自業自得と責められた
「うっ……あ、あれ……?」
ズキリとする頭の痛みをきっかけに、ソバニが目を覚ます。見覚えの無い薄暗い部屋と自分が床に寝ていたという事実に戸惑っていると、不意に頭上から聞き覚えのない女性の声が聞こえてきた。
「あら、目を覚ましたのね」
「えっと、貴方は? というか、ここは……あれ、私どうして……?」
「フンッ! 貴方のような方と言葉を交わすつもりはありませんわ。少しそのまま待っていなさい」
「えぇ……? は、はい……」
全く取り付く島の無い様子で立ち去っていく女生徒を、ソバニは困惑の表情をそのままに見送る。閉められた扉の向こう側からカチャッという音が聞こえたことが気になったが、それよりもまずは状況の確認が先だ。
「確か……そう、休憩室でタブラ先輩達とお話をしてて、それでお茶を飲んだらすっごく眠くなって……」
幸いにして、記憶はすぐに蘇ってきた。とりあえず立ち上がると軽く体を動かしてみて、怪我などが無い事を確認してから改めて室内を見回してみる。
「何だろう、ここ……物置、にしては広くて綺麗だけど……?」
四方を壁に囲まれ、出入り口は正面の扉一つだけ。室内には大きくて重そうな食器棚やら木箱やらが雑然と並んでいるが、その割には荷物は壁際にしかなく、自分の寝ていた部屋の中央は大きく開けている。
「…………開かない」
試しに扉に手を掛けてみるも、カタカタと音がするだけで扉が開くことはない。となれば先程聞こえた音は外から鍵をかけられた音だと言うことくらいはすぐに思いつく。
「閉じ込められてる? 他に出られそうなところは……?」
壁の高いところには格子窓が存在しているが、当然ながら人が通れるような隙間ではない。差し込む光は十分に強いので、時間としてはまだ昼間なのだろう。
「待ってみる……しかないよね……」
予想も想像もできるが、何一つ確信がない。ならばまずは話を聞こうと、ソバニは部屋の中に置かれた木箱の上に腰掛けた。そうしてしばらく待つと、カチャリという音の後に扉が開いて、意外な待ち人がその姿を晒す。
「えっ、ショーネさん!?」
「あーら、ごきげんようソバニちゃん。具合はどう? 気持ち悪かったりしないかしらぁ?」
「あ、はい。そういうのは別にないですけど……」
「ならよかったわぁ」
そう言って微笑むショーネに、ソバニは無意識に体の緊張を解いてしまった。真っ先に自分の体を心配してくれたこともあり、ショーネが自分を助けに来てくれたのだと思ったのだ。
「あ、あの! 私、タブラ先輩と話をしてて、それで紅茶を飲んだら突然眠っちゃって……」
「ふふ、大丈夫よぉ。ちゃーんとタブラちゃんから話は聞いて、あの子にはお仕置きをしておいたからぁ」
「そうなんですか!? じゃあ――」
早くここから出してください――そうソバニが口にするより前に、ショーネの口元が真っ赤に裂けるような笑みを浮かべる。
「ええ、きつーいお仕置きよぉ。何せこぉんな小娘一人押さえておけないなんてぇ、無能にも程があるわよねぇ」
「……あ、あの、ショーネさん?」
「そのうえ、いざという時に渡しておいたお薬まで使っちゃうなんてぇ! あれを手に入れるのがどのくらい大変か、ちゃんとわかってるのかしらぁ? わかってないからこんな雑な使い方をするのよねぇ。全く困ったものだわぁ」
「ショーネ、さん…………」
何故か楽しげに不満を口にするショーネを前に、ソバニの胸でショーネに対する信頼感がガラガラと音を立てて崩れていく。純朴であることと馬鹿であることは違う。これだけの顔を見せられれば、ソバニにだって何が本当かくらい理解できる。
「嘘、ついたんですか? 私を騙して、コリアンデちゃんから引き離したの!?」
キッとショーネを睨み、ソバニが言う。だがそんなソバニにショーネはトロリと濁った目を向けて微笑む。
「あらあら、そんな言い方されたら悲しいわぁ。というか、私はソバニちゃんに何一つ嘘なんて言ってないわよぉ? 約束したことはぜぇんぶ守ったのに、一体何が嘘だったって言うのぉ?」
「そ、それは…………」
ショーネに問われ、ソバニは自分の方が言葉を失ってしまう。確かに思い返してみれば、ショーネは何一つ嘘を言っていなかったからだ。
「ふふ、ソバニちゃんは決してお馬鹿な子じゃないものぉ。だからわかるでしょぉ? 私は嘘なんてついてない。ソバニちゃんを騙してもいない。ただ貴方が……ソバニちゃん自身がコリアンデちゃんと離れて、見捨てて幸せになる道を選んだってだけのことよぉ」
「違う! 私、コリアンデちゃんを見捨てるなんて、そんなことしないもん!」
「違わないわぁ。違うのはそれをソバニちゃん自身が自覚していたかしていなかったかだけよぉ。
ふふ、そういう意味ではソバニちゃんは最初から、自分の為にコリアンデちゃんを切り捨てていたってことでもあるのかしらぁ? 罪悪感の欠片も感じることなく無意識でお友達を切り捨てられるなんて、ソバニちゃんは怖いわねぇ」
「違う違う違う! 違うもん! 私、そんなことしてない!」
ニヤニヤと笑いながらゆっくり近づいてくるショーネに対し、ソバニは激しく頭を振りながら後ずさっていく。だが二人の距離はすぐに縮まり、ショーネの手がソバニの手首をガッシリと握る。
「嫌! 離して!」
「ウフフ……学園中のみんなからいじめられている今のコリアンデちゃんが、ソバニちゃんにまで裏切られていたって知ったら、どんな顔をするかしらねぇ?」
「っ…………」
必死に顔を背けるソバニの耳元で、ショーネが囁く。甘く腐ったような香りと共に粘つく声がソバニの耳からその心へと侵食していく。
「ほーら、今なら扉が開いてるわよぉ? そのまま外に飛び出して、コリアンデちゃんに泣きついてみるぅ? 酷い噂に傷ついて泣きそうなコリアンデちゃんに、『私も貴方を裏切って捨ててました、ごめんなさい』って告白するのぉ?
フフフフフ。いいわ、いいわよぉ! そぉんなに面白い事をするって言うのなら、この私が素敵な舞台を用意してあげるわぁ! アッカム君とソバニちゃんで、一緒にコリアンデちゃんにごめんなさいしましょうねぇ!」
「ふっ……くっ……あああぁぁ……………………っ!」
ショーネが手を離した瞬間、ソバニの体がその場に崩れ落ちた。自分の内から無限に湧き出てくる罪悪感に、小さな体が押し潰されそうな程に苦しい。
「ごめんね、ごめんねコリアンデちゃん……」
助けに行きたいのに、行くことができない。自分が顔を出すことが一番の責め苦だと指摘され、ソバニはもう何処にも行けない。そうしてただひたすらに泣き続けるソバニに背を向け部屋を出ると、部屋の外から話を聞いていた可愛い後輩に、ショーネが澄ました笑顔を向ける。
「どぉ、リーゼちゃん? まずは前菜、下ごしらえだけどぉ……これが本当の『淑女教育』のやり方よぉ?」
「凄いですわショーネ様! ワタクシもあの娘に教育は致しましたけれど、とてもここまでは……」
「フフフ、でしょうねぇ。いいことリーゼちゃん? 本当に人を縛るのは、他人じゃなくて自分なのよぉ。自分で自分を縛り付けるように誘導してあげるの。そうすればぁ……」
言いながら、ショーネがチラリと奥の部屋に視線を戻す。取り巻きの一人が閉めかけていた扉の隙間から覗くのは、未だ蹲って泣き続けるソバニの姿。
「これ以上何もしなくても、死ぬまでずーっといい声で啼いてくれる、素敵な玩具になるのよぉ! 後はこの子とアッカム君を使って、コリアンデちゃんを……楽しみ、楽しみだわぁ!」
「ええ、とても楽しみですわショーネ様! オーッホッホッホッホ!」
絶望に染まるソバニの泣き声を聞きながら、ショーネとイジワリーゼはまるで仲のいい姉妹のように笑い合った。





