秘密の相談されてみた
「アッカム君、また向こうに行っちゃったね」
いつもの昼食、いつもの食堂。だがいつもと違って年上の男子生徒達と離れた席に座っているアッカムを見て、ソバニがそう呟く。少しだけ寂しそうなのは、彼女もまたアッカムとの会話を楽しんでいたからだろう。
「仕方ありませんわ。初めて出来た同性のお友達ということですし、殿方同士で話したいという気持ちもわかりますもの」
「私がご一緒するようになっちゃったからぁ、アッカム君はちょーっとだけ居づらくなっちゃったのかも知れないわねぇ」
そんなソバニの言葉を、コリアンデとショーネが補足する。そう言われてみれば男同士で気兼ねなく話をしたいという気持ちも、女の子三人に自分だけ男の子という気まずさもソバニには理解できてしまう。
「そっかぁ。確かにそうだね」
「別に喧嘩をしたというわけではないのですから、そのうちまたご一緒することもありますわよ。教室で会ったりする分には普通にお話しているのですから」
「そうねぇ。アッカム君が殿方同士の時間を楽しんでいる間は、私達も女の子同士の甘ぁい時間を楽しんでおけばいいと思うわよぉ。そーれぇ!」
「きゃっ!? もう、ショーネさんったら!」
アッカムがいなくなりテーブルは広くなったというのに、ショーネは相変わらずソバニの隣に座っている。そんなショーネに抱きつかれ、ソバニが楽しそうに黄色い悲鳴をあげた。
「ふふ、相変わらず仲が宜しいですわね……っと、失礼。ちょっとお花摘みに行ってまいりますわ」
「あ、それなら……っ」
「? 何ですかソバニさん?」
「ううん、何でもない! 行ってらっしゃい、コリアンデちゃん」
「ごゆっくりぃ」
微妙に言葉を詰まらせたソバニにほんの少しだけ首を傾げつつ、コリアンデが席を立つ。そうして二人だけが残されると、ソバニが徐にショーネに話しかけた。
「それでショーネさん、相談って何ですか?」
コリアンデに着いていこうとしたソバニの耳元で、ショーネが小さく呟いた言葉。その意図を問うソバニに、ショーネは笑顔で話し始める。
「ソバニちゃんなら気づいてると思うんだけどぉ、私とコリアンデちゃんって今一つ仲良くなりきれてない感じだと思わないかしらぁ?」
「えっ!? そんなことないと思いますけど?」
「あー、じゃあ言い方を変えるわねぇ。ソバニちゃんとコリアンデちゃん程には、私とコリアンデちゃんは仲良くなれてないでしょぉ?」
「それは……へへへ……」
改めてそう問われ、ソバニの頭の中にコリアンデとの日々が蘇る。確かにギュッと抱きついたり一緒に寝たりするほどには二人は仲良くない……というか、むしろ自分がどれだけコリアンデと仲良しなのかを思い知って、ソバニが思わず照れ笑いを漏らしてしまう。
「確かに私とコリアンデちゃんは、凄く仲良しだと思います……」
「でしょぉ? だから私ももう少しコリアンデちゃんと仲良くなりたいんだけど……それで、ソバニちゃんとコリアンデちゃんが刺繍を交換したって話、あったでしょぉ? それに倣って、私もコリアンデちゃんに刺繍を贈ろうかと思ってるのよぉ」
「あ、それいい! コリアンデちゃん、きっと喜んでくれると思いますよ!」
「ふふ、ありがとぉ。それでねぇ、せっかくならコリアンデちゃんには内緒で作って驚かせたいなぁって思うんだけど、コリアンデちゃんが好きそうな図案とかがあんまりわからないのよぉ。だからソバニちゃんに相談に乗って欲しいなぁって思ったの」
「うわー、素敵! そういうの私大好きです! 勿論、私でよければ幾らでも協力します!
っていうか、私も一緒にもう一つ作っちゃおうかなぁ? ふふ、二つも貰ったら、コリアンデちゃんビックリしちゃうかも?」
驚き喜ぶ友達の笑顔を想像して、ソバニの目がキラキラと輝く。そしてそんなソバニの顔を見て、とろりと濁ったショーネの目がほんの少しだけ細くなる。
「それもいいわねぇ。なら授業が終わったら、私の部屋にご招待してもいいかしらぁ? コリアンデちゃんには内緒で、二人一緒に刺繍をしましょう?」
「わかりました、是非! あ、でも、コリアンデちゃんに何て言ったらいいんだろう?」
「それは私の方で上手く言っておくわぁ。じゃ、約束よぉ?」
「はい! 約束です、ショーネさん!」
「ふぅ、お待たせしました……あら、お二人ともどうかなさったんですの?」
と、そこに用を済ませて戻ってきたコリアンデだったが、妙に距離の近い二人にもう一度首を傾げる。だがそんなコリアンデに、ソバニとショーネは顔を見合わせニヤリと笑うと、口を揃えて同じ事を言う。
「ふふふ、内緒!」
「そうよぉ、内緒なのよぉ」
「えぇ、私だけ仲間はずれは酷いですわ! そんな意地悪を言うソバニさんは、またタップリとくすぐってしまいますわよ?」
「うわっ、それは狡いよコリアンデちゃん!? で、でも今度は絶対言わないんだから!」
指をワキワキと動かして微笑するコリアンデに、ソバニは胸の前で拳を握って抵抗の意思を示す。その愛らしい姿とは対照的に妖艶に体をくねらせているのがショーネだ。
「あら、私の方はくすぐってくれないのぉ?」
「ショーネさんをくすぐるのは、何かこう、絵的によくないといいますか……」
「あら、そぉ? 私が喘ぎ声をあげて身もだえる姿なんてぇ、殿方ならお金を払ってでも見たいという方が幾らでもいるのよぉ?」
「……いえ、私はそういう特殊性癖は持ち合わせておりませんので」
「うーん、なら間を取って、私がソバニちゃんをくすぐっちゃおうかしらぁ?」
「うひゃっ!? ちょっ、ショーネさん!?」
何故かショーネにコチョコチョとくすぐられ、ソバニが戸惑いながら必死に笑い声を堪える。そしてそんなソバニに、コリアンデの魔の手が追加で迫る。
「むぅ、出遅れましたわ! ほーら、ソバニさん? コチョコチョコチョー」
「くっ!? ふへっ!? や、やめっ! 二人とも、駄目っ!」
「ほぉら、こちょこちょこちょー」
「こちょこちょですわー!」
「駄目! 駄目だったら……もーっ! 駄目!」
「キャッ!?」
「あうっ!?」
ソバニがペチンと二人のおでこを叩き、コリアンデ達の指が止まる。それでようやく息を整えたソバニは、これ以上無い程にほっぺたを膨らませてお冠だ。
「コリアンデちゃん、やりすぎ! あとショーネさん、何で私のことくすぐったの!?」
「それは勿論、その方が楽しそうだったからよぉ!」
「むーっ!」
「そんなに怒っちゃイヤよぉ! なら今度は私とソバニちゃんで、コリアンデちゃんをくすぐってみるのはどうかしらぁ?」
「っ!? …………コリアンデちゃん?」
ショーネの提案に、ソバニの瞳がキラリと光る。そうして怪しげに蠢く二人の指が迫ってくると、コリアンデは座ったばかりの席から腰を浮かせた。
「あ、あの、お二人とも? その、二人がかりというのはあまりよくないんじゃありませんか?」
「さっき私のこと、二人がかりでくすぐったよね?」
「ふふふ、諦めなさぁい」
「そ、そうだ! くすぐるのではなく、蹴ったり殴ったりにしてみませんこと? そちらなら幾らでも大丈夫ですし!」
「普通に嫌だよそんなの!? っていうかひょっとして、コリアンデちゃんってくすぐられるの弱いの?」
「あらあら、これはいいことを聞いたわぁ」
「……は、話し合いましょう。言葉を交わすというのはとても大切なことですわよ?」
「コリアンデちゃん、覚悟はいーい?」
「どんな声で鳴くのかぁ、とーっても楽しみねぇ?」
「こうなれば『森の掟』を……ウホッ!? ウホホホホホホホホ!!!」
小さな体を思いきりよじらせながら上げる、コリアンデのあまり可愛らしくない笑い声が食堂の中に響き渡る。そんな光景を遠くから見ていたアッカムは、この時ばかりは「ああ、俺こっちにいてよかった……」と心の底から思ったのだった。





