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出会って早々、打ち解けた

「まさか初日でドレスを駄目にしてしまうとは……まあ入学式が終わってしまえば当分は着ることの無い服ですから、後で入念に洗っておくことにしましょう」


 自分が酷いいじめを受けるであろう事を、コリアンデは事前に知っていた。だがそれがまさか入学初日だとまでは知らなかったし、仮に知っていたとしても入学式に汚される前提の安いドレスで出席するわけにはいかない。


「せめて昨日が雨で無ければ……いえ、それ以前に倒れ込む位置をもっときちんと調整するべきでしたわね。迂闊でしたわ。染みが残らなければいいですけど」


 そんなことを呟きながら、コリアンデは汚れた姿を気にすることなく普通に歩いて寮へと向かっていく。汚れたドレス姿そのままで歩くコリアンデにすれ違う人達がヒソヒソと何か話しているようだったが、そんなものをいちいち気にしたりはしない。


 とは言え、関わってくる全ての人々を無視することもできない。具体的には寮の管理をしている厳しい目つきをした老齢のご婦人だ。


「待ちなさい。貴方、その格好はどうされたのですか?」


「これは、えっと…………その、転んでしまいましたの…………」


 それは決して嘘ではない。ただ「突き飛ばされて」という主語を抜いただけ。そして経験豊富な寮母の方も、この手の「洗礼」が毎年行われていることを理解している。


「…………そうですか。ならばすぐに部屋に戻って着替えなさい。その格好で外を出歩いてはいけませんよ。自分の部屋の場所はわかりますか?」


「はい、大丈夫です。ありがとう存じます、寮母様」


 ならばこそ、寮母はよほど目に余ること……具体的には目に見えるような場所に深い傷を負わせるなど……でもなければ何も言わないし、事を荒立てたりもしない。そのことをコリアンデも理解しており、ぺこりと軽く頭を下げてそのまま寮母の隣を素通りした。


 いじめられたと訴える? そんな無駄なことはしない。侯爵家の令嬢の「教育」に口を挟める者などいないし、何よりコリアンデは自分がこれから最低でも三年の間いじめられ続けることを知っているのだから。


「えーっと、私の部屋は……ここですわね」


 幸いにして、コリアンデの部屋は寮の入り口からほど近い場所にあった。基本的に高位の貴族ほど奥まった場所に配置されるという慣習によるものだが、それが今はありがたい。


「失礼しますわ……って、相部屋の方はまだいらしてないみたいですね」


 ノックして部屋に入ると、二人部屋の室内には誰も居なかった。自分の荷物は部屋の中央に置かれていたので、コリアンデはとりあえず二つある据え付けのクローゼットの片方を自分のものとして荷物をしまい込み、次いで豪快に服を脱いでいく。


「ふむふむ、汚れてはいても破れていたりはしないようですね。って、ああっ!? 下着まで泥がしみてますわ……」


 当分は着ないであろうドレスはともかく、下着はそこまで大量の着替えがあるわけではない。ちょっとだけガックリしながら、コリアンデはスルリと足から下着(ドロワーズ)を抜くと、頭上に持ち上げて汚れの状態を確認した。


「うぅ、泥汚れのしみ抜きは面倒なんですわよね……早めに寮母様に言って洗濯桶を貸していただかないと」


 たとえ見えないところであろうと、泥染みつきの下着をそのまま履くわけにはいかない。特に茶色の泥汚れをそのままにするのは、流石のコリアンデでも許容できない……したくない誤解を与えてしまう可能性が高いからだ。


「ここが私の部屋…………っ!?」


 と、その時。突然部屋の扉が開き、その向こうにいた少女がお尻丸出しのコリアンデを見て驚きに固まる。


「…………あの、とりあえず扉は閉めていただけませんか?」


「あっ!? ご、ごめん!」


 可愛いお尻を丸出しのまま振り返って言うコリアンデに、少女は大慌てで扉を閉めた。幸いにして少女が固まっていた時間は僅かであり、コリアンデの尻を更なる衆目に晒すことだけは避けられたようだ。


「本当にごめんなさい! 私、中に人が居るなんて思わなくて……」


「相部屋なのですから、むしろ普通は誰かいるのでは?」


「そ、そうだよね。本当にごめん…………あっ」


 ションボリと肩を落とす少女の視線が、コリアンデの手にする下着に移る。そこには茶色い染みが広がっており……


「え、えっと…………そ、そういうこともあるよね! ほら、入学式とか緊張するし、お腹の調子が悪いことだって……」


「あの、とても不名誉な誤解を受けていると思うので訂正させていただきますが、これは泥汚れですわよ? ちょっとぬかるみで転んでしまいまして」


「あ、ああ! そ、そうか、そうだよね。ごめん」


「……ふふっ、貴方、さっきから謝ってばかりですわね」


 そう言って笑いながら、コリアンデはクローゼットにしまったばかりの新しい下着を取りだし、それと同時に普段着用の飾り気の殆どないドレスを身につけていく。小柄なコリアンデは未だコルセットを身につけていないので、一人での着替えも楽々だ。


「改めて自己紹介させていただきますわ。私はローフォレス子爵家の娘で、コリアンデ・ローフォレスです。貴方は?」


「私はソバニ! ソバニ・イールセンって言うの。宜しくね、コリアンデちゃん!」


 名乗るコリアンデに、ソバニが笑顔でそう答える。明るい茶色のショートヘアと鼻の下に少しだけ浮いたそばかすが可愛らしいソバニの差し出した手を、コリアンデは笑顔で握り返す。


 ただ、その笑顔もつかの間のこと。すぐにコリアンデは眉をひそめて首を傾げる。


「こちらこそ宜しくお願いします、ソバニさん……ただ、申し訳ないのですがイールセンという家名にどうしても思い当たるものが無くて……」


「あはは……それは仕方ないよ。私の家は二〇年前の戦争で手柄を立てたお祖父ちゃんが初代だから、貴族としての歴史は殆どないの。成り上がりの田舎男爵なんて貴族と言っても平民と変わらないから、お父さんなんて未だに村の人達と一緒に畑仕事とかしてるし」


「あら、それは素晴らしいじゃありませんか! 領民と距離が近いというのは、決して悪い事ではありませんよ?」


「そう、かな? えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな」


 小領地には小領地のよさがある。自身もまた民に近い家に生まれ、町の人達と普通に会話を交わすコリアンデの言葉が、表面的なお世辞ではなく本気だと伝わったのだろう。ソバニははにかんだ笑みを浮かべてから、改めて部屋の中央に置かれた自分の荷物の方に近寄っていく。


「コリアンデちゃんみたいないい子がルームメイトだなんて、嬉しいな。私も早速荷物を片付けなきゃ」


「あ、すみませんソバニさん。クローゼット、先に片方を使わせてもらってしまって……」


「いいよいいよ! そんなの気にしないって! あ、でもベッドは……」


 そう言ったソバニの視線が、部屋に据え付けられている二段ベッドの方に向く。


「ふふ、どちらが宜しいんですか?」


「うっ……その……上の方……」


「じゃあ、上はソバニさんにお譲りしますね」


「ホント!? やったー! ありがとうコリアンデちゃん」


「どういたしまして」


 微笑むコリアンデをそのままにソバニは手早く荷物を空いている方のクローゼットにしまい込むと、ニヤニヤした笑みを浮かべながらベッドのハシゴに足をかける。


「こうしてハシゴを登ってベッドに行くの、昔からやってみたかったんだ。でも自分一人しか居ない部屋で、わざわざ二段ベッドを置いてハシゴを登るのは流石に無駄だし……」


「まあ、それはそうですわね。なら、ちょっとした夢が叶ったというところでしょうか?」


「うん! 譲ってくれてありがとう、コリアンデちゃん!」


「お礼なら先程も聞きましたわ」


「あ、そうだね。ごめん……」


「謝罪も何度も聞きましたわ」


「うぐっ!? うー、コリアンデちゃんの意地悪!」


「まあ酷い! ふっ、くっくっく……」


「あはははははははは!」


 むっと頬を膨らませるソバニにコリアンデがわざとらしく怒ってみせると、すぐに二人は顔を見合わせ笑い合う。意外な形で「おシリ合い」から始めた二人は、あっという間に打ち解けてそのまま会話を続けていった。

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