いじめの標的、変えてみた
そうして、その日の晩。イジワリーゼの部屋には、泣きそうな顔で正座させられるミギルダの姿があった。モジモジと体を動かすミギルダに、イジワリーゼが冷ややかな言葉を投げかける。
「それで? ワタクシの言葉を無視してあの田舎娘と楽しそうに踊っていた言い訳は思いつきましたか?」
「うぅ、ごめんよお嬢様。でも、アタシだってやることはやったんだぜ? なのにコリアンデの奴何回足を踏んづけても全然平気な顔でさー。あれ以上やるとなったら後はもう直接ぶん殴るくらいしかなかったけど、それは流石に駄目だろ?」
「それはまあ……そうですわね」
ミギルダの言葉に、イジワリーゼは渋い顔をする。イービルフェルト侯爵家の名があれば、学園内であろうとも大抵のことはできる。が、大抵ということは当然できないこともあるということだ。
たとえば特定の生徒の足を踏みつけまくっても、それで怒られたりはしない。が、足が痛いと泣いてその場に崩れ落ちた生徒にあからさまに追い打ちをかけたりすれば、流石に咎められる。ましてや人目のある場所で理由も無く突然殴りかかったりすれば、如何にミギルダが自分の関係者であっても強い処分は免れないだろう。
「だからほら、アタシもああするしかなかったんだよー! 別にお嬢様の話を忘れて遊んでたわけじゃねーんだぜ?」
「という嘘を言っておりますが、どうしますか?」
「うわっ!? 何だよヒダリー、そういうこと言うなよー!」
「そうですわね。とりあえずミギルダは三日間おやつ抜きにするとして……問題はあの田舎娘ですわ」
「お嬢様まで!?」
ションボリとしたミギルダの「うぅ、アタシのおやつ……」という呟きを無視して、イジワリーゼは静かに考え込む。初めて出会った「淑女教育」がまったく通じない相手にどうすればいいかと悩んでいると、不意にヒダリーが話しかけてくる。
「あの、お嬢様。ここは少し見方を変えて、あの娘を直接いじ……指導するのは辞めてみるのはどうでしょうか?」
「どういうことですのヒダリー? それはあの田舎娘から手を引くということではありませんわよね?」
「勿論です。ただこれまでの経験からして、あのコリアンデを我々が直接何とかするのは難しいと言わざるを得ません。ですが、あの娘と一緒にいる相手ならば話は別です」
「…………話を聞きましょう」
ヒダリーの申し出に、イジワリーゼは落ち着いた声でそう答える。その間もミギルダが騒ぎ続けていたが、そちらはもう完全無視だ。
「私が見たところ、コリアンデが本当に仲良くしている相手は二人しかおりません。アッカム・ベイダーとソバニ・イールセンです」
「アッカムはわかりますが、ソバニ・イールセン……? 何処かで聞いたことがあるような……?」
「イールセンは二〇年前にできたばかりの新興貴族家で……その、初日にお嬢様が『淑女教育』をするとお決めになられていた家の一つです」
「……ああ、そうでしたわね」
ヒダリーの言葉に、イジワリーゼはようやくそのことを思い出す。子爵家の娘であるコリアンデが気に入らないのだから、ましてや新興の男爵家の娘が自分と同じ学園に通っていることなど更に許せない。
そのため本来ならコリアンデに「淑女教育」をした後、次はソバニにも同じ事をするつもりだったのだが、コリアンデの存在があまりにも衝撃的だったため、今日まですっかり忘れていたのだ。
「で、その二人をどうするのですか?」
「はい。二人の内アッカムに関しては何もしません。少し前に大きな騒ぎを起こしたばかりですし、男子ですからそれほど一緒にいるわけではありませんので。今回狙うのは、ソバニ・イールセンです」
その名前を口にして、ヒダリーは薄い笑みを浮かべる。
「先程初めてじっくりと話してみましたが、ソバニはコリアンデとは違って、ごく普通の田舎娘に思えました。なので彼女に厳しめの『淑女教育』を施したうえで、コリアンデに『お前が大人しくしなければ、これからもソバニに教育を続ける』と脅してやれば、こちらに頭を下げてくるのではないかと」
「それは――」
「えー、それは何か卑怯っぽくね?」
イジワリーゼの言葉を遮るように、正座したままのミギルダがそう声をあげる。そしてそんなミギルダに、ヒダリーがやや不機嫌そうな顔を向ける。
「どういうつもり、ミギルダ?」
「いや、だってアタシ達は、今まで誰かをいじめるときはちゃんと本人をいじめてただろ? なのに他の奴をいじめて『そいつに手を出されたくなければー』ってのは、何か格好悪いじゃん! 雑魚っぽいって言うかさ……お嬢様のやり方に合わなくね?」
「うっ……で、でも、これ以上にいい方法なんて……」
ミギルダの指摘に、ヒダリーが言葉を詰まらせる。そしてそのやりとりに、イジワリーゼは己の考えを纏めるかのように呟きを重ねていく。
「確かに、ヒダリーの案はワタクシらしいとは言えないかも知れませんわ。勝利のために矜持を無くすのは、我がイービルフェルト家の名を汚すことにも繋がります」
「だろー?」
「……………………」
イジワリーゼの発言に、ミギルダとヒダリーがそれぞれの反応を示す。ただ、イジワリーゼの言葉はまだここで終わりではない。
「なので、それとは別にそのソバニという娘に『淑女教育』を行うことにしましょう」
「……あれ?」
「お嬢様? それは一体……?」
「いいですか二人とも。ワタクシは元々そのソバニという娘に『淑女教育』を行おうと考えていたのです。ならば田舎娘とは無関係に、ソバニに『淑女教育』を行うのはむしろ当然ではありませんか?」
「……まあ、そうだな。いつものことだし」
「ですね。いつも通りのお嬢様の行動です」
イジワリーゼの問いに、二人は普通に同意する。身の程を弁えていない下級貴族の子女に教育を行うのは、これまでも数え切れない程やってきたことだ。それをすることに疑問も反論も浮かぶはずがない。
「そして、ワタクシ達の教育に耐えきれず、そのソバニという娘が退学を選んだとしても、それもまたいつものことです。であればその結果、あの田舎娘が学園内で孤立することも……また自然な流れであり、ワタクシが卑怯な行いをしたとはならないと思いませんか?」
「おお! それならそうだな! さっすがお嬢様!」
「素晴らしい考えです! やはりリーゼお嬢様は天才ですね!」
キラリと怪しく瞳を輝かせて言うイジワリーゼを、ミギルダとヒダリーは心から賞賛する。やることは殆ど変わっていないのに、尊敬するお嬢様の言葉一つで世界の見え方が完全に逆転してしまったからだ。
「オーッホッホッホッホ! 当然ですわ! このワタクシを誰だと思っておりますの? イービルフェルト侯爵家の長女、イジワリーゼ・イービルフェルトですわよ!
さあ、お立ちなさいミギルダ! 今回もワタクシ達三人で、この学園に相応しくない方を正面から『淑女教育』して差し上げますわ! そしてその結果、あの田舎娘が学園内でぽつんと孤立する様を見届けるのです!」
「わかったぜお嬢様!」
「何処までもついて行きます、お嬢様!」
「ええ、ええ! それで宜しいのですわ! では、明日から早速ソバニに対する『淑女教育』を開始致しましょう! オーッホッホッホッホ!」
「あっはっはっはっはー! あぅ、足がシビシビするぜ……」
「おーっほっほっほっほー」
イジワリーゼの部屋の中で、三人の高笑いが響き渡る。こうしてコリアンデの存在によって間接的に守られていたソバニの身に、コリアンデがきっかけとなって悪意の刃が突き立とうとしていた。





