人間を語る愚者
※この作品は虐めはいけない事だと言う概念に対するアンチテーゼ的な要素も含まれています
あくまでフィクションであり、虐めを助長する意味合いはございません
気が付いたら森に居た
これは現象的な話ではなく、一種の気付きである
僕は今まで普通に過ごしてきた
事なかれ主義で、厄介ごとには関わらず、平々凡々と生きてきた
そんな僕に誰も注目しないし誰も期待しない
僕はそんな人生が嫌いじゃないし、むしろ好ましいと思っていた
今日も僕はいつも通り学校へと行き、これと言った大きな事件も無く、学校という社会の中で回る小さな歯車の様に事務的に一日を終えようとしていた
珍しく忘れ物をしたことを思い出した
親には昔から忘れ物や宿題はちゃんとしなさいと言われ続けてきて、その通りに過ごしてきた
今日は体育がとてもハードで疲れていたのだろうか
家に帰る前でよかった、すぐに取りに戻ろうと友人たちを先に帰し僕は教室へと戻った
今にして思えば忘れ物の一つや二つ何てことないのに
そういう考え方があの時の自分に出来ていれば、こんな事にはならなかったのだろう
感謝というべきか愚かと嘆くべきなのか、未だに答えは出ない
教室へと忘れ物を取りに帰ると、そこにはクラスのリーダー的存在の男子生徒が居た
いつの時代も、なぜかクラスを牽引するのは真面目な生徒ではなく、少し悪っぽい人間なのは何故なのだろうか?
そんな道徳のリーマン予想はさておき、対して仲良くも悪くもない僕は教室へと足を踏み入れた
この一歩はアームストロングからすれば大した一歩ではないだろう
しかし、僕という個人の人生を狂わせるには充分すぎる程の絶望的な一歩であった
教室にいつまでも残り何をしているのだろうか、しかし挨拶をしないのも何やらクラスで浮きそうで怖いので軽く挨拶ぐらいはしておこう
そう思い開きかけた口と上げようとした手を僕は、大層みっともなく停止させただろう
僕の目にそれは、5人ほどの集団で1人の女生徒を虐めているように見えたからだ
どの様な現場であったのかを口にするのは控えさせてもらう
これは僕自身の為でもあるし、何より君たちの為でもある
僕は思わず声を上げそうになったが、寸での所で声を押し殺した
彼らは自分たちの行いに酔いしれているのか、僕の存在になんて気付きもしなかった
頼む
このまま気付かないでくれ
そう願いながら僕はにじりにじりと後ろへ歩を進めていく
忘れ物の事なんか既に頭になかった
目に焼き付いてしまった光景が頭を埋め尽くし、僕の中に眠っていた危機感という油に熱を通す
大丈夫、絶対に大丈夫
虐めているやつらは背を向け、女生徒に釘付けになっている
問題の女生徒も僕から見て顔がわからない
つまり女性とも僕を見ることが出来ていない
こんな状況だと言うのに、酷く冷静な自分がとても冷たく醜い生き物の様に感じた
行きは6速で帰りは1速、ゆっくりゆっくりと足を運んでいき
僕は教室の外へと出た
今すぐにでも駆け出してしまいたくなったが、それこそばれてしまう
絶対に教室から目を離さず、適度に周囲を見て、僕は逃げ出した
そして気が付いたら僕は自分の部屋に居た
鳴り響く警鐘に、高機能一眼レフで焼かれた様にこびりつくあの光景
僕は彼女の心配をしていたのではない、僕の心配をしていたのだ
自己保身という見てくれだけの鎧に入り、正当化という歪な剣を握り、一端の騎士を名乗るその姿はなんと醜悪なことか
この時の僕を擁護するわけではないが許してやってほしい
これは人ですらなく、ただの猿なのだから
平然を装い終わりを迎えた
もしかしたら姿を見られていたかもしれない
今すぐにでも携帯が鳴り、僕は脅されるかもしれない
この日の僕は産まれて初め両親以外の存在に抱かれて眠った
加害妄想は僕をゆっくりと眠らせてはくれなかった
翌朝僕は昨日の事が嘘のように晴れ晴れと目を覚ました
人間なんてものは、自分に関係の無いことは一晩寝てしまえばそれだけで思い出となってしまう物なのだろう
あの光景は自分の人生においては、あまりにも非現実的すぎて、まるで夢でも見ていたようだったというのも一つの要因なのだろう
いつも通り着替え、いつも通り食べ、いつも通り登校する
胸の中には多少のシコリとして残っては居るものの、誰も僕には気がついていなかったという自信から、僕は慢心しきっていた
学校へとつくと、昨日別れた友人たちも既に来ていた
いつも通りの他愛もない会話、実にならない話
これが僕の日常であり、絶対不変の存在である
ほどなくして、朝のホームルームをするために担当教師が入ってくる
教師が着席の声をあげる代わりにチャイムが鳴り響く
ある意味では僕たちの担任とは、このチャイムなのかもしれない
座れと言われたら座らない癖に、チャイムが声をあげれば勝手に座る
このクラスになって半年がたち、既に聞きなれた文言と声が教室に鳴る
ところで僕は事なかれ主義だ、小さなトラブルや非日常こそあれど、大きなトラブルという物は存在しない生活を送っていた
なぜ今この話をしたのかと言えば、その小さな非日常が訪れたからである
教室に木霊する炸裂音、遅れて聞こえてくる怒声と薄い謝罪の言葉
クラスのリーダーが重役出勤を決めたのだ
嘲笑なのだが悪い空気はしない、そんな暖かい笑いに教室が包まれている中、僕だけは違った
蘇る昨日の記憶、呼び起こされる危機感、血潮が引いて行く
周りの人間が全て僕を見ているような気になった
しかし、そんなものは気のせいであり実際には誰も僕になんか注目していない
皆クラスのリーダーへと視線を向け、嘲笑し合っていた
自分には被害妄想の癖があるのかもしれない
そんなものは思春期の子供にはよくある事だと、妙に悟った様な気分になり僕も嘲笑の輪に入る
1人俯く、長髪の少女を覗いた輪に
朝のホームルームも終わり、次の授業が始まるまでの談笑時間になった
もちろん話題は昨日の忘れ物の話になった
ふと気になって周りに目を向けるが、誰も僕たちのことなんて見ていなかった
胸をなでおろし、先に用意していた答えを答える
「あぁ忘れ物したと思ったんだけど、鞄に入ってたんだ」
なんだよそれ、珍しいなと笑い飛ばす友人たち
僕も安心感から疲れてたのかなと軽口で返す
彼女は笑わなかったが僕を見ていた
彼女は僕を見ていた
寒気がしたゾッとした肝が冷えた恐怖した恐れた畏怖した後悔した
身体の末端から血が引いて行く感覚
表情が凍り付くと言うのは比喩表現ではなく、身体が冷えるから凍り付くのかもしれない
彼女はただジッとこちらを見ていた
その眼は憎しみでもなく、怒りでも絶望でもなかった
たくさん飛んでいる蚊の中から、自分の血を吸った蚊を見つけたような
気持ち悪いから殺すのではない
憎いから殺すのではない
見つけたから殺す
それが一番正しい表現な気がした
気が付けば放課後になっていた
今日僕は何をしていたのだろうか
正解は恐怖していた
勉学でもなく、会話でもなく、ただただ1日恐怖していたのだ
緊急時の中でも短時間の緊急時であれば人は冷静で居られる
しかし、恒常的に摂取される恐怖に人は冷静さを失うどころか、徐々にその恐怖は増していく
僕の精神状態は既に限界となっていた
いつもであれば友人たちと少し教室で談笑したのち帰宅となっていた
今日の僕は1秒でもこの場に居たくなかった
敗走兵はむやみに突っ込むのではなく、一度自陣に戻り状況を整理したのち戦線に赴くものだ
それが最も最小限の被害で対応する方法であるからだ
僕は自宅という自陣に一度戻り、冷静に作戦を建て、明日という戦に赴くつもりでいた
今日は用事があるから先に帰るというありきたりな嘘で友人たちとの談笑を切り上げ、僕は帰路へと着いた
誰かに着けられていないだろうか
周りの通行人は僕の事を彼女にばらさないだろうか
そんな不安を抱えながらも僕はなんとか家に着くことができた
自分の城は落ち着く
先ほどまでの乱れきった思考は徐々に冷静さを取り戻しつつあった
何故ばれたのだろうか、顔を見られていたはずがない
だとすればきっと僕の思い違いだったのだろう
彼女はたまたま僕たちの会話が耳に入り、なんとなく僕たちを見ていた、ただそれだけなのだろう
そもそも僕も虐められている子を見ていなかったのだから、彼女がそうであるのかすらわからない
だとすれば完全な気のせい、その線が濃厚だろう
そう考えがまとまると、徐々に怒りが沸いてきた
僕は彼女のせいで今日1日散々な目にあった
彼女のせいで僕の平穏な日常が壊れたと言っても過言ではない
今日の事がきっかけで、友人たちとの会話に遅れがでて仲間外れにされたらどうするのか
まともに友人も作らず、でも友人を持っている僕の邪魔はする
彼女が虐められていた子であれば、虐めていたやつらの気も何となくわかる
大抵虐めなんてものは虐められてるやつにも責任があるものだ
全く今日は散々な1日だった
気分が晴れた後に食べるご飯はいつも以上に美味しく感じた
思わずご飯を2杯も食べてしまった
満腹感からなる心地よさに身を委ね、うとうとしていると固定電話が鳴った
昨今は固定電話を付けていない家も増えていると聞くが、僕の両親はアナログ世代でスマホも上手く使えず、結局ガラパゴス携帯
新しいものを扱う事はそんなに難しいことなのだろうかと疑問に感じる僕も、恐らく親世代になったら同じことを言うのだろう
固定電話の受話器を慣れた手つきでとり、応対をする
どうやら保険会社の勧誘電話のようだ
念のため親に報告したら、案の定居留守だそうだ
この台詞はまるで小学生のようで、高校生にもなった僕には少しこしょばゆさを感じる
親は今いませんと言うと、案の定の返答が返ってくる
毎度思っていたことだが、電話対応している人間の血縁関係を聞く必要がどこにあるんだろうか
そんなことを保険会社の方に言ったところで、向こうも仕事だからと答えるに決まっている
だからテンプレートの会話にはテンプレート通りに返すのが、最も衛生的であるのだ
息子ですと答えれば、親御さんはいつ頃お帰りになりますか?
ここからしばらくの問答のうちに会話は終わる
しかし問答は終わらなかった
それどころか徐々に関係のない、僕の話になってきている気がする
学校はどこか、兄弟は居るのか、部活には入っているのか
明らかに関係のない質問が飛んでくる
さすがに僕も不信に思い、無理やり会話を終わらせて切ろうとした時
受話器から笑い声が聞こえてくる
それはとてもとても愉快そうに
愚者を弄び、悦に浸る魔女の様に
その女は笑い出しこういった
「翔太君だよね?高田翔太君」
私を見捨てて逃げ帰った、臆病者の翔太君
いかがだったでしょうか
会話文を極力省き、心象描写中心の構成なので、大変読みづらいかと思いますが、ご了承ください
私はこの小説を「今現在虐められている子」に向けて書いているつもりです
本来小説とは夢を与える物、何か新たな発見をさせる物と考えていますが、この小説は違います
ただ、今現在も虐められている人達に気が付いて欲しいだけなんです
何かを感じ取って欲しいのです
死ぬことの愚かさを、人間の醜さを
そして現実は非情であるが、それでも私たちは生きていかなくてはならないという事を
最後に事務的なお話になってしまいますが
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皆さんのお声で物語が変わる可能性もあります
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