覚醒「泥魔法」
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はじめまして、遊楽と申します。
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「魔法とは、原初、イメージの具現であった。
心の中で鮮烈なまでに描き出される光景が、魔法の源となる」
――『創世記 Ⅰ』25頁より。
少年の原風景は、泥だまりであった。
「おにいちゃん、おにいちゃん!」
少年は泥濘の中に埋まっていた。
呼びかけられるも、泥中に身を沈めたまま動くそぶりはない。
どうして――
少年の中にあるのは、果てしない無力感だった。
力があれば――
心に言いようのない悔しさが湧きおこり、それが指先ににじみ出る。ぬかるんだ地面を指先がわずかにかき混ぜた。
力があれば――
その想いにこたえるかのように、泥が波打った。少年の周りをさざめくように泥が振動する。泥が意思を持ち、蠢いているように見えた。泥はゆっくりと少年を包み込み、繭、とでも形容すべき状態になった。少年に縋り付いていた妹は、呆然とその繭を見上げるのみだった。
それからゆっくりと、質感を伴った糸状の泥――繭を構成する糸にあたるのか――が、ほどけていった。不思議なことに、繭の中から現れた少年には一つの汚れもついていなかった。泥だらけであった少年は無垢な素肌を晒していた。また、着色などされていない粗末な衣服も、元の繊維の色を取り戻していた。
不可思議な光景が繰り広げられている中、少年もまた不思議な気分だった。ゴロツキを殺したときは無我夢中で、自分が何をしていたのかまったく覚えていないが、今、掌中に渦巻く魔力と自分に宿った魔法のことははっきりと分かった。想いを込めれば込めるほど、周辺にある泥は思うがままに動くことがわかる。尖鋭な槍にも、空を切る銃弾にもなるし、巨大な壁を一瞬にして生み出すこともできるだろう。
――この力があれば、守るべき人を守ることができた。
泥の中に沈みゆく母親の姿が、瞼に焼き付いている。ぐしゃりと、母の頭が泥の中に踏みつけられたときに、パッと跳ね上がった泥のイメージが、脳裏を支配している。遅い、と少年は悔悟の念を抱かずにはいられない。なぜ、母が死にゆく前に、この力が発現しなかったのか。力を得たことによる一種の全能感と、行き場のない復讐心が少年の心の中でないまぜになっていた。
そして、無力感に追い打ちをかけるのは、少年の姿に分不相応な年齢の精神だった。
そう、少年は、ただの子供ではない。