畜生道に堕つるもの
お願いします、感想を私に下さい、お願いします。
ここは坂田高等学校。どこにでもある普通の高校だ。そして俺は高地鏡介。日本人だったらどいつと見比べても大差ないといわれる程度には普通の日本人だ。趣味は読書とゲーム。実にありきたりだ。今まで人と話そうという気すら起きなかったから仕方なく自分一人で完結するような趣味を作ってみました、とでもいいたいかのような趣味だ。ちなみに好きな小説は「羅生門」で好きなゲームは「悪魔城ドラキュラ」だ。実に面白い。
さて、俺は今廊下を歩いている。特に目的もなく、さながら旅人のようにふらふらと。気分とノリと感情と空気に合わせてどこに行くでもなく歩いている。今は放課後、家に向かって歩を進めるのもいいとは思うが、俺は気分屋なものでな。今はちょうど、こんな風に歩いていたい気分なんだ。
「おーい」
さて、いくら気分といっても外を見てみると一面の赤模様。夕方真っ盛りだ。この学校は生徒をかなり早くに学校から追い出す。そんなものだからそろそろ下校せにゃならん時間が近づいているはずだ。俺は所謂時計というものを持ち合わせていないし、今の時間を確認するものは一つもない。教室の中にある時計でも見てみれば時間なんぞすぐにわかるし特に気にもしていなかったんだがこう長い間歩いていると面白味も消え失せてくる。この坂田高校は高校として実に標準的な大きさをしているものだから少し見て回っただけでもう飽きる。まあ裏庭やら校庭やらに行ってみれば少しはバリエーションに富んだ草花やらなにやらが見れるだろうな。
「おーい?」
そうと決まれば行ってみるか。・・・・図書室にでも行って本を借りてからにするか。
実はこの学校、図書室の本が誰でもいつでも借りられるんだ。借り方も簡単。本をもって、図書室を出るだけ。センサーが本と生徒証を読み取って勝手に借りた、ということにしてくれる。借りたいときに借りられて、2週以内であれば読み放題。どんな思惑があってこんなハイテクなことをしているのか実に謎だがありがたい。その代わりなのかほかの高校もそうなのかはよくわからんが、この高校には娯楽的な本があまり存在していない。学術書や論文集などはずらりと並んで圧倒されてしまう程にあるが、漫画、小説等の娯楽本は数えられる程度しか存在していない。しかもなんだこれはと思える程に古い。いや、別にいいのだが。
「おーい!」
いやでも小説はともかく漫画はダメなんじゃなかろうか。マキバオーとか誰が読むんだ誰が。俺は読むが。本当に流行りを抑える気というものが一片たりとて感じられん。そんなんでどうしてあんなハイテクセンサーなんか導入したんだ。無駄だろう全く。さて、愚痴もいいところだ。そろそろ図書室へ―――――
「反応を・・・・しろおおおおおおおお!」
「おぼふっ!?」
衝撃。俺の体を軽々と吹き飛ばし、掃除してから3,4時間経っているであろう廊下にさながら甲子園決勝戦ツーアウトで逆転サヨナラスクイズを成功させるかのような素晴らしいヘッドスライディングで倒れこむことを強制する衝撃を背中から感じ、実際その通りに特にホームベースもない廊下へ倒れこむ。・・・・痛い。誰だ、人をいきなり後ろから蹴るなんてクロマニョン人でもしないようなことをやってのける輩は。・・・・いや、分かっている。やった人物には想像がつく。こんな文化を持つものらしからぬ野蛮極まりない奴は、俺の知る限り一人しか存在していない。
「・・・・何の用だ・・・・神崎・・・・」
漏れ出てくるため息を抑えられずに吐き出してしまう程仕方のない奴。
その名前は神崎桜空。それがこの実に憤慨していらっしゃる阿呆の正体だ。
性別は女、好きなものはアップルパイ。それとテニス。嫌いなものは毒をもっているキノコと所かまわずナンパかましてくるヤンキー。俺の幼馴染で、感情のコントロールがとても下手。ストレスが溜まってしまうと物に当たるタイプだな。将来苦労しそうで、今俺が苦労している。こいつに悩まされた数はもう数えていない。
「人の話を聞かないなんて酷い奴だぞ!人の言うことをちゃんと聞こうねって幼稚園の先生にだって言われてたじゃないか鏡介!」
自分についた埃を払い、酷い奴に激怒している阿呆に振り向き怒りを解き放ってやる。
「ほうほうそうか。お前こそ人は蹴るものでも殴るものでも弾き飛ばすものでもないと幼稚園の先生に言われたじゃあないか。それに一週間前にもそのことは確かに、話した記憶が確かにこの酷い奴にはあるんだがな。まさか幼稚園の記憶があるお前に限って、まさか一週間前に言われたことを忘れることはないだろう?ついに類人猿にすら劣る知能に堕ちたとは嘆かわしいぞ神崎。」
と、まくしたてる。
この脳が動くより手が出るほうが速い女に殴られけられをされるのは初めてではない。おぎゃあと母親から這い出てきたその2日後からの付き合いであるこいつにそういったことをされるのは、もう何度目だろうか。ああ幼稚園を卒業する1年前まではこんな性格ではなかったのに、と映像にしか残っていない記憶を呼び覚まし涙を流す。
「うっ、ご、ごめんなさい・・・・」
と、直ぐに神崎は謝ってくれる。こうされると弱い。こいつの呼びかけに反応しなかった俺にも非があると自分の中にある冷静な部分が俺を責め立ててしまうからだ。これだからこいつの相手はしたくない。
「すぐに反省し誤りを入れるのはお前の美徳だ。だが次に続かないなら意味はないと言われただろう・・・・全く。それで、何の用だ神崎。」
と、聞いてやる。外はもう既に夕暮れ時だ。部活を終えて器具を片付けている生徒たちが目に映る。少し気ままに歩きすぎたか。図書室は流石に締まっているかな。
「あ、うん。僕の部活が終わったから一緒に帰ろ?って誘いに来たの。」
と、テニスウェアを着た状態で俺に言う。こいつはまた・・・・他に帰路を共にしたい友達はいないのか。
神崎桜空はテニス部に所属している。どうやらとても優秀なようで、少し前に来ないかといわれ行ってみた試合では正に八面六臂といった活躍ぶりを見せてくれた。中々にすごい奴なのだ。所謂エースというやつなのだろうな。・・・・まあ、感情の制御が恐ろしいほど下手、という面があったり、学問における成績を見るとかなり残念なのがうかがえるのだが。・・・・将来が心配になってくるな・・・・
「ああ、いいぞ。なら帰るか。図書室も、もうしまっている頃合いだろうしな。」
と、廊下の一番端にある階段を降り、一階にある昇降口を目指す。すると桜空が徐に口を開き、
「なんだか今日はいつもより静かだねー」
と、間延びした口調で語りかけてきた。
・・・・確かに、声が少ない。確かに片づけ時とはいえ、この学校に通う生徒は馬鹿馬鹿しくなる程やかましいのだ。寧ろ片づけ時が一番やかましいとすら、言えるだろう。それに、今片づけをしているのは野球部、サッカー部、セパタクロー部だ。やかまし三銃士が揃っている今、この静けさは異常とすら言える。聞こえるのは烏の声ばかりだ。・・・・今日に限って部員全員が口を閉ざさなきゃならん大事故でもあったのか?いやそれならむしろ煩くなるか・・・・
「ま、大方全部活一斉に飯でも食ってんだろ。気にすることでもないさ。」
と、適当なことを言い再び歩き出す。事実、異常とはいえあまり気になるほどのことでもない。むしろ嬉しい。
―――だが、階段を降り続けているうちに、それこそ静かなことよりも重大な違和感を感じ始める。少し汗が出たか、と自分の汗を拭ってやり、ある疑問を神崎に投げかけてみる。
「なあ・・・・階段、長くないか?」
この学校の怪談はそう長くない。一分と立たずに俺や神崎が今さっきまでいた三階から一階に到達できる。・・・・はずなのだが、もう何分も階段を降り続けている。あまりにも奇怪だ。奇怪すぎる。何が起きているのか理解できない。
「ねえ、それもそうなんだけどさ・・・・外見てみて。」
桜空にそういわれ、学校の階段が怪談に早変わりするより摩訶不思議なことなどあるはずがない、どうせ梟の交尾だろうと窓の外を見てみると・・・・
「・・・・!?」
そこには、夕日ではなく青い空が、そして―――
「なんだ・・・・なんだあのでかい樹は・・・・!?」
まるで空に煌煌と光り輝く太陽を食むかのように、こちらを見下ろす樹木が四本、立っていた。
その大きさ、太さは計り知れない。だがまず間違いなく100mは超えている。以前読んだ本に世界最大の樹木は約115mと書いてあったが、明らかにそれは超えている。ギネス審査員はこの樹を真っ先に調べるべきだろうという考えと共に、もう流石に夢じゃないかと思い始めた。
どういうことなんだ。俺の経験から、この窓の外に見えるのは道路と柵、そして校長の趣味である盆栽くらいしかなかったはずだ。道行く老人に「風流だなあ」と言われるほどの見事な盆栽がこんなに面白おかしく育つはずはない。いや、階段がニョキニョキ伸びるよりは盆栽の急成長の方が有り得そうだが・・・・。
解らん、全くもって全てがわからん。どういうことなんだ。消えた声、やたら長い階段、このよくわからん四本の樹。どう考えても夢としか思えん。・・・・よし、神崎に聞いてみよう。
「神崎、何なんだこの状況は。」
「私に聞かれてもわかんないよ・・・・どういうことなの・・・・?」
即答だ。即断即決は美徳だが、こんな時にまで発揮してくれなくてもいいだろう。全く。
・・・・さて、ふざけるのもたいがいにするとして。実際どうすべきなのだこの状況は・・・・
「降りてみるか、階段。お前はどうする、桜空。俺としてはこのよくわからん状況下で別れて行動するのは多分死ぬから嫌なんだが」
と桜空にも一応聞いておく。俺と同意見であろうが、たまーに食い違うからな。意思疎通は大事だ。
「私も、そう思う。一回階段を降りてみて、ずーっと続いてる2階に行ってみるべきだと思う。」
今凄い情報が出たな。それも驚くほど自然に。そうか、二階が延々と続いているのか。成程。そうなれば話は早い。
この世界はファンタジーなものじゃなかろうかと予想を立てておく。これ以上摩訶不思議な体験はしたくない、というか家に帰りたい。俺の家で腹を空かせて待っているはずの弟の飯は今日俺が担当するはずだったんだ。弟のためにもこれは何としてでも家に帰らねばならぬ。というわけで・・・・
「状況確認の続きといこう。二階にある窓から校庭が見えたはずだ。校庭であることを祈るぞ・・・・」
実際この踊り場から見える風景はファンタジーそのものだ。四本の樹以外にもよくよく見ると不自然な点が多い。というか不自然な点しかない。点がありすぎてもう面に見える。
まず樹に張り付いてるでかいトカゲ。緑色をしていて、動物園に住んでいたコモドオオトカゲより数倍でかい。その巨体が樹に張り付いている。もうこれだけでも夢だと断定するに相応しい。
次に樹の枝に巣を作っていると思われる鳥。全体的に青色、目は黄色だ。どこぞのゲームにラスボスとして出てきそうな、明らかに治世を持っている風貌をしている。しかもでかい。正直あんなのが襲ってきたら殺される前に恐怖で死ぬ。間違いない。
そこまで考えて、これ以上考えても何も収穫がない、無駄だろうと一度思考を停止させて階段を降り始める。この階段も普通に学校生活を送っているときであれば何も思わない何の変哲もない階段だが、こうしてこの状況で降りていると少し恐ろしく、異様に段数を長く感じる。実際はそんなことないのも、解ってはいるのだが。
そして特に何事もなく二階にたどり着くと、ある光景が自分たちの目に入り込んでくる。それは―――
「うわあ・・・・」
蒼穹と呼んでまだ足りないほどの青空と、それを覆い隠している鬱蒼とした森。そして―――
「おいおい・・・・」
見上げても天辺が見えない、白がかった透明の板であった。