話せばわかると気がついた
「さて、アッカムさんはこれでいいとして、次はソバニさんですわね。あんな所に閉じ込められるなんて、一体何がありましたの?」
「っ…………」
クルリと振り向いたコリアンデに問われ、ソバニは息を詰まらせた。何もかも忘れて昔のように楽しく笑っていた時間は終わり、湧き上がる罪悪感が唇を震わせる。
「ご……あ…………うっ…………………………」
会えたことを嬉しいというのか? 助けに行けなくてごめんと謝るのか? それとも裏切ってしまったことを告白して、この場から立ち去るべきなのか? 言葉と想いがソバニの中をグルグルと駆け巡り、口が上手く動かない。
喉が渇く。目がチカチカする。そんなソバニの震える手に……そっと横に寄り添ったコリアンデが自分の小さな手を重ねた。
「大丈夫ですわソバニさん。お茶会はまだ始まったばかりですもの。時間はタップリありますから、ゆっくりとお話していただければいいのです。
難しく考えることはありません。ただあったことをあったままに、感じたことを感じたままに。この部屋を出たソバニさんが過ごした時を、そのまま教えてくださればいいのですわ」
触れ合う手から伝わる、確かな温もり。たったそれだけでソバニの心を満たしていた不安がフッと和らぎ、ソバニは大きく深呼吸をしてからアッカムの……そしてコリアンデの顔を見る。
二人とも、自分の事を待ってくれている。二人なら、きっと自分の話を聞いてくれる。そんな確信がソバニのざわつく心を落ち着かせ……そしてソバニはあの日から今日までのことをゆっくりと語った。
「…………というわけで、私はあの部屋にいたの」
「そうだったのですか……ソバニさん?」
「何? コリアンデちゃん……ひゃっ!?」
怯えと諦めの入り交じった表情で言うソバニの目をコリアンデはジッと見つめ……不意にその手がソバニの頬をムニュッと摘まむ。
「は、はひ!? はひふるほ、ほひはんへひゃん!?」
「勿論、罰ですわ! こんなものでは足りませんわよ……えいっ!」
「ふひゃー!?」
追加で伸ばされた手が、ソバニの両頬をムニムニと弄ぶ。その痛がゆい感触に思わず変な声を上げてソバニがジタバタともがく姿をニヤニヤしながら堪能すると、手を離したコリアンデが鼻がくっつきそうな程にソバニに顔を寄せて言う。
「馬鹿ですわね! ソバニさんは大馬鹿ですわ! 何故私に話してくれなかったのですか! 私はそんなに頼りになりませんか!?」
「違うよ! コリアンデちゃんはいつだって強くて格好良くて……でも、だから私がコリアンデちゃんの邪魔をしてるって言われて……」
「まだそんなことを言う口は、これですか!? えいっ!」
「ひゃふー!?」
再びムニムニと頬を摘ままれ、ソバニは何も言えなくなる。だが今度はすぐに手を離されると、コリアンデの腕がソバニの背中に回され、そのままギュッと抱きついてきた。
「お友達と一緒にいて、迷惑なんてあるわけないでしょう! それともソバニさんは、酷い噂の流れている私と一緒にいるのは嫌ですか?」
「嫌じゃないよ! コリアンデちゃんと一緒なら、あんな噂なんてへのへのぷーだよ!」
「……なら、私も同じですわ。あの程度の噂、どうということはありません。というか、どうでもいい他人の言動などいちいち気に留めたりしませんし」
「でも、私が見た時、コリアンデちゃん辛そうな顔してたよ?」
そう言うソバニに、コリアンデはキョトンとした表情を見せる。
「え? 記憶にないのですが、いつのことでしょう?」
「えっと……日付が変わってないなら、今日の朝のはずだけど……」
「今日の朝? それは…………あっ」
僅かな逡巡の後、答えに辿り着いてしまったコリアンデの額を一筋の汗が伝い落ちた。ソバニに抱きついた姿勢のため見られてはいないが、その口元はヒクヒクと痙攣している。
「どうしたの? やっぱり辛かったんだよね?」
「いえ、その……その時は、ちょっと別のことを考えていたというか……」
「別のこと? 何?」
「……………………怒りませんか?」
「何でこの流れで私が怒るのかわからないけど、怒らないよ?」
「実はその……ちょっと苦手な光景を思い出していたというか……」
「苦手なこと?」
「ええ、まあその……森での修行中に、葉っぱの裏で蠢いていた大量の芋虫を見つけてしまった時のことを……」
「芋虫…………」
コリアンデの腕の中で、ソバニの体からフッと力が抜けたことが感じられた。慌てて体を離してみると、目の前に大写しになるソバニの瞳が死んだ魚のように濁っている。
「だ、だって! 芋虫ですわよ!? 大きいのが一匹とかなら全然大丈夫ですけれど、小さいのがこう……ウゾウゾと集まっておりますのよ!? ああ、想像するだけで背筋がぞわっと……」
「…………う、うん。確かに想像するとぞわっとするけど……え、何であの状況でそんな事考えてたの?」
「何で!? 何でと言われると、取り立てて理由があるわけでもないのですが……きゃっ!?」
視線を宙に彷徨わせしどろもどろになるコリアンデに、今度はソバニの方から抱きついてくる。
「……よかった。コリアンデちゃんが辛い思いをしてなくて、本当によかった」
「ソバニさん……ありがとう存じます」
コリアンデがキュッと腕に力を込めると、ソバニもまたキュッと抱きしめ返してくれる。互いの鼓動が一つになるまで抱きしめ合うと、満足して離れた二人は顔を見合わせはにかんだ笑みを浮かべた。
「ごめんね。またコリアンデちゃんに迷惑かけちゃった」
「謝られることなど何もありませんわ」
「でも、ショーネさんに言われたことに、やっぱり嘘は無いと思うし……」
「うーん。その辺は考え方とか、捉え方の違いでしょうか? 真実の一面だけを切り出して見せたいように見せる技術というか……私としても特に疑ってはおりませんでしたから、ソバニさんやアッカムさんが手玉に取られたのも無理は無いかと」
「うっ、俺もかよ……ってことは、やっぱりダーマス先輩達は……」
「流れからすると、おそらくは……確認なのですけれど、その方達とお知り合いになったきっかけは……?」
「……ああ、ショーネ先輩の紹介だ」
「なら、確定ですわね」
苦しげに言うアッカムを前に、小さく呟くコリアンデの目がキラリと輝く。その背後にうっすらと森の王者の風格が浮かび上がろうとしていたが、流石にそれはすぐに消えた。
「じゃあ、これからどうするの?」
「そうだぜ。俺達を騙してたって言うなら、何かやり返すのか?」
「うーん、そうですわね……」
二人からの視線を受けて、コリアンデは顎に手を当て考え込む。イジワリーゼ達の時と違って、今回は単純に殴ってすませるわけにはいかない。
(ショーネさんの派閥はかなりの人数がいるようですから、普通に正面からやり返してはこちらが悪者にされておしまいですわ。最悪関係者全員をウッホウホにしてしまうという手もありますが、それはいくら何でもやり過ぎですし……)
人目と時間と目減りする乙女心を気にしないなら、それこそ片っ端から『森の掟』に従って拳を叩き込むこともできる。が、その規模の被害者を生み出してしまうと流石にコリアンデの異質さが目立つようになり、学園生活どころではなくなってしまう。
そういう意味では、一番穏便に済ませるならば何もかもを無かったことにして今まで通りに生活するという選択肢もある。ソバニやアッカムとのわだかまりは解消されたのだから、後は同じ手に引っかからないようにだけ気をつければ、ただそれだけでコリアンデの望む平穏な生活が……嫌な噂などもあるのである程度ではあるが……戻ってくる。
(私達三人だけで全てを完結させるならそれもアリですけれど、私はともかくソバニさんやアッカムさんまで完全に他の生徒との交流が断たれてしまうのは望ましくありませんわ。
そうなるとやはり、あの噂にはどうにか対処する必要が……噂?)
「フ、フフフフフ……」
「どうしたのコリアンデちゃん?」
「うおっ、お前スゲー悪い顔してるぞ!?」
突然笑い出したコリアンデに、ソバニとアッカムが声をかける。そんな二人にコリアンデは……
「いいことを思いつきましたわ」
背後にゴリラを出したり消したりしながら、とてもいい笑顔でそう答えた。





