華麗なダンスを踊ってみた
明けて翌日。ダンスの授業にていつも通りソバニとペアを組もうとしたコリアンデだったが、そこにいつもとは違う人物が声をかけてきた。
「おう、ちっちゃいの! 今日はアタシとやろうぜ!」
「貴方は確か……ミギルダさんでしたっけ? 貴方に小さいと言われるのはとても心外ですし、私はソバニさんと……」
「まーまー、そう言うなよ! いつも同じ奴と練習してると変な癖が付いたりするから、違う奴と踊るのは大切なんだぜ? なー、先生?」
「そうですね。今はまだ皆さん初心者ですのでパートナーを固定しての練習で構いませんが、基礎が身についてきたようであれば色々な方と踊ってみる方がより上達すると思いますよ。来年には異性と組んで練習するようになるでしょうしね」
ミギルダに問われて、教員の女性がそう言って頷く。ちなみに今現在同性同士でしか組ませていないのは、足を踏んだり踏まれたりすることで喧嘩になるリスクを極力下げるためだ。
「ほら、先生もああ言ってるぜ? だからいいだろ?」
「うーん……ソバニさん、どうします?」
「私は……」
「ソバニさんは、私と組みましょう。さ、こちらへ」
「えっ、あ、あれ!?」
ソバニが返事をするより早く、その手をヒダリーが引いて練習場の隅へと連れて行ってしまう。それを遠目に見てソバニが特別嫌がっていたり、あるいはいじめられているような感じではないと判断したコリアンデは、ならばとミギルダに向き合って軽く一礼した。
「そういうことでしたら宜しくお願いしますわ、ミギルダさん」
「おう、任しとけ! じゃ、誘ったのはアタシだし、最初はアタシが男の方を踊ってやるよ!」
「それはどうも、ありがとう存じます」
「では、曲をかけますよ」
その言葉を聞いて、コリアンデとミギルダが踊り始める体制を取る。ミギルダの手がやたらガッチリとコリアンデの腰に回され、そうして曲が始まると……
「フンッ!」
「……あの、ミギルダさん?」
「おっと、わりぃ! 足がすべっちまったぜ!」
ミギルダの足が、全力でコリアンデの足を踏みつけた。そのあまりの勢いにコリアンデが怪訝そうな目を向けると、ミギルダは何ら悪びれる様子も無く笑顔でそう謝罪してくる。
「……まあ、誰にでも失敗はありますわよね」
「そーそー! 次はちゃんとやるから、だいじょーぶだって!」
「わかりました。ではもう一度……」
「フンッ!」
再び踊り始めた瞬間、ミギルダの足が更に力強くコリアンデの足を踏みつける。流石にこれを不幸な失敗が重なったと思うほどコリアンデは間抜けではない。
「あー、つまり今回はこういうのなんですわね」
「だからわりーって! てかお前、痛くないのか?」
「……ああ、すごくあしがいたいですわー」
「スゲー嘘っぽいんだけど……」
「それを言うならミギルダさんだって、思いっきりかけ声をかけて踏んできてるじゃないですか」
「まーな! アタシはほら、いつでも全力なんだよ!」
やっていることは陰湿なのに、太陽のような輝く笑顔で言うミギルダに、コリアンデは思わずため息をつく。
「ハァ、まあいいですわ。とはいえこれでは練習になりませんので、足を踏んでも気にせず次のステップに移ってくださいませんか?」
「んー……踏んでもいいなら、いいぜ!」
コリアンデの提案に、もはや足を踏んでいることを誤魔化しすらせずミギルダが了承する。それをもってやっとダンスの練習が始められたコリアンデだったが、そこで期せずして感嘆の声を漏らしてしまう。
「……ミギルダさん、凄いですわね」
「ん? 何がだ?」
「いえ、これだけ足を踏んできているのに、ちゃんとダンスになっているのが凄いなぁと」
ミギルダの足は、コリアンデが避けられないタイミングを計って確実にそれを踏みつけてくる。が、他人の足を踏むということは当然自分のバランスも崩れるということだ。
だというのにミギルダはほんの僅かにふらつく程度で、きちんとダンスの動きが成り立っている。人の足を踏むためだけにこれほどの研鑽を積んでいるのかと驚くべきか呆れるべきか迷うコリアンデだったが、然りとてその技術と身体能力は賞賛に値するものだ。
「へへーん! アタシは体動かすのは得意だからな! でもそういうお前だ痛ってぇ!?」
「あっ、すみません」
踊るなかで、今度はコリアンデがミギルダの足を踏んでしまった。大げさにピョンピョン跳びはねるミギルダが、恨みがまし目をコリアンデに向けてくる。
「何だよオイ! 気をつけろよな!」
「人の足を的確に何十回も踏んだ方の言葉とは思えませんが……申し訳ありません。どうもここのステップは苦手で……」
「そうなのか? ならもっかいやってみろよ」
「えっと……こう、こうで……こう!」
「イテェ!? だから何でその速さで足を出すんだよ!」
「そう言われましても、上手くタイミングが合わないというか……」
「んだよオイ、使えねーな。ほら、よく見てろ……こう、こうで……こう!」
「えっと……こう、ですか?」
実際にステップを踏んでみせるミギルダに習い、コリアンデも足を動かす。だがその鋭すぎる動きがどうにも曲に馴染まない。
「まだはえーよ! あー、ひょっとしてアレか? 耳がよすぎて体が動きすぎるから、反応が早すぎるんじゃねーか? 一拍遅れるくらいの感じで足を出してみろよ」
「一拍遅れる感じ……こう、こうで…………こう!」
「おー! なんだよ、やればできるじゃねーか!」
「ええ、これもミギルダさんのおかげですわ! ありがとう存じます、ミギルダさん」
「な、なんだよ。そんな事言われたら照れるじゃねーか! へへへ……」
ミギルダの言葉に従い自分では過剰だと思うほどに初動を送らせると、今度はピッタリと曲に合うステップを踏むことができた。それが何とも嬉しくて、コリアンデは素直にミギルダに礼を告げる。
そしてそんなコリアンデの態度に、ミギルダは顔を赤くしてぎこちない照れ笑いを浮かべた。
「よーし、なら今度は最初から通しでやってみようぜ!」
「はい、お願いしますわ」
改めて姿勢をだたすと、曲に合わせて二人が踊り出す。お互い小柄でありながら高い身体能力を持つ二人の姿はまるでハチドリのようで、そんな二人に周囲の目が自然と惹きつけられていく。
「なかなかやるじゃねーか! ならこれについてこられるか?」
「あら、挑戦なら受けて立ちますわよ」
ニヤリと笑うミギルダに、唇の端を釣り上げるコリアンデ。二人の動きは更に加速していき、風の精霊に愛されているかのようにクルクルと回っていく。そうして一曲踊り終わると、周囲からの惜しみない拍手が二人に向かって送られた。
「お相手ありがとう存じます、ミギルダさん」
「ハッハー! アタシも楽しかったから、まあ気にすんな!」
「では、次は男女の役を交代ですね。ふふ、実は私、男性パートの方が得意なんです」
「へー、言うじゃねーか! ならそのお手並み拝見といくぜー!」
立ち位置の入れ替わった二人が、改めて踊り始める。先程よりも更に速いペースは目が回りそうになるほどだが、当の本人達は実に楽しそうだ。
そしてそんな二人を、少し離れたところから見つめる別の存在がある。
「うわー、コリアンデちゃん凄いなぁ。私も頑張ってダンスが上手にならなくちゃ! あの、ヒダリーさん? もう一回練習させてもらってもいいですか?」
「……え? ええ、構いませんよ」
(あの子、何で普通に踊ってるのよ……)
コリアンデの華麗な踊りにやる気を見せるソバニと、ミギルダの楽しげな踊りに呆れるヒダリー。そして何より……
「あ、の、お、ば、か、む、す、めぇぇぇぇ…………」
「ヒィィ!? い、イジワリーゼ様!? 一体何が……!?」
思う存分ダンスを堪能し、いい汗をかいたミギルダが鬼の形相を浮かべているイジワリーゼに気づくのは、ダンスの授業が終わった後であった。





