11
日本国自衛隊中東地域派遣艦隊がこの世界に転移して約4ヶ月が経過した。
陸上自衛隊の施設科部隊や民間の土木作業員達により陸地での自衛隊の司令部が完成した。
司令部は北海道の五稜郭を模した外見で有り、これは魔獣などの有害獣などがいる世界な為、対策としてそういう建築様式にしたのである。
また簡易的な宿舎だった兵舎もしっかりと時間をかけて恒久的な建物にして、日本にあるのと変わらないような駐屯地となった。
旧ジブチ空港の自衛隊基地も様変わりし、これまで居たC-2やC-46Aなどの輸送機部隊やP-3Cなどの哨戒機部隊、F-15JXの戦闘機部隊に加えて、【あかぎ】やroro船から積み降ろししたF-35JBの一部が駐機し始めた。
また、新たにヘリ部隊の為のヘリパッドも建設され、日本国内では考えられない程、広域な基地・駐屯地となっている。
このスフィア王国では戸籍が存在しており、女王陛下により自衛隊員全員をスフィア王国の庇護下に入れる事を認めた為、隊員全員にスフィア王国の戸籍が配られていた。
日本国民としては何とも言えない気持ちだが、この世界に日本国が存在しない以上、何処かの国の庇護下に入る他無いのである。
「それでは、定例会議を始める。」
そう言って、司令部の中心にある建物の会議室で、主要幹部が集まり、定例会議が開かれた。
この定例会議は週に一度は必ずある会議で、日本でいう国会に当たる。
当然自衛隊員だけでは無く、roro船などの民間人から選ばれた代表者も出席しており、現在の彼ら日本人達の最高意思決定機関と化している。
「では先に施設科の方から経過報告します。現在建設計画は順調に進んでおり、河川の方では過去に氾濫している事が判明した為、一部リソースを割き簡易堤防の建設を進めています。また滑走路の補強延長工事は完了しており、KC-46Aはいつでも運用出来るようになりました。」
最初に小型水力発電機を設置した河川は土砂などの堆積物から算出し、過去に度々氾濫が起きている事が判明した為、3m規模の堤防を建設する事を決定していた。
それには設置した小型水力発電設備の補強も含まれている。
また、この世界に転移した旧ジブチ空港は滑走路が当初の3150mから転移により1700m程まで短くなっていた。
航空自衛隊の輸送機兼空中給油機であるKC-46Aを運用するには滑走路の長さに余裕が無かった。
その為、滑走路の延伸工事を行っており、結果1700mから2500mまで滑走路が延伸された。
「なるほど、この世界の天候は分からんからな。貴重な発電機を潰したら目も当てられないからな。」
「はい。」
「では、続いて燃料・弾薬の自動補給についての調査結果です。」
そう言ったのは海上自衛隊の補給科の隊員だった。
この世界に来てから自衛隊の艦艇や装備は一切弾薬や燃料を消耗しておらず、また航空機に関しても本来使用したら摩耗するはずの部品が摩耗し無いと言った不思議現象が起きていた。
この隊員はそれに関する調査を行なっていた。
「原因は分かったか?」
「はい。スフィア王国の宮廷魔術師に協力を仰ぎ、装備や艦艇を詳しく調べて貰ったところ、どうやら自衛隊の全装備に【完全状態維持】の魔法がかけられている事が判明致しました。」
「完全状態維持?それは一体どんな魔法なんだ?」
「調べて貰った宮廷魔術師の話によりますと【完全状態維持】は魔法がかけられた時の状態を維持する魔法で、例えば弓矢にかけられた場合には、一切部品は消耗せずに、放たれた矢は暫くすると消えるそうです。そして消耗した矢は新たに再生するという魔法です。」
その魔法の説明を聞いた出席者達は開いた口が塞がらなかった。幾らファンタジー世界でも、そんなふざけた魔法があるとは思えなかったのである。
もし、そんな魔法があるのならば兵士たちは残弾の心配をする必要無く戦う事が出来、航空機の航続距離は無意味なものとなり、小型の戦闘機が大型の輸送機より長く飛び続ける事が出来る。
もし、元の世界に帰還出来たとして、その魔法がそのままなら装備を巡って戦争が起きてもおかしくないような能力だった。
「そんな魔法があるのか!?」
「もちろん普通にある魔法ではありません。【完全状態維持】は神聖魔法と呼ばれている魔法で、この神聖魔法は稀に古代文明の遺跡から出土する装備にかけられているいわゆるアーティファクトのようなもので、神の力が宿った魔法とされている程の魔法です。どういった経緯でかけられたのかは不明ですが、この魔法はかけた人が再び消さない限り一生消える事の無い魔法になります。」
「つまり、その、かけた者、神とやらが再び消さない限りは弾薬の心配はしなくて良いという事か?」
「そういう事になります。」
本来ならば軍隊という組織は残りの残弾を気にする必要があった。
特に広範囲を行動する必要のある海軍艦艇にとって弾薬の補給は死活問題であった。
例えば艦艇に搭載されているVLS(垂直ミサイル発射システム)の各ミサイルの入っているキャニスターは交換するには専用の施設が必要で、洋上での交換は出来ない。
つまり撃ち終わったら港に帰投しなければならないのである。
今回の派遣艦隊に含まれている補給艦【ましゅう】【おうみ】には洋上でキャニスターを交換する専用の装置が取り付けられているが、交換中は艦艇は無防備な為、戦闘中に行う事は出来ない。
この時代になってくると一部の対艦ミサイルや対空ミサイルを除いて、全てVLSで運用されるようになっており、海上自衛隊もSM-2やSM-3そしてSM-6、07式SUM、ESSMなどの対空・対地・対潜などの各種ミサイルをキャニスターに搭載して補給艦などに搭載して持ってきている。
「・・・ふざけた魔法だな。」
「そのふざけた魔法のお陰で我々は燃料・弾薬の心配をせずに済むという訳か・・・神に感謝だな。」
「全くです。」
そんなリアルチート能力もこの世界に飛ばした詫びなのかと思いながら居るか居ないか分からない神に感謝した。
「次にこの世界で我々に敵対する可能性のある勢力について説明させて頂きます。」
スフィア王国にこの土地を提供し、隊員全員に戸籍を提供された見返りに自衛隊はスフィア王国軍の一員として戦力を提供する義務が生じた。
正確に言えばスフィア王国軍では無く、領主軍になるのだが、この国で最も強力な戦力を有している軍隊なのは間違い無いであろう。
既に、殆どの隊員は元の世界に帰る事を諦めており、ならば言い方は悪いが自衛隊を私物化しても構わ無いであろうという考えに基づく事であった。
最も、もし元の世界に帰れたならば彼等指揮官達は全罪状を被る事を覚悟しており、その責任感は政治家よりも遥かに強いものであった。
「このスフィア半島の対岸にフローネシア帝国と呼ばれている国家があります。名前から分かる通り帝政ですがこのスフィア王国とは友好国兼同盟国でこの大陸の地域大国です。そして、このフローネシア帝国と敵対しているのが、海を挟んで北側に位置するソルトルーシア皇国と呼ばれる国家になります。」
「ソルトルーシア皇国はこのスフィア半島をソルトルーシア皇国の領土だと主張しており、過去に度々スフィア半島に攻め込んできています。これまではフローネシア帝国の援軍のお陰でなんとか撃退出来たみたいですが、近年になって軍事力の増強が著しく行われているそうで、近々侵攻があると言われています。」
「なるほど、つまりこの暁半島はスフィア半島の先端にある半島、ソルトルーシア皇国とやらが真っ先に侵攻してくる所という訳か。」
「普通に考えれば勝負にならないのでは?」
普通に考えらばその通りである。
魔法があるとはいえ17世紀の軍隊と燃料・弾薬の心配をする必要の無い21世紀の軍隊、勝負になるはずが無かった。
更に陸地ならともかく海である。
何千何万の兵士を保有していても、制海権や制空権を確保出来なければ、ただの的である。
「普通に考えればその通りですが、少し気になる情報が出てきまして・・・」
「気になる情報?」
「はい。両大陸の中間地点に位置するライセン諸島王国がソルトルーシア皇国勢力の軍に経った3日で占領されたそうです。ライセン諸島王国はフローネシア帝国側で、強固な海上要塞を有する要塞国家です。」
まぁ、両勢力に挟まれていれば要塞国家になるのも納得だな、とこの世界の国際情勢を簡単に頭の中に入れていた出席者達は次の発言で驚愕する事になった。
「その侵攻後、ライセン諸島の沖合では他では見たことの無いほど巨大な鉄で出来た艦艇や不思議な鳥が飛んでいたとの情報があります。更に決定的なのは占領されたライセン城の国旗がソルトルーシア皇国の旗と、見たことのない旗、五星紅旗が掲げられていたそうです。」
「!?」
五星紅旗、この旗はこの世界に無い国家、中華人民共和国の国旗である。
つまり、この世界に中華人民共和国もしくはその組織がいる事を意味していた。
「五星紅旗、中国か!?」
「北京空母打撃艦隊もこちらの世界に来ているのか?いや、まさかジブチ前哨基地まで!?」
「そうなればかなりの戦力だぞ!」
「どうやらフローネシア帝国側では無く、ソルトルーシア皇国側に現れたみたいだな。」
「なんて事だ!」
自衛隊はスフィア王国に居させてもらう代わりにスフィア王国の防衛任務を一部担う事になっている。
つまり、もし中華人民共和国がソルトルーシア皇国側としてこのスフィア王国に侵攻すれば自衛隊は中華人民共和国軍の戦う義務があった。
「北京空母打撃艦隊の戦力は誰か分かるか?」
「確か北京空母打撃艦隊は旗艦兼空母の【北京】を中心に駆逐艦9隻、フリゲート4隻、輸送艦3隻、民間の艦艇10隻の計27隻の艦隊です。」
「多いな。」
この後、中華人民共和国の一部部隊がソルトルーシア側としていると判断、新たな防衛体制の再構築を行う事となった。
そして、新たに艦艇の電力を供給して旧ジブチ基地のレーダーサイト及び通信塔の再稼働が決定し、もしかすると起こる可能性のある中国軍侵攻について動くこととなった。