入学早々いびられた
新連載を始めました! 初日のみ四話投稿で、明日以降は毎日18時に更新となります!
王立エリーティア学園。そこは選ばれた上級貴族と、一握りの才能に恵まれた者だけが通うことのできる王国最大にして最高の全寮制の学園だ。
だが、そんな学園にも……いや、そんな学園だからこそ、強い光の側にはより濃い闇が生まれもする。入学式を終え、寮の自室に使用人達が荷物を運び込んでいる一瞬の隙を突いて、今日もまたそんな悲劇の洗礼を受ける一人の少女がそこに存在していたのだが……
「あの……?」
肩に掛かるハシバミ色の髪と目をした小柄な少女コリアンデは、その可愛らしい顔一杯に戸惑いの色を浮かべて困っていた。もっともその主な原因は、入学初日から今にもお嬢様然とした同級生達に絡まれたから……というのとは、ちょっと違う。
「ふんぬーっ!」
「もっと頑張りなさいミギルダ! お嬢様が見てますよ!」
「そんなこと言ったって……ウガァー!」
「えーっと……」
自分の肩を、自分と同じくらいの身長の……つまりはかなり小柄な赤髪の少女が思いきり押してくる。だが赤髪の少女がどれだけ力を込めたとしても、コリアンデの体はびくともしない。
「くそっ、何でだよ!? 体の大きさ、アタシとそんなに変わんないだろ!?」
「何でと言われましても……」
ミギルダと呼ばれた少女からの理不尽な問い掛けに、コリアンデは困った顔でそう答えるしか無い。そしてそんな状況に見かねたのか、三人の中で最も立場が上っぽく見える金髪の少女が、隣に控えていたもう一人の少女に声をかける。
「これでは埒があきませんわ。ヒダリー、貴方も加勢しなさい」
「わかりました。では……ごめん、あそばせぇ!」
腰まで届く濃紺の長髪を振り乱し、ヒダリーと呼ばれた少女がコリアンデの空いている方に手を置く。そうして二人がかりで肩を押されるが……やはりコリアンデの体は動かない。
「こ、れは……!?」
「な? おかしいだろコイツ!」
「えっと、それは流石に失礼ではありませんか?」
入学式の会場でチラッと見ただけ……つまりほぼ初対面の同級生から悪意では無く純粋に「おかしい」と指摘され、可憐な少女であるコリアンデの表情が些かムッとする。が、コリアンデを転ばせるべく全力を込める二人からすれば、それどころではない。
「うわ、スゲーぞヒダリー! 見ろよ! 体重全部かけても倒れねーぞ! ワハハ、なんだこれ!?」
「遊んでるんじゃありませんミギルダ! お嬢様のお言葉なのですから、一刻も早くこの娘を転ばせるのです!」
「そんなこと言ったって、全体重かけて無理じゃどうしようもないだろー?」
「こうなれば助走をつけて体当たりを……」
「あの、いくら何でもそれはかわしますけど……」
あらゆるいじめを想定し心と体を鍛え上げてきたコリアンデだが、だからといって全てを無抵抗に受け止めるつもりはない。目の前で転びそうな子がいるのなら受け止めるが、そんな宣言をして突っ込んでくる相手まで面倒を見るつもりは無い。
「ふぅ……仕方ありませんわね」
そんな二人の取り巻きの様子を見て、クルクルと縦に巻かれた金髪の少女がコリアンデの方へと近寄ってくる。
「では、このワタクシが直々に『淑女教育』をして差し上げますわ」
同い年であるはずなのにコリアンデより頭一つ分も背が高い金髪少女の手が、コリアンデの額に添えられる。
「恨むならば、つまらない見栄を張って無理をした自分の行為を恨みなさいな」
思いきり頭を突き飛ばしたりすれば、そのまま地面で頭を打って大怪我……最悪の場合死ぬことすらある。だからこそ自重していた金髪少女だったが、事ここに至ってはその配慮も消え去ってしまう。
「もしも酷い怪我をしたならば、我が侯爵家で面倒を見てあげますわ……家畜と一緒にね!」
そう言ってニヤリと笑うと、少女の手に力が込められる。が……
「……何で!? 何で倒れませんの!?」
「ですから、何でと言われましても……」
金髪少女が力を込めても、コリアンデの小さな頭は髪の毛一本分ほども動かなかった。ムキになって渾身の力を込めてみるが、やはりコリアンデの小さな体は動かない。
「ミギルダ! ヒダリー! 合わせなさい!」
「「はい、お嬢様!」」
「行きますわよ……せーの、ふんっ!」
三人のお嬢様が、コリアンデの側にまとわりついて両肩と頭をこれでもかと押してくる。そこまでしてもコリアンデはなんともないのだが……
(あ、これ倒れるまで終わらないやつですわね?)
「…………あ、あれぇー!」
ピンとそれが思い浮かんだコリアンデは、自分を押してくる少女達が勢い余って倒れないよう、できるだけゆっくりと腰を落としてその場に尻餅をついた。昨日は雨が降っていたせいで地面には所々ぬかるみが残っており、べちゃりという嫌な音と同時にコリアンデのお尻に不快な感触が広がっていく。
「ああ、なんてひどい! どうしてこんなことを! わたしがなにをしたというのですかー!」
「やりましたわ! ……オホン。そんなの決まっているじゃありませんか! 貴方のような田舎貴族がワタクシと同じ学園に通うなど、分不相応というものでしてよ!」
「そうだぞちっちゃいの! お嬢様と同じ学園なんて、生意気なんだからなー!」
「そうですね。さっさと退学して畑で芋掘りをするのをお勧めします」
やや棒読みのコリアンデの台詞に、三人組が勝ち誇ったような顔でそう言い放つ。そこで初めて自分が絡まれている理由を知ったコリアンデだったが、だからといってどうすることもできない。
「退学は遠慮させていただきますわ。せっかくお父様が苦労して私をここに入学させてくださったわけですし……」
「だから、それが身の程知らずだと言うのです! 学園側から『入学して下さい』と頭を下げてくるような者以外がこの場にいるのが相応しくないと、何故わからないのですか!?」
「はぁ……」
「フンッ。まあいいですわ。その無様な姿を見られても気が変わらないようなら、また相手をして差し上げます……さ、行きますわよ」
「「はい、お嬢様」」
そう言って金髪少女が取り巻きを連れ立ち去ろうとしたが、そこにコリアンデが待ったをかける。
「あの、お待ちください!」
「あら、なんですの? やはり今すぐ学園を辞めたくなりましたか?」
「いえ、そうではなく……貴方達のお名前を伺っていなかったもので。あ、私はローフォレス子爵家のコリアンデ・ローフォレスと申します。以後宜しくお願い致しますわ」
ぬかるみから立ち上がったコリアンデがそう言って一礼すると、金髪少女は何故か驚愕に目を見開き口をパクパクと動かしている。
「ま、ま、まさか、このワタクシを知らないと……!?」
「落ち着いてくださいお嬢様。これはきっとこの娘があまりにも田舎者過ぎて、お嬢様のことをご存じないだけなのです」
「……あ、ああ、そういうことですのね。確かにいくらワタクシが素晴らしい存在でも、山奥に住んでいる猿にまで知られているわけではないでしょう……いいですわ、教えて差し上げます」
そう言って金髪少女が目配せすると、まずは一番背の小さい赤髪の少女がコリアンデの前に立つ。ややつり目がちで少年のように勝ち気な笑顔を浮かべる少女が、その微妙に舌っ足らずな声で名乗りを上げる。
「アタシはミギルダ! バカニシテルン伯爵家の、ミギルダ・バカニシテルンだ! よろしくな、ちっちゃいの!」
「はい、宜しくお願いします、ミギルダさん」
ニカッと笑って手を上げるミギルダに、コリアンデも笑顔で挨拶を返す。すると次に前に出たのは、濃紺の長髪を持つ、細身の女性だ。知的な印象を受ける切れ長の目を細め、コリアンデに向かってあえて恭しく礼をしてみせる。
「私はアオリントン伯爵家の、ヒダリー・アオリントンと申します。短いお付き合いだと思いますが、お見知りおきを」
「ヒダリーさんですね。宜しくお願いしますわ」
そんなヒダリーに、コリアンデもまた美しく礼を返す。その所作にヒダリーが感心するように小さく「へぇ」と呟いたが、それを気にするよりも前に、最後に金髪の少女がコリアンデの前にズイッと姿を現した。
同じ一二歳にしては高めの身長と、やはり一二歳にしては豊満な胸を持つ……ひょっとしたら何か詰めているのかも知れないが……少女が、コリアンデを見下ろしてニヤリと笑う
「そしてワタクシが、イービルフェルト侯爵家の長女、イジワリーゼ・イービルフェルトですわ! さあ、名乗ったからにはワタクシの前に跪いて、許しを請いなさい!」
「イジワリーゼさんですね。宜しくお願い致しますわ」
大上段から語りかけたイジワリーゼに、コリアンデはヒダリーの時とまったく同じ返答をした。まさか自分の家名にひれ伏さない者がいると思わなかったイジワリーゼは、驚きと怒りでこめかみをピクピクと引きつらせる。
「あ、貴方! たかだか辺境の子爵家如きが、このワタクシにそのような……」
「あら、これは不思議なことを。学園内では身分は関係なく、全員が平等であるという原則を、まさかイジワリーゼさんともあろう方がご存じないはずはありませんよね?」
「ぐっ……」
コリアンデの指摘に、イジワリーゼが苦しげに顔をしかめる。勿論その原則は知っているが、同時にそんなものは形骸化していることも事実だ。学園を一歩出るだけで厳然たる身分の差が戻るのだから、平等という言葉を真に受けて調子に乗ればどんな目に遭うかなど子供でもわかる。
とはいえ、確かに学園内でだけは平等であることも事実。少なくともあからさまに謙ったりしないことを咎めるようなことはできないわけで……
「…………覚えてなさい! ミギルダ、ヒダリー、行きますわよ!」
「はいお嬢様! じゃ、またなー!」
「はい、お嬢様。では、いずれまた」
プンプンと肩を怒らせながら、イジワリーゼ一行がその場を歩き去って行く。そうしてようやく一息ついたコリアンデは……
「……ああ、これどうしましょう」
侯爵家の令嬢を怒らせたことではなく、お尻にべったりとついた泥染みの心配をしていた。