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「こ、こ、これは。まさか、技術大臣。」
スフィア王国の女王ティリフアは40cm程の青色の結晶体の前で明らかにうろたえて技術大臣に聞いた。
「・・・・く、詳しく調べてみない事にはハッキリしませんが、間違い無くこれは魔石です。いや、しかしこの大きさは・・・・・」
それを聞いてはっと気を取直して何が起こったか分からない自衛隊側に対して説明を始めた。
「失礼しました。魔石は魔獣と呼ばれる生き物の核とも言える部分で、魔道具の材料にもなります。一般に出回っているのは数cm程から大きくても拳大サイズなのですが、これはちょっと・・・・」
「大きいのですか?」
「はい、かなり大きいです。正直ここまでのサイズだと過去にオークションに出された事がありまして、小国の国家予算並みの価値がついた事もあるそうです。」
「・・・こ、国家予算並みですか。」
笹浦外交官はこの40cm程の青色の結晶体が小国の国家予算並みという言葉に絶句していた。最もただ単に綺麗だからという理由では無く、この魔石は魔道具のエネルギー源でるあるからである。無尽蔵と言っていい程のエネルギーを貯蔵でき、更にその貯蔵したエネルギーを数倍にして放出する事も出来るのである。地球で言うと原子力機関に似た物だが、原子力みたいに危険さも無い。
だが原子力機関みたいに製造する事は出来ず、災害級と呼ばれる魔物からしか採取出来ず、普通は数千人規模の死傷者を出して採取するものであり、決して1人の死者•負傷者を出さずに採取出来る物では無い。
「はい、一般に魔石の色合いはその魔獣の属性によって異なります。一般には茶色の土属性、赤色の火属性、白色の風属性、そして青色の水属性の3つが主になります。他に特殊属性と呼ばれる属性がありますが、まぁ見る事は殆どないでしょう。これは青色ですので水属性です。」
「水属性ですか、」
土・火・風・水の4つは4大属性と呼ばれており数も多い。他にも雷属性や時空間属性•闇属性や光属性などは数も少なく希少性が高い。
「はい。クラーケンを討伐してくれた事にスフィア王国の女王として感謝します。よければこの魔石もこちらで買い取らせて貰えませんか?代わりと言ってはなんですが、土地を提供します。いや、もう既に居座られているといった形ですが。」
「はい?どういう事ですか?」
笹浦外交官及び自衛隊側の出席者はティリフア女王の言っている事の意味が分からなかった。土地を提供してくれるのは有り難いが、居座られていると言う意味が分からなかった。まさか盗賊が居るから排除してくれという事かと一瞬思った。
「えっと、実はこの王都ムーンファルーナより東に200km程の場所。まぁ、このスフィア半島の最東端に湾となった場所があるのですが、その湾を形成している半島に妙な建築物が出来ているのを昨日確認しまして、調査隊を派遣したところその建物の中でニホン国ジエイタイと名乗る人達と遭遇しまして、「ここはジブチじゃないのか?」と訳が分からない事を聞いてきて、それで、ご存知ですか?」
それを聞いた時、笹浦陸佐はふと疑問に思った。確かにジブチには自衛隊が駐留しているが、自衛隊が駐留しているジブチ国際空港には他にもアメリカ軍やフランス軍、少し離れた場所には中国軍も駐留している筈であった。そうなるとかなりの大部隊という事になる。アメリカ軍やフランス軍なら未だしも日頃合同訓練どころか仮想敵国である中国軍と連携が取れるかどうか心配だった。
「ジブチで自衛隊と言ったら海賊対処の部隊だよな?」
「はい、今回の派遣で増派されているそうですが、何故?」
今回のPKF中東派遣でジブチの自衛隊区画も拡張されており、F-15JX戦闘機が新たに一時的に配備され、対潜哨戒機部隊も増強されている。他にも警備隊が増強されており、800名規模だったジブチ駐屯地は1200名規模となり、アメリカ軍やフランス軍、中国軍も少なからず増強されていた。
「失礼しました。自衛隊でジブチだと我が国の部隊だと思います。それで、その建物はどんな建物かわかりますか?」
「報告によると80m程の高い建物や数千m級の滑走路があった事から飛龍基地と似たような物だと推測されていますが、」
この世界に空軍基地及び空港と似たようなものはワイバーン、飛龍を使う為の飛龍基地、この世界では防空基地と呼ばれている物である。飛龍という航空戦力が存在する為、管制塔や滑走路は存在するが地球みたいに2000〜3000m級の滑走路のような大きい物は見た事無いだろう。
「恐らくその施設群は我が国のジブチ派遣部隊だと思われます。我々の世界では空軍基地や航空基地と呼んでいますが、今はどうなっているんですか?」
「1日やそこらでは何も決まらないから、今は放置だな。だが、貴方達がこの魔石を提供してくれるならその付近一帯の土地を供与しよう。また食料などの物資も出来る限り支援しよう。」
その付近の土地などがどんな所か分からないが、不可抗力といえ無断で他国の土地に居座っているのも問題だと考えた。更に供与という事はティリフア女王は我々自衛隊をスフィア王国から手放す気は無いという意思表示でもあった。まだこの世界の情勢は不明な為、自衛隊を受け入れてくれているスフィア王国に居るのが一番だと思った。
「ありがとうございます。」
「構わないわ。今後に関してはまた会談を開く事でよろしいかしら?」
「はい、此方としてもそうして頂けるとありがたいかと。」
当然ながら派遣団の代表といえ彼にそこまで決める権限は無い。多くは持ち帰って艦隊の上層部で決定する必要があった。その為彼の一番の目的はこの国上層部と接触し、その繋がりを次に繋げる事であった。その為、この国ののNo.1と接触し、他の自衛隊部隊の事を教えてもらい、その付近の土地の使用権を得て、次の会談の約束を取り付けた。彼にとってはこれ以上ない成果だった。
「では、よろしくね。ジエイタイ。」
「こちらこそよろしくお願いします。スフィア王国。」
そう言い合いティリフア女王と笹浦陸佐は固く握手をした。こうしてスフィア王国と自衛隊の長い付き合いが始まったのである。
スフィア王国に派遣した交渉派遣団はスフィア王国が自衛隊艦隊を受け入れるという言質を取り更に土地の提供や補給までしてくれる確約を得た。しかし新しい情報としてジブチの多国籍軍がこの世界に来ているという情報も得たのである。
「さて、どうなっているやら・・・・」
PKF対中東地域派遣艦隊総司令官の佐々木司令はモニター画面が並ぶ部屋の中でそう呟いた。このモニターが沢山並んでいる場所は旗艦【かが】の第2甲板に設置されているFIC(旗艦用司令部作戦司令室)と呼ばれる司令室である。
艦隊のジブチ駐屯地付近までの移動に伴って問題となったのは、自衛隊だけでは無くアメリカ軍・フランス軍・中国軍がこの世界に来ている可能性である。アメリカ軍やフランス軍は友軍だが、お世辞にも中国軍は友軍とは言い難く、最悪の場合本国の指揮下を外れた中国軍が日・米・仏連合軍と戦闘を行なっている可能性があったのである。
よって【かが】に搭載されている『アヴェンジャー無人攻撃機』を飛ばして偵察する事になったのである。ちなみにこのアヴェンジャーは無人攻撃機であるが今回は武装を外し偵察用ポットを装着して無人偵察機として使用している。
そしてその無人機からの映像や各種情報がこの【かが】のFICや他の護衛艦のCIC(戦闘指揮所)のモニターに表示されている。ちなみにこのアヴェンジャーもGPSにより操作するのだが、GPS衛星が飛んでないのにGPSが使えるという奇妙な状況の為、成り立っている。
「ジブチ国際空港まで残り60km。高度4500。現在異常無し。」
もうジブチに無い為、ジブチ国際空港では無いのだが利便上そう呼んでいる。ちなみにアヴェンジャーはステルス機能もある上に小型の為、そう簡単にレーダーには探知されなく、IFF(敵味方識別信号)も発信している為、中国軍では無い限り、いきなり攻撃はしてこないと考えられる。最も攻撃された場合は防御用のチャフ(金属片)やフレア(熱源)を放出するしか無い。
「残り40km。陸地が見えてきました。」
操縦士がそう言うとモニター画面に陸地が見えてきた。どうやらジブチ国際空港は湾を塞ぐようにある半島に転移したようである。そして陸地から見て海は北側だが、ジブチ国際空港の滑走路は西から東に延びていたはずだが、何故か南から北側に向かって延びている。
「ジブチ国際空港を視認しました!・・・しかし、これは。」
「これがジブチ国際空港?小さ過ぎないか?」
そう見えた施設の数は本来のジブチ空港の5分の1程、つまり滑走路や燃料タンク、自衛隊施設群以外のアメリカ軍区画、フランス軍区画が見当たらないので有る。というより意図的に排除されたかなようにごっそりと抜けているのである。更に滑走路も短いように見えた。
「フランス軍区画とアメリカ軍区画は何処だ?民間区画も無いぞ。」
元々ジブチが植民地だったフランスやジブチを重要基地としていたアメリカは自衛隊区画とは比べ物にならない程広大な区画を基地として運用して戦闘機や爆撃機を配備していた。日本も10年前と比べると2倍程に広がりP-1対潜哨戒機を運用したり、今回の増派でF-15JX戦闘機を新たに配備しているが、フランスやアメリカとはレベルが違っている。
「所々に燃料タンクや管制塔が見えますね。中国軍も見えません。駐機場に留まっているのはC-2輸送機です!C-2輸送機が6機確認出来ます!!」
C-2輸送機はC-1輸送機の後継として国産開発され鳥取県の航空自衛隊美保基地に集中配備されている。既にC-1輸送機を代替えしており調達数は上方修正され計40機の調達・配備となった。ちなみにジブチ基地は輸送機は配備されていない筈であった。
「何故C-2輸送機なんだ?ジブチにC-2輸送機は無いはずだろ?」
「物資を輸送しに来たのでは?」
C-2輸送機は輸送機の為、この発言は最もである。
「それならC-130Hの仕事の筈だろ?」
実際にジブチにこれまで物資を輸送してきたのは航空自衛隊のC-130Hや海上自衛隊のC-130Rであった。
「私に聞かれても分かりませんよ。でも、これなら艦隊が来ても問題なさそうですね。LCACやAAV-7が揚陸出来る海岸も有ります。」
モニター画面に映っている海岸を見てそう言う。確かにビーチでは無いが、輸送艦でもあり揚陸艦でもある【くにさき】【ぼうそう】【つがる】の3隻に搭載されているLCACやAAV-7なら問題無く揚陸出来る海岸線であった。更に滑走路や駐機場がある為、ヘリコプターで輸送する事も出来る。岸壁が無く海底の深さも分からない為RoRo船に関しては無理だが。
「そうだな。自衛隊員が見えるが、まぁ、無理だろうな。レーダーでは捉えているかもしれんが。」
ジブチの周りは砂漠な為、普通の緑色の迷彩(森林迷彩)では無くベージュ色の迷彩(砂漠迷彩)であった。よって緑が生い茂るこの場所ではかなり目立つ色であった。手には89式小銃の後継の19式小銃を持っている為、周囲の警戒に当たっている警戒要員である事は容易に想像がつく。
19式小銃は89式小銃の後継として採用された自衛隊の主力小銃である。後継の選定にあたり防衛装備庁は豊和工業のHOWA 5.56、ベルギーのFN SCAR、ドイツのH&K HK416の3種類の中から選定され、結果予想通り豊和工業社製のHOWA 5.56に決定した。
採用されたHOWA 5.56は不採用だったFN SCARとHK416を足して割ったような形をしており、両社から技術提供を受けているとも言われており、この選定は形だけだったという批判もある。1丁辺り19万円と軍用小銃としては少しお高めだが、89式の25万円よりは安価に仕上がっている。
調達開始から8年が経っているが未だに調達が続いている。しかし海外派遣部隊などは全て19式小銃が行き渡っている為、89式小銃は1丁も無い。海上自衛隊も派遣部隊には19式小銃が行き渡っているが一部M4A1、FN SCARやH&K HK416やHK417などの小銃を積んでいる。
「レーダー動いてますかね?」
「さぁな、電気が無いから微妙だな。多分動いて無いだろうな。F-15JXも有る筈だろ?多分格納庫に入ってると思うが。」
当然ジブチ国際空港の電気は近隣の発電所から供給されていた。一応基地にも非常用発電機は有ると思われるがレーダーを稼働し続ける程の膨大な電力が非常用発電機で賄えるとは思えなかった。
「とりあえず米・仏・中軍は居ないと断定する。艦隊を半島近海まで移動して揚陸艦やヘリコプターで物資を揚陸しよう。アヴェンジャーには周辺地域を偵察させて帰還させろ。」
ジブチ国際空港と中国軍の基地は数十km離れている。その為もしかすると中国軍がいる可能性があった。アヴェンジャーの稼働時間は17時間、まだ2時間しか経っていない為、問題無く行動が出来る。
「了解しました。」