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人外の真実

 倉庫の扉を開けると真っ先に感じたのは漂ってくる血の臭いだった。


 中は電気が生きている。だから地獄が鮮明に映し出されていた。


 喰い散らかされた人間の肉片。


 辺りに飛び散っている鮮血。


 無造作に散らばっている人骨。


 どれもこれも人外の仕業だと理解する。


 倉庫の中央には手術台が置かれていた。


 そこで施術が行なわれていたことが分かる。


 沙紀は無事だろうか? こんなところに居て、精神は、心は折れていないだろうか。


 倉庫の奥に進もうとしたとき、後ろから扉が開く音がした。


 銃を構えつつ振り向くと、そこには美希が青ざめた表情で立っていた。


 気絶から目覚めるのが早すぎる。舌打ちしたい気持ちで一杯だった。


「なによ、これ……うう!」


 女子高生には耐え切れなかったようだ。うずくまり、吐き出してしまった。


 俺はゆっくりと美希に近づく。


「おえええ! 気持ち悪い……!」


「そう思うのが正常だ。ここは貴様の来るべき場所ではない」


 背中をさすったり慰めたりするような優しい真似など、俺はできなかった。ただ全てを吐き出すのを見守っていた。


 やがて落ち着いたのか、美希はよろよろと立ち上がる。


「こんなところに、沙紀は居るの?」


「居なければ困る」


 俺は美希に「そばから離れるな」と言い、周囲を警戒しながら歩く。


 倉庫の奥にはまた扉があった。


「車に戻ってもいいぞ。この先はもっと酷い現実が待ちかねているだろう」


 俺は美希に忠告したが、美希は気丈に「平気よ」と突っぱねた。


 震えている手。俺は知りながら無視した。


 俺は殺気がないことを確認しながら、扉を開けた。


 扉の奥も電気が生きていて、そこには人間は居なかった。


 そう、人間は。


「さ、沙紀! 沙紀が居るわ!」


 美希は嬉しそうに部屋の中央に置かれた檻の中に居る存在に声をかけた。


「美希! 助けに来たの!? ああ、良かった! ありがとう!」


 檻の中に居る沙紀は美希と同じブレザー服を着ていた。沙紀は美希よりも幼い顔つきでおかっぱ頭。背は低い。


「ああ! 沙紀、沙紀! 大丈夫? 何かされていない――」


 無用心に近づく美希を俺は手で制した。


「待て。本当に沙紀なのか?」


 俺は美希に訊ねた。美希は不審そうに「そうよ。それがどうしたの?」と訊き返す。


「……本当に間違いないか?」


「……何が言いたいの? 偽物だっていうわけ?」


 苛立ちを隠そうとしない美希に俺は「そうか」としか言えなかった。


 くそ。また間に合わなかった。


「美希? その人、誰?」


 沙紀が不安そうに訊ねる。美希は「安心して」とにっこり無理矢理笑った。


「この人は変な格好をしているけど、善い人だし、沙紀に危害を加える気はないから」


「いや、両方とも間違いだ」


 俺は素早く銃を取り出した。


「俺は善人ではなく、沙紀に危害を加えようとしている」


 俺の言葉に美希も沙紀も固まってしまう。


「……はあ? あんた何言ってるの?」


 ようやく、美希は話し出す。俺が何を言っているのか理解できないみたいだ。


 それは沙紀も同様で呆然としている。


「正確に言おう。沙紀を殺す。殺さねばならない」


 俺は銃を持ったままゆっくりと近づく。沙紀が抵抗したらすぐさま撃てるように。


「ちょっと待ってよ! なんで殺すのよ!? 沙紀は私の友達で助けてほしい女の子なのよ! どうしてそんなこと――」


「…………」


 答えずに徐々に距離を詰める。


「いやあああ!! なんで、なんで私が死なないといけないのよお!! 助けて美希!」


 状況が飲み込めたのか、沙紀も半狂乱になりながら喚く。


「おとなしくしろ。楽に死なせてやる――」


 銃で狙いをつけた瞬間だった。


「まったく、酷いことをするじゃあないか。無垢な少女に対して、勝手に命を奪う真似をするんじゃあない」


 声のした付近を見る。そこには一台のノートパソコンがあった。


 それよりも聞き覚えのある声だった。


 聞く者を不快にさせる喋り方。


 不愉快極まりない声。


「貴様の仕業だな――灰崎明暗」


 俺はパソコンを睨みつける。


 パソコンから音声が流れる。中継しているのだろう。向こうはカメラを通じてこちらを見ているようだ。


「灰崎、明暗……? 誰……?」


 不思議そうに見つめる美希に俺は説明した。


「灰崎明暗。『虚言組合』の組合長にして科学者。自身も人外だ」


 俺の説明に灰崎は「明瞭簡潔だねえ」と愉快そうに笑う。


「しかし平野伴次郎くん。君はいつも我々の邪魔をするねえ。私は悲しいよ。悲しくて仕方がない。伊倉くんは私の傑作の一人なのに。普通の人間がどうして殺せたか不思議で仕方ないなあ」


「科学者らしくない言葉だな。自らが証明できないとは。無能の極まりだな」


 俺の挑発に灰崎は「酷いことを言うねえ」と言うが何も気にしていない風だった。


「それより頼みたいことがあるんだけど」


「なんだ? 一応言ってみろ」


「その子を殺さないでおくれ。その子は大切な『仲間』なんだ」


「……やはり施術は済んだみたいだな」


 くそ! 俺はいつも出遅れる! 全てが終わった後に解決するなんて、公安のイヌと同じではないか。


「断る。沙紀は殺さなければならない」


 俺の言葉に美希も沙紀も息を飲むのを感じた。


「そうか。残念だねえ。まあ仕方ないか。君を殺すのに仲間がたくさん犠牲になるのを考えたら、致し方ない」


 あっさりと諦める灰崎。合理的思考を備えている奴らしい。


「貴様らが何故沙紀を狙ったのだ?」


「それはねえ。才能があったからだねえ。それに私たちと森林会がつながっていることを知ってしまったこともある」


 森林会の収入源、人身売買。


 人間の癖に人外に協力していたのか。


「それじゃあ私はこれで失礼させていただくよ。ああ、パソコンは自動的に消去するから気にしないでくれたまえ」


 パソコンから奴の気配が居なくなる前に、俺は言う。


「灰崎。貴様らは必ず殺す。全員殺す。貴様らは死なねばならない。人間のために」


「ふふふ。見解の相違だね。私は死なないよ。全ての真理のために。そして『シフト』の楽園を作るために」


 そして音声は途切れた。パソコンからは煙が立ち昇る。データの消去だけではなく、物理的にも破壊したのだろう。


「ねえ。仲間ってどういうこと?」


 美希が俺に訊ねる。俺は美希に偽らずに話すことにした。


「人外は生まれながらになる者と施術によって後天的になる者が居る。沙紀は――後者だ。沙紀はもう人間ではない。人外だ」


 俺の言葉に、美希も沙紀も思考が停止してしまったようだ。


「そんな、私、人間じゃないの……?」


 へなへなと座り込んでしまう沙紀。


「そういうわけだ。だから殺す――」


「待ってよ! どうして人外は死なないといけないの!? 沙紀の人格が変わったわけじゃない! ちゃんと生きているのに!」


 ほとんど悲鳴だった。


 俺は伝えるべきだと思う。残酷だが、残忍なことだが、伝えなければならない。


「美希、これは言わねばならないな」


 俺は美希に事実を伝えた。


「人外は人を喰らう。そして人外は人を喰わないと死ぬ。だから殺さなければならない」


 その言葉は俺以外の二人にとって死刑宣告と等しかった。


「さっきの部屋、アレは、そういうことなの?」


「そうだ。喰い散らかした後だっただろう。伊倉と呼ばれた男の仕業に違いない」


 そして俺は沙紀に向かい合う。


「今なら楽に死なせてやる。貴様は人外だが、まだ人を喰ってはいない。今なら人間として死ぬことができる」


「……死にたくない、です」


「諦めろ」


 俺は銃を構えた。沙紀の頭部を狙っている。


 人外は脳を破壊すれば確実に死ぬ。


 例外はない。


「やめて、やめてよ!」


 美希がこちらに近づいてくる。


「美希助けて! 私まだ死にたくない――」


 最期の言葉を言い終わる前に、俺は引き金を引いた。


 沙紀の身体がゆっくりと後ろに倒れる。


 そして頭部から血が吹き出る。


「ああ、ああああ、ああああああ!!」


 美希の悲鳴が倉庫に響いた。


「……金はいらん。しばらくそこにいろ」


 俺はその場を後にする。久しぶりに後味の悪い殺しをしてしまった。


 俺は倉庫から出ると、携帯電話を取り出し、素早く十三桁の番号を押した。


「俺だ。人外を二体仕留めた。場所はLB倉庫のある埠頭だ。一人の少女が居る。保護しろ。以上だ」


 電話越しで何やら喚いていたが無視した。


 すっかり陽は暮れ始めていた。


 夕陽は血の色と同じで嫌いだ。嫌なことばかり思い出せる。


 できれば沙紀を救いたかった。


 だが遅すぎた。


 これが運命だとするならば、世界は残酷で醜い。


 車に向かいながら俺は改めて誓う。


 人外は全て殺す。


 妥協はしない。


 できるできないではなくやるしかないんだ。


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