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埠頭での戦い

「どうして殺したの全員を! 殺す必要なかったじゃない!」


 車を埠頭に走らせる。


ようやく口を利けるようになった美希は、俺を責め始めた。


「俺は探偵ではなく殺し屋だ。だから殺したのだ」


「答えになっていないわ! あんただったら殺さなくても済んだはずよ!」


「だがこれでも良いはずだ。違うか?」


「話にならない! あんたは殺しが好きなの!? ためらいとか罪悪感はないの!?」


 勘違いしているようなので、俺は訂正することにした。


「殺人狂ではない。やるべきことをしているだけだ。あのまま生かしておけばいずれまた悪事を行なうだろう。殺人、強盗、強姦、人身売買、ヤクの密売。それらの被害者を無くすためにも、殺したのだ」


「……人が改心するって信じないの?」


 隣に居るガキがたわけたことを言ってきたので、俺は諭すつもりはないが、言うべきことを言う。


「悪人が善人にはならない。よく更生して聖職者や偉人になった人間の例があるが、俺に言わせればマヤカシだ。自分の悪性をようやくコントロールできただけの話。ただそれだけだ」


 すると美希は俺を憐れむような視線をぶつけてくる。


「あんたは、善を信じていないの?」


「信じている。だから俺は人を殺す。善人のために。無垢な人間のために。だが、俺には殺すしか方法はなかったのだ」


「…………」


「だから、俺のような悪人にはなるな。貴様は善人なのだから」


 そして会話を打ち切った。話すことは何も無かった。


 埠頭に到着した。


 近づくにつれて、薄汚い雰囲気が漂ってくる。この街には二ヶ月前に来たばかりでこのような場所の調査はあまり行なっていなかった。


「しかし『虚言組合』がこの街に来ているとは……運命に感謝したいくらいだ」


「ねえ。『虚言組合』ってなに? ヤクザか何かなの?」


 黙りこんでいたと思えば、躊躇なく訊ねる美希は案外強い子どもだと認識を改めた。


「これから信じられないことを言う。信じるかどうかは貴様次第だ」


 前置きをしてから話始める。


「世界には人外と呼ばれる化物が多く生息している。耐え難い事実だが、奴らは人間社会に溶け込んでいる。お前のクラスメイトに居るかもしれないし、隣近所に住んでいるパターンもある」


「……いきなり何を言っているの?」


 突然そんなことを言われても混乱するだけだと思うが、事実を語っているので、そのまま話すことにした。


「人外には寄り合いがあり、その中の一つに『虚言組合』がある。奴らは日々人間をさらい、とある施術を施す」


「施術? なんなのそれ」


「……話は終わりだ。どうやら人外共が気づいたみたいだ」


 埠頭に数多くある倉庫。その中から一人の大柄の男が現れた。


 ビリビリに裂かれたTシャツにデニム。筋肉質で野性味ある顔つき。ざんばらに伸ばした銀髪。


 そいつは俺たちを視認すると――姿を消した。


「えっ? 消えた……」


 いや違う! 俺は車を急いで後退させた。


 大きな音を立てて、俺たちが今居た場所に陥没した大きな穴が生まれた。


「――っ! あいつ何なの!?」


 答えずに俺は車を急発進させて、目の前に居る男を轢き殺そうとする。


 車は男にぶつかり、そのまま跳ね飛ばす――はずだった。しかし奴はあろうことか、受け止めてしまう。


 化物め! 人外らしいといえばらしいが。


 少しでも力を緩めるとこちらが危ない。アクセルを踏み込み――


「うおおおおおおおおお!!」


 ケダモノのような咆哮。男は車のフロントバンパーの下部を持ち上げる。そのまま放り投げるつもりだ。


 ――させるか!


 俺はハンドルを右に切って車を回転させるように振り払い、そのまま男から距離を取るように離れる。


「ちょっとアレなんなの!?」


「喋るな舌を噛むぞ」


 俺はとにかく車から出ようとする。美希に危険が生じる可能性があるからだ。


 男が出た倉庫を思い出す。そこに沙紀が居る可能性もある。


 だが世界は全てが上手くいくように優しくはない。


「あいつ、追いかけてくるわ!」


 バックミラーで確認すると男はあろうことか時速60キロメートルで走る車に追いつこうとしている。


 身体能力の優れた人外であるようだ。


「どうするの? このまま逃げるの?」


 美希が不安そうに見つめてくる。


「逃げる? そんなことはしない。何故なら俺たちの勝ちだからだ」


 車に追いつけなければ奴にも勝機はあった。


 しかし、追いつけるほどの速度で走れるのなら――


「貴様、衝撃に備えろ。シートベルトもエアバックもあるから平気だと思うが」


「あんた、何をする気なの!?」


「いいから黙れ。安全な姿勢を取るんだ」


 美希が安全な姿勢を取ろうとするとき、とうとう追いつかれてしまう。


 待っていたのはこのタイミングだった。


 俺は急ブレーキをかけた。


 車は勢いよく止まった。まあ停止距離はかなり大きくなってしまったが。


 車は止まれても、人外は止まれない。


 何故ならブレーキというものはないからだ。


 人外はリアガラスに頭をぶつけて――防弾防刃ガラスだが、ひびが入る――そのまま一回転して俺たちの頭上を飛び越えて、車の一メートル手前で落ちて転がり続ける。


 動かなくなったのを確認して俺は車から降りた。手袋は既にしていた。


 美希は気絶してしまったようだ。


「おい人外。どうやら回復能力は人並みのようだな」


 声をかけると人外はよろめきながらも立ち上がった。見た目通りタフな奴だ。


「お前が何者か、知っているぞ……」


 ダメージは甚大で、意識は朦朧としているようだった。


「お前は、殺し屋。平野伴次郎。俺たち『シフト』を殺しまくっている異端者だな」


 人外は自らのことを『シフト』と呼ぶ。人類から抜け出たというくだらない自負があるみたいだ。


「貴様らにどう思われようと関係はない。興味もない。だが訊かねばならぬことがある」


 準備が整った俺は余裕を持って奴に訊ねる。


「沙紀という女を知っているな。どこに居るんだ。答えなければ身体に訊くことになる」


「身体に訊くことになるだって? 無理だな。何故なら、お前はここで死ぬのだから――なあ!」


 叫び立ち上がり俺に向かって攻撃しようとして――


 静止した。圧倒的なまでに動きは止まった。


「ぐ、うううう! 動けない、だと!?」


 既に拘束しておいた。奴の身体の自由は封じた。これで尋問ができる。


「お前、何を……なんだ、このキラキラしたものは……?」


 ふん。見えるのか。人外なだけに視力も良いみたいだな。


「まさか、糸なのか? 目に見えないほどの極細の糸で俺を縛っている……?」


 ご名答。これが『奴』から学んだ殺人技術の一つだ。


 半径五十メートルの円。これが俺の間合いだ。この領域に居る者は俺の支配下に置かれているのと変わりない。


「こ、こんなもの、引きちぎって――」


「無駄だ。貴様程度では切れん」


 逆に俺は奴の右腕を切り落としてやった。糸は拘束だけではなく、切断もできる。


「ぎゃあああああああ!!」


 聞き苦しい悲鳴と見苦しい顔。不愉快だった。人外というだけでも嫌悪感があるのに、さらに気分が悪くなる。


「た、助けてくれ。頼む。沙紀は倉庫の中に居るんだ。だから――」


「そうか。分かった。ならば死ね」


 俺は腕を大きく振った。


 男の身体がバラバラになる。左腕も左手首も左指も胴も頭部も脚部も全てバラバラに解体された。


 そして最後に肉片と血溜まりだけが残される。


「さて。行くか」


 俺は美希を放置してそのまま倉庫へ向かう。


 糸を回収しながら、俺は思考する。


 『虚言組合』は何故沙紀を誘拐するように森林会に頼んだのか?


 そもそも沙紀が掴んだ秘密とは?


 奴らの狙いはなんだ?


 ある程度予想はつくが、この眼で確かめないといけない。


 真実とは自らの眼で確認しなければならない。『奴』に言わせれば、実際の目など信用できないとほざくがな。


 お前は深淵を覗いている。だからお前の眼は暗闇に沈んでいるのだ。光のないものは光の道に進めない。お前は永遠に闇に生きる。


 元より光の道を歩むつもりなどない。悪人や人外を狩るならば暗闇で狩る。白光の元、正々堂々と狩るつもりはなかった。


 周囲を警戒しながら、俺は倉庫に近づいた。


 そこに待ち受ける地獄など知る由もないが、眼を逸らすことはしない。


 逸らすものか。


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