巧みに丸め込んでみた
「うわぁー!」
ショーネの部屋に入った瞬間、ソバニは思わず声をあげてしまった。同じ学園、同じ初等学部の女子寮だというのに、その部屋は自分がいる二人部屋の何倍も広く、上品な調度品に彩られた室内はかつて夢見た「お姫様の部屋」そのものだったからだ。
「ふふ、どうぞぉ」
「は、はい! 失礼します……」
部屋の主であるショーネに手招きされ、ソバニはおっかなびっくり室内を歩いて行く。毛足の長い絨毯はとてもフワフワで、「ここに寝っ転がったら気持ちいいんだろうなぁ」という微妙な妄想まで膨らんでしまう。
「なぁにぃ? そんなにキョロキョロ見られたら、恥ずかしいわぁ」
「あ!? ご、ごめんなさい。ショーネさんの部屋が、とっても素敵だったから……」
「あら、そぉ? 気に入ってもらえたならよかったわぁ。じゃ、そこに座ってちょっと待っててねぇ」
言われて、ソバニは指定された席に緊張気味に腰を下ろす。多くの曲線があしらわれた椅子やテーブルはまるで芸術品のようで、素人目にもきっと高いんだろうなというのが伝わってくる。
「はーい、お茶どうぞぉ」
「あ、ありがとうございます……ショーネさんって、この部屋にお一人で住んでるんですか?」
「そうよぉ。まあ普段は世話役の子がいるんだけどぉ、今日はソバニちゃんと二人きりになりたかったから、遠慮してもらったのよぉ。ソバニちゃんも知らない人がいると緊張しちゃうでしょぉ?」
「う、そうかも……すみません、気を遣わせちゃって」
「いいのよぉ。さ、それじゃ早速お話しましょぉ?」
「はい!」
一口紅茶を飲んでから、ショーネがコリアンデに贈る刺繍の図案を二人で仲良く話し合っていく。もっともその話し合いはショーネの誘導により早々に脱線していき、お茶会を始めて一〇分もしないうちにそれはただの雑談へと変わっていく。
「そう言えば、ソバニちゃんはコリアンデちゃん以外のお友達は作らないのぉ?」
「え? そんなことはないですけど、でも……」
「でもぉ?」
「その……どうやってお友達になったらいいのかがわからないっていうか……」
どちらかと言えば、ソバニは明るく社交的な性格だ。にもかかわらずコリアンデ以外の友達ができないのは、ソバニの身分が学園内ではダントツに低く、ソバニと交流を求める人がいない……それどころか必要以上に声をかけようとすると嫌な顔をされることすらあるからである。
如何に社交性が高かろうと、その状況で友達などできるはずもない。それでも完全に孤立しているならもう少し頑張っただろうが、入学初日にコリアンデと出会ったことで、良くも悪くも満足してしまっているというのもある。
「私が声をかけると、何だか嫌そうにする人が結構いて……だから私から声をかけるのはちょっと怖いかなって」
「そうなのぉ。よーし、なら練習してみましょうかぁ?」
「練習?」
クイッと小首を傾げるソバニに、ショーネが薄い笑顔を浮かべて答える。
「そうよぉ。私のお友達を紹介するから、まずはその人と仲良くしてみたらどうかしらぁ? それなら嫌がられたりしないし、ソバニちゃんに悪いところがあればちゃんと指摘してくれるわぁ。
ああ、それにお茶会の誘い方や貴族としての立ち振る舞いなんかも教えてあげられるわねぇ。そういうの、全然知らないでしょぉ?」
「うぅ、それって何だか友達っていうより、先生みたい……」
「あはは、そうねぇ! でも、最初はそのくらいが丁度いいんじゃないかしらぁ? それにその方が、きっとコリアンデちゃんにも都合がいいと思うわよぉ?」
「コリアンデちゃんに? 何でですか?」
「だってぇ、コリアンデちゃんにお友達が出来ない理由の一つは、ソバニちゃんがいつも一緒にいるからだものぉ」
「な、何で!? 何で私が一緒だとそんなことになるんですか!?」
ショーネの言葉に、ソバニがガタリと椅子を揺らして腰を浮かせる。だがそんなソバニを手で制すると、ショーネが微笑みながらその理由を口にした。
「簡単よぉ。だって、もう出来上がってる仲良しグループに入り込むのって、すっごく大変だと思わなぁい?」
「……あ」
「コリアンデちゃんの場合は、特によぉ。アッカム君は家柄のよさに対して、性格がちょっとだけ子供っぽいところがあって合わない人も多いでしょうしぃ、ソバニちゃんはずーっとコリアンデちゃんと一緒にいて、コリアンデちゃんが一人になることって殆ど無いでしょぉ?
それじゃ声はかけづらいわよぉ。私だってあの時『ここは私達の席なので、他に行ってください』なんて言われたらどうしようって、緊張したものぉ」
「あうぅ……」
改めてそう説明されると、ソバニは恥ずかしさのあまり身を縮こまらせてしまう。確かにこの学園に入学して以来、コリアンデとは朝から晩まで……どころか部屋が同じなのだから寝ている間すらずっと一緒だ。これだけ一緒にいたら、そりゃ別の誰かが声をかけづらいだろうと言われても納得しかない。
「そんなこと、考えたこともなかった……まさか私がコリアンデちゃんのお友達作りの邪魔してるなんて……」
「邪魔とまでは言わないけど、今後の学園生活における影響はあるでしょうねぇ。コリアンデちゃんも有力な貴族家の娘ってわけじゃないから、学園に在籍している間にきちんと人脈を作っておかないと、卒業後が大変だものぉ」
「私、どうしたら……」
「ふふ、そんなに悩まなくても平気よぉ。アッカム君と同じだわぁ」
「アッカム君と?」
すがるような目で自分を見てくるソバニに、ショーネは蕩けるような笑みを浮かべて答える。
「そうよぉ。喧嘩したり嫌いになったりしたわけじゃないんだからぁ、今までより少しだけ距離をあければいいだけよぉ。その間にソバニちゃんは私のお友達と色々練習したりすれば、丁度いいじゃなぁい?
そう、少しだけ。すこぉしだけコリアンデちゃんと距離を……ごく普通のお友達として、当たり前の距離を取るだけよぉ」
「……………………」
テーブルの正面に座っていたはずのショーネが、いつの間にかソバニの傍らに立って、その耳元で囁いている。甘い香水の匂いとトロリと粘つくような声がソバニの耳をくすぐり、その心にネットリと絡みついてくる。
「確かに最初は寂しいかも知れないけどぉ、でもきっとすぐ慣れるわぁ。それにどうしようもなく寂しかったら、こうして私が代わりに抱きしめてあげるわよぉ」
そっとソバニの背後に移動したショーネが、後ろからそっとソバニの体を抱きしめる。するとソバニの後頭部は柔らかな肉に包まれていき、より強くなった香りにソバニは何故だか頭がボーッとしてしまう。
「ショーネさん……」
「だからぁ、私を信じて、私を頼ってぇ? みんなが一番幸せになれるように、私が先輩として面倒をみてあげるわぁ。アッカム君みたいにソバニちゃんにも新しいお友達ができて、コリアンデちゃんにもお友達が増えて……そうして最後は増えたお友達みーんなと集まったらぁ……ほら、とっても楽しそうでしょぉ?」
「はい。お友達が一杯増えるのは、楽しいと思います、けど……」
「なら、すこぉしだけ我慢できるわよねぇ? 大好きなコリアンデちゃんのために、ソバニちゃんも頑張りましょう?」
「コリアンデちゃんの……ため、なら……」
「そうよぉ。ふふふ、ソバニちゃんはいい子ねぇ」
自分の胸に半ば埋まったソバニの頭を、ショーネは優しく撫でていく。獲物を捕らえた蜘蛛の如き微笑みは、ソバニからは見ることができない。
「本当に、いい子だわぁ……素直ないい子は、大好きよぉ」
自分の言葉を素直に聞き入れる、自分にとって都合のいい子。また一人自分の手で腐らせることに成功したショーネは、最後に残った特大の果実の味を想像し、艶めく唇を真っ赤な舌でペロリと舐め上げた。





