不穏な呼び出し、受けてみた
食堂での一件から、一週間。コリアンデは遂に再開したイジワリーゼからの執拗ないじめ……ではなく、ある意味自業自得な理由でゲンナリとした日々を過ごしていた。
「うぅ、憂鬱ですわ……」
「お疲れ様、コリアンデちゃん」
その日の授業を終え、寮へと帰宅する途中。げっそりと疲れ果てたコリアンデに対し、並んで歩くソバニが苦笑に近い表情で労りの言葉をかけてくる。それほどまでに疲れているのは、コリアンデの周りに突如として近寄ってくる男子生徒が増えたせいだ。
「まさかあの一件のせいで、殿方の興味を引いてしまうとは……我ながらちょっとやり過ぎましたわ」
あの場に居合わせた貴族達のうち、おおよそ半分くらいの者はコリアンデが言った言葉が嘘であることを見抜いていた。冷静になって考えれば、仮にコリアンデが下着を風で飛ばされたことが事実だったとしても、よほど深い関係で無い限りそれがコリアンデの下着だと特定することなどできるはずがないからである。
また、あそこまで大がかりなものは滅多に無いとしても、学園内における派閥抗争や特定の相手への嫌がらせは往々にして存在する。入ったばかりの新入生はともかくここで一年、二年と過ごしている上級生達からすればそれは自明の理であり、「アッカムがイタズラに失敗した」よりも「アッカムが誰かに嵌められた」と考える方がより自然なことであった。
なので、咄嗟の機転によりアッカムを庇ったコリアンデの立ち回りは上位貴族の子女からしてもなかなかに見事なものであったのだが……最後にアッカムの頬にキスをしたのがいけなかった。
「ふふ、コリアンデちゃん、『ましょうの女』なんだってね。何か凄く大人っぽい響きで、ちょっと憧れちゃうなぁ」
「でしたらその二つ名は今すぐソバニさんにお譲りしますわ……あれからアッカムさんの態度も微妙にぎこちないですし、もう少し自重するべきでしたわ」
キラキラした目で言うソバニに、コリアンデは疲れた声でそう呟く。実際アッカムの名誉を守るだけなら、最後のあれは必要なかった。
なのに何故そんなことをしたかと言えば、仕掛けてきた誰かに対して「こんなことをしても無駄だ」と見せつけるためと、ギリギリのところで暴れたり騒いだりせず必死に耐えたアッカムに対する、ちょっとしたご褒美のつもりだったのだ。
「というか、今考えると別にご褒美でもなんでもありませんわよね。私のような下級貴族に接吻されたなどという事実は、アッカムさんにとってはむしろ迷惑だったのでは……ああ、いずれ正式に謝罪しませんと」
「そうなの? アッカム君、別に嫌がってたり怒ったりしてたようには見えなかったけど」
「そこはアッカムさんの器が意外と……というのも失礼ですわね。殿方としての器が大きかったからですわ。はぁ、こんなことなら普通にいじめられる日々の方がずっと気楽だった気がします」
「あはは……それは流石に……」
ため息をつくコリアンデに、ソバニは乾いた笑い声で返す。男の子に言い寄られるよりいじめられていた方が気楽だという言葉には、如何にソバニが優しい娘でも同意することはできなかった。
「幸いなのは、本気でお付き合いを……という方がいらっしゃらないことですわね。もしそうだったら今よりずっと大変なことになっておりましたわ」
「そうなの? 本気で好きだって言われる方が嬉しいんじゃない?」
「いえ、上級貴族の方からの本気の求愛なんて、お受けしてもお断りしても大変な苦労を強いられますのよ?」
もし受ければ、相手の貴族家の関係者から本気の「いびり」を味わうことになる。それでも心から愛し合っているならば乗り越える自信があるが、声をかけてきた男性のなかにそこまでの相手は一人もいなかった。
そして断ったなら断ったで、「自分の誘いを断るとは、何と無礼な!」と逆恨みされる可能性が出てくる。そっちもまた相当に面倒なことになり、場合によってはローフォレス子爵家そのものに被害が及ぶかも知れない。
長期間のいじめに備えてとある場所で心身共に鍛え上げたコリアンデではあったが、自分以外の家族に関しては別に強くなったわけでも偉くなったわけでもないのだ。
「うぅ、これならいっそ『森の掟』を……いえ、流石にこの程度で『我が身に危機が迫ったとき』を適用するわけにはいきませんわね。ここは心を強くもって、鍛え上げた鋼の精神力で愛想笑いに全力を尽くしませんと……」
「難しいことはよくわからないけど、困った事があったらいつでも相談してね。私にできることなら何でも協力するから」
「ああ! ソバニさんは本当に優しくていい子ですわ! ソバニさんとお友達になれただけで、この学園にいじめられに来た甲斐がありましたわ!」
「えぇー!? そ、そんなことないよぅ」
感動して頬ずりしてくるコリアンデに、ソバニが思わず照れ笑いを浮かべる。そうしてじゃれ合いながらも寮の部屋に戻ると、まずは着替えを……というところで、コリアンデは自分のクローゼットの中身からドレスが一着無くなっていることに気づいた。
「あら?」
「どうしたのコリアンデちゃん?」
「いえ、私のドレスが……ん?」
僅かに隙間の空いたクローゼット、その底面に一枚の紙切れが落ちている。コリアンデがそれを拾い上げると、そこには「校舎の裏手にある林にて、貴方のドレスが落ちているのを見つけました。必要ならば取りに行かれるのが宜しいかと思います」と書かれている。
「何で校舎の林にコリアンデちゃんのドレスが落ちてるんだろう? っていうか、落ちてるのを見つけたなら持ってきてくれればいいのにね」
「そう、ですわね……」
無邪気にそう言って首を傾げるソバニとは対照的に、コリアンデはキュッとその身を固める。
クローゼットの中にしまっていたドレスが、そんなところに落ちているはずがない。だが単純に無くなるだけだったり、「返して欲しければ」などと明記されていたら窃盗として寮母に訴えることができてしまう。
だが落ちている場所を教えるだけならば? 必要ならばと書かれてはいるが、ドレスが必要で無いわけがないのだから、取りに行かないという選択肢はない。というか、行かなければ新たに別の物が無くなるだけだろう。
(つまりは体のいい呼び出し、ですわね……これは遂に来ましたかしら?)
「それで、どうするのコリアンデちゃん? 今日はもう遅いし、明日にする?」
「いえ、今から行ってきますわ。もし遅れたら野生の獣か何かにドレスを破られてしまいかねませんし」
「なら私も一緒に――」
迷うことなく同行を申し出るソバニに、コリアンデは少しだけ強い表情で首を横に振る。
「いえ、それには及びませんわ。ソバニさんはもし私が点呼の時間に遅れてしまったら、寮母様にその旨お伝えいただきたいのです。
ほら、すぐに見つかるのに寮母様に声をかけては『自分の持ち物すらまともに管理できないのですか!』と怒られ損になってしまいますし、かといって見つけるのに時間がかかって点呼に間に合わなかったら、お伝えいただかないと行方不明として大事になってしまいますから」
「そっか、わかった。じゃ、私は部屋で待ってるね」
「ええ、ありがとう存じます、ソバニさん」
ほにゃっとした笑顔で自分を見送ってくれるソバニの態度に、コリアンデは胸を痛めながらも笑顔でそう返す。
大切な友達に嘘をつくのは心苦しい。でもおそらく待ち受けているであろういじめにソバニを巻き込むことは絶対にしたくないし、そもそも自分一人であれば大抵のことにはどうとでも対処できるというのもある。
「では、行ってきますね」
「もうすぐ暗くなっちゃうから、気をつけてね」
ソバニの言葉を小さな背に受けて、コリアンデは胸を張り赤い夕日を切り裂きながら指定の場所へと向かって行った。





