうだね」
そんな雑談をしながらも、コリアンデ達は学園の廊下を歩いて行く。そんなコリアンデ達の前に、不意に三人の人影が立ちはだかった。
「オーッホッホッホッホ! お久しぶりね、田舎娘!」
「久しぶりだな、ちっちゃいの!」
「お久しぶりです」
縦巻きの金髪を振り乱し、高笑いを浮かべる少女とその二人の取り巻き。そのあまりにも見覚えのある姿に、コリアンデは少しだけ驚きながら挨拶を口にする。
「イジワリーゼさん? 確かにお久しぶりですわね。まさか貴方の方から声をかけていただけるとは……一体どのようなご用でしょうか?」
「あら、答えを聞かなければそんなこともわからないなんて、所詮は田舎娘ね!」
何があっても大丈夫なよう、そう話ながらもコリアンデは手でアッカムとソバニに少し離れるように伝えた。そうして二人がコリアンデから距離をとったところで、イジワリーゼはわざとらしく俯いて嘆きの言葉を口にする。
「貴方の非道な行いにより、ショーネ様がお倒れになったことは当然ご存じなのでしょう? ワタクシお見舞いに伺いましたけれど、ショーネ様は酷く憔悴しておられましたわ……ああ、何とお労しい……」
「はぁ……ではイジワリーゼさんは、ショーネさんの仇を討ちに来たと?」
クイッと軽く右腕を持ち上げたコリアンデに、イジワリーゼがビクッと体を振るわせる。だがイジワリーゼは怯まない。ほんの少しだけ口元をヒクつかせつつも、更に言葉を続けていく。
「ま、まあ間違いではありませんわね。ワタクシは学んだのです。ショーネ様のやり方はとても素晴らしく洗練されたものでしたが、それでも貴方に負けてしまった……つまり、やはり一番いいのは圧倒的な力により正面から相手を叩き潰すことなのですわ!」
「……その言葉で我が身を省みると少し泣きたくなるのですが、つまり?」
「勿論……こういうことですわ! ミギルダ!」
「ごめん、あそばせぇ!」
イジワリーゼの声に従い、ミギルダがコリアンデへと突っ込んでいく。そうして勢いを乗せたミギルダの拳を、コリアンデは上げた左腕で易々と防いだ。
「ぐぅ……やっぱり固ぇ……でも……っ!」
「ヒダリー!」
「ごめんあそばせ!」
痛みに顔をしかめたミギルダがニヤリと笑い、イジワリーゼの声に合わせてヒダリーが後ろ手に持っていた掃除用のモップをコリアンデの臑に打ち付ける。バチンというかなり痛そうな音が響いたが、痛みにもだえたのはコリアンデではなく、モップを突き出したヒダリー。
「うぐっ!? 私の手の方が痺れるとは……」
「……イジワリーゼさん? これはどういうことでしょう?」
「決まっておりますわ! ワタクシはワタクシのやり方で、これからも貴方に『淑女教育』を施して差し上げます!」
「いつまでも怖がってちゃ前に進めねーってわかったからな! 覚悟しろよちっちゃいの!」
「私は正直まだ怖いので、補助や裏方の方でお相手致します」
「何だよヒダリー、根性が足りねーぞ!」
「あのねミギルダ。根性とかじゃないの。人はそう簡単にゴリラの恐怖は乗り越えられないのよ?」
「しょうがねーなー」
「とまあ、そんなわけですわ! このワタクシがいる限り、貴方如き田舎娘が安穏と学園生活を送れるとは思わないことですわね!」
「フッ……私にだけ正面から向かってくるというのであれば、幾らでも受けて立ちますわ!」
「その言葉、忘れないことね! 行きますわよミギルダ、ヒダリー! オーッホッホッホッホ!」
「じゃあなちっちゃいの! あっはっはっはっはー!」
「おーっほっほっほっほー……万が一ウホる場合は、私は優しめでお願いします」
廊下に響き渡る高笑いを残して、イジワリーゼ達が去って行く。その背をコリアンデが見送ると、離れていたソバニ達がコリアンデの側に戻ってくる。
「何だありゃ?」
「相変わらず、って言っていいのかわからないけど……変わらないね」
「ですわね。ふぅ、私は平穏な日常があればそれでいいのですけれど……」
小さくため息をつきながら、困り顔でコリアンデが言う。静かな学園生活は、まだまだ遠いようだった。





