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初めての先輩の部屋

 そして、次の日。桜子は早めに起きた。


 これはもちろん久典を起こしに行くからだ。


「先輩の家に初めて上がるんだからちょっと緊張する」


 親とも初めて会う。これは緊張せざるを得ない。

 寝癖が無いか丁寧に髪をいじって。家を出て行った。


「先輩の家についたけど……」


 インターホンを押すのが怖い。


 朝早くに失礼じゃないかな。なんて思ったりもしたのだけれど、制服を着てて一緒に登校する旨を伝えるるのならば何も問題はないはず。


 何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


「よし、押す!」


 ピンポーンと鳴り響いた。

 押したはいいものの押した瞬間からまたドキドキが止まらなかった。


「はい、どなた?」


 インターホンで返事をしてくるのかと思ったら、玄関のドアが開けられた。


「あっ、はい。私緋宮桜子って言うんですが、えっと、先輩を迎えに来ました」


「あら、久典を? こんなにかわいい子が?」


 久典の……お姉さんだろうか。なんて思ったけれど久典には兄弟が居ない。いや、姉や妹ならいるのかという話になると、それも否定する。久典は一人っ子なのだから。


「あの……もしかして、先輩のお母さんですか?」


「えぇ、そうよ」


「びっくりしました。兄弟居ないって聞いてたのにお姉さんが居るのかと思ってしまいました。すみません」


 桜子が言うとおり、見た目は姉と思ってしまってもしょうがない。


 見た目がかなり若い。二十代と言われても不思議には思わない。久典を産んだのならばどう考えても三十は超えているのに。


 髪も整っている。きっとおしゃれに気を使う人なのだろう。


 桜子が頭を下げた状態から戻ろうとしたら、違和感を覚えた。

 なんだろうなんて思ったら。Gパンを穿いている。エプロン+Gパンというなんともバランスの悪い感じになるはずなのに、何故か様になっている。


「お姉さんだなんてそんなこと言っても何も出ないよ」


 と言いつつ久典の母はニコニコとしている。


「あっ、そうだ。先輩まだ寝てるんだったら起こしてきましょうか?」


 昨日考えた通りのシナリオに進めようとする桜子。


「いいよいいよ、中に入って待ってて。ちょっくら起こしてくるから」


「いえ、お母さんは忙しいでしょうから起こしてきます」


「…………。桜子ちゃんって言ったっけ。なに、久典の彼女なの?」


 なんだか雲行きが怪しい。


「い、いえ、彼女とかじゃないですけど……」


「ふーん……。まぁいいや。わかったよ。久典を起こしてきてくれないかな」


「はいっ」


 一瞬怪しかったけれど、久典を起こしに行くことが出来る。

 桜子は一度軽く息を吐いた。


「じゃあ適当に上がって。久典の部屋は二階にあるから。すぐわかると思うよ。小さいころ作った『ひさのりのへや』って札がかかってるから」


「わかりました」


 久典の母はそう言って一階の部屋へと入っていった。おそらく台所に行ったのだろう。

 桜子は丁寧に靴を脱いで、揃えてから、階段へと向かう。


 久典の家で、久典の母が居る。そんなところでだらしないところを見せる訳にはいかない。

 といっても、普段通りしていれば十分桜子は行儀の良い子なのだが。


「ここが先輩の部屋……」


 二階には二つ部屋があって、片方にはドアになにも書かれていなかった。

『ひさのりのへや』と書かれている札がかかっている部屋の前で桜子は立ち止まった。


 未だ一度も入ったことのない久典の部屋。

 そして、おそらく久典はまだ寝ている。


 家で無防備に寝ているところを見るというのも当然初めてのことだ。

 久典の寝顔が見れる。

 そう思うとよだれが出てきそう。


 そこでふと思った。

 ドアをノックするべきなのだろうか。


 部屋に入る時、常識的に考えたらノックをするのは当然だ。

 だけれど、万が一ノックで起きてしまったら。という風になると、久典の寝顔は見ることができない。


「どうしよう……」


 久典の寝顔は見たい。でもノックをしないで人の部屋に入るだなんてことも出来ない。


 その葛藤が始まった。


 冷静に考えたら桜子の性格的にこうなることは予想できたはずだったのだけれど、久典を起こすことばかり思っていたらすっかりと忘れていた。


 ノックするかしないか。言葉にしてしまえばそれだけだけれど、それが桜子にとって重くのしかかる。


 ノックをしないだなんて常識はずれなことをしてまでも久典の寝顔を見たい。という感情とやっぱりそんなことは出来ないという感情。


 それがぐるぐると桜子の頭の中を巡り巡って。もうどうしたらいいのかわからない。


 でも早くしないと久典が起きてしまう。


 できるだけ早くしないといけない。起きてしまったら元も子もないのだから。


「よし、決めた!」


 桜子が出した答えは、出来るだけ小さくノックをすることにした。

 これなら人の部屋にノックをしないで入るなんて常識はずれなこともなく、久典が起きる心配もない。


 むしろ、その小さな音で起きるのならばもう起きてるだろう。

 そして、本当に小さく。叩いた本人にしかわからないような音でノックをして、静かにドアノブをひねる。これも出来るだけ音がならないように。


「おじゃましま~す……」


 これも極小の声で言う。一応礼を欠かさない。


 初めて入る久典の部屋。少し散らかってて。男の子の部屋という感じだった。桜子は男の子の部屋に入ったことはないけれど。


 一通り部屋を見渡し終わると、ベッドを見てみる。


 久典はまだ寝ているようだ。

 枕元には目覚まし時計が置かれてある。

 一体何時に設定されているのだろうか。それはわからないけれど、目覚まし時計より先に久典に接近しなければならない。


 接近しなくても起こせるが、寝顔がどうしても見たい。


 そーっとそーっと近づくと、一度久典が寝返りをうった。

 起きるかも。なんて思って立ち止まったが、どうやらまだ起きてない様子だった。


「せんぱーい。朝ですよ」


 起こす気の無い声でこそっと言う。

 そう言って大義名分を作って、堂々と久典の顔を覗き込む。


「先輩。こんな顔して寝るんですね」


 だらしなく口を開けて、寝相も悪そうだ。布団を蹴飛ばしている。


「先輩、子供っぽい」


 年上の男の子が年上の威厳の欠片もない状態を見ると、少しほっこりした。

 すぐ起こすのは勿体無く思って、久典の寝顔を観察する。

 久典の寝顔を見て、こんなに微笑ましく思うだなんてことは思わなかった。

 最初は好奇心だったのだけれど、一度見てしまうと。もっと見ていたいと思う。


 でも流石に起こさないとお母さんに怪しまれてしまう。

 なので、数分見つめるだけに留めておいた。

 もったいないけれど起こさないと。


「先輩! 起きてください。朝ですよ」


 最初は声だけで起こそうとしてみる。


「うぅ~ん……」


 久典はそう言って寝返りをうつだけで起きない。

 どうしよう、と桜子は少し困った。


 布団はすでに久典自身で蹴飛ばしているのかかかっていない。となれば久典の体を揺さぶって起こすしか無いのではないだろうか。


 でも、寝ている久典を触っていいのだろうかなんてことも考えてみる。


 久典に触れたことが無いわけではないけれど、無防備に寝ているところは触ったことはない。


「せんぱーい!」


 さっきより少し大きめの声で起こそうとしてみるも、久典はまだ寝ている。


「触るしか……ないよね?」


 自問自答をした結果。揺さぶって起こすことにした。


「先輩。先輩。起きてください。朝ですよ!」


「ん……もう朝か……」


 久典がぼんやりと目を開けた。

 そして数秒桜子を見つめた後。


「さ、桜子!? えっ、なんでっ!!?」


 久典は飛び起きて、桜子から距離をとった。


「なんでって、起こしに行くって言ってたじゃないですか。しっかりしてください」


「あれ、本当だったのか……てっきり冗談だと……」


「冗談じゃないということは今はっきりとわかってることじゃないですか。いいから早く顔洗ってご飯食べてきてください」


「あ、あぁ……」


 頭を掻きながら久典は部屋を出て行った。


「さて、ここからが本番……」


 桜子は久典が開けっ放しで出て行った部屋のドアを閉める。鍵はついてないようだったのでただ閉めただけ。


 そして、桜子は何を始めたかというと、部屋にある久典の机の引き出しを開けた。

 中は結構ごちゃごちゃしていて、シャーペンやら紙やらがバラバラに入っている。


「ちょっとは整理してくださいよ……」


 でも、これなら逆に、開ける前と多少違っていてもバレる心配はなさそうだ。

 桜子は安心して机の中を漁った。

 しかし、目当ての物は見つからなかった。


 机の本棚になってるスペースにも目を通してみたけれど、それっぽいものはない。

 流石に一冊一冊確認はしていないけれど。おそらく無い。


「んー。ないなぁ。手がかり……」


 桜子が探しているのは久典の好きな人の手がかりだ。

 一体誰なのか気になるし。もしわかればどうにかできるかもしれない。


 そして、ふと、ベッドが気になった。

 男子は大事なものをベッドの下に隠すというのをどこかで聞いたことがある。

 桜子はベッドの下を探ってみた。

 すると、一冊の本が出てきた。


「なにかなこれ」


 表紙を見てもいまいちよくわからなかったので。桜子はページをめくることにした。


 そしてすぐに閉じた。


「えっ、なになに、これ。意味分かんない」


 桜子が開いたページは裸の男と女が抱き合ってる写真が載っていた。


「もしかして、これがえっちぃ本ってやつなのかな……」


 桜子は顔を真赤にしている。胸の鼓動も抑えきれない。

 初めてそういった本を見てしまった。


「先輩もこういう本読むんだ……」


 軽蔑とも見下すとも尊敬とも違う久典への感情がうずまいた。

 本を元の場所に戻そうとした時、ふと手が止まった。


「もしかしたら先輩の好きなタイプがわかるかも……?」


 そういう本なのだとしたら、少なくとも自分の好みと違ったものをわざわざ保管しているわけがない。


 そう思うと好奇心が勝ってしまう。

 もう一度本をベッドの下から出そうとした時、階段を登ってくる足音が聞こえた。


「まずい」


 ベッドの下の本から手を離し、とっさに立ち上がった。


「あれ、桜子。ずっとそこに立ってたのか?」


「えっ、あっ。は……はいそうです!」


「それは悪かった。適当に座っててくれてよかったんだけど」


「い、いえ別に大丈夫です! ってもしかして先輩今から着替えるんですか?」


「あぁ、そうだけど?」


「じゃあ私目を隠しておきますねっ!」


 そう言って桜子は自分の両手で目を覆った。


「いや、それって隙間から見るパターンだろ。いや別に着替えを見られてもなんとも思わないけどさ」


「先輩ブリーフ派なんですね」


「違うし! トランクス派だ! というかまだ脱いでもないだろ!」


 その冗談が余計だったのか。桜子はすっかり部屋を追い出されてしまった。


 ドアの前で立っていると、さっきの本のことが頭をよぎる。


 一体どんな本なのだろうか。


 いや、どんな本なのかといわれたらそういう本なのだろうけれど、桜子は全く知識がない。キスとかいう単語でキャーキャー言ってしまうレベルなのだ。


 だから想像しても想像出来ない。

 そして、久典の好きなタイプというのがあの本の中に隠れている気がしてならなかった。

 その予想は決して間違ってはいないだろう。おそらく本当にその本の中に好きなタイプが見え隠れしているはずである。


「明日。また見てみよっと」


 そう決心する桜子であった。



 久典が着替えから出てきたので二人で久典の家を出る。


 その時、久典の母が「いってらっしゃい」と声をかけてきたので、桜子もつい「いってきます」と返してしまって少し恥ずかしかった。


「そういえば、先輩のお母さん若いですね。びっくりしましたよ」


「あぁー、若い方だとは思う。三十七歳だし」


「歳の話じゃないですよ。見た目の話です」


「見た目も確かに若く見られる方かな。というかあんまり他の人の親を見たこと無いからわかんないな。いや、見たこと無いというかそんな風に見てなかったから」


「そうなんですか。ちなみにお名前はなんて言うんですか?」


「杏子だよ」


「杏子さん……。覚えました!」


「別に僕の親の名前を覚えても何の役にもたたないだろ」


「いえいえ、知っておいて損はないです。明日からも顔を合わせる関係になるんですから」


「……。やっぱり明日も起こしに来るのか?」


「当然です。そういう約束ですから。約束はきっちり守らないと気がすまないので」


「桜子がそれでいいんなら別にいいけど……」


「はい、ですから先輩は安心して眠ってればいいんです」


「僕は桜子が起こしに来る前に起きればいいのか」


「先輩にはそんなの無理です。何のために朝起こしに行くんですか。先輩が朝弱いからですよね」


 本当は桜子が久典との縁を切りたくなかったから言っただけなのだけれど、大義名分は必要だ。


「わかったわかった」


「ところで先輩。話は変わるんですけど」


「ん、なんだ?」


「先輩ってどういう人がタイプなんですか?」


「えっ、なんだよいきなり」


「いや、ちょっと気になって……」


 そう言うと久典はちょっと目を逸らした。


「それは、内緒だ」


「えー、そんなひどいじゃないですか」


「そんなこと言ったって、自分の好きなタイプなんて人にそうそう言えるもんじゃないだろ。じゃあ聞くけど桜子の好きなタイプはどうなんだ?」


「私は先輩がタイプです」


「年上好きってことか?」


「違いますよ。わかって言ってるでしょ。先輩のいじわる。私は、時東久典先輩がタイプなんです」


「よくそんな恥ずかしいことをどうどうと言えるな……。本人に……」


 久典は顔を赤くしていた。照れているのだろう。


「それは違いますよ先輩。本人にだからこそ言えるんです」


 桜子は笑顔で反撃をした。


「わかった。わかった。もうこの話はやめよう」


 照れている久典もなんだか新鮮で良いな。と桜子は思うのであった。



 さて、無事学校に到着した二人だけれど、桜子は少し悩んでた。


 正直久典を起こしに行って収穫はあった。

 久典の母親と初対面出来たし、久典の部屋に入れたし、久典の寝顔も見れたし、久典がおそらく隠しているであろう本の存在も知ることが出来たし。


 ただ、肝心な情報がまったく得られなかった。


 一日目の十分程度の時間でそこまでわかるのならば苦労はしないけれど、ずっと続けていたらいつかはバレるかもしれない。


 バレる危険性は本当にある。そして、バレた時、どう言い訳をしたらいいのか。

 それこそ関係性が崩れる可能性が十分にある。

 ならばどうしたらいいのか……。


 そこで桜子は思いついた。


「そうだ、バレる前にバラしてしまえば良い!」


 と、もちろん堂々と探しものをしてます。だなんてことは言わない。

 ただ、偶然何かしらのものを見つけてしまいました。的な状況を作り出せばいい。

 明日はまだ早いけれど、何度か起こしに行った後に、あの本のことを言えばいいんじゃないだろうか。


 そうしたら、久典的には部屋を漁られた。というより本を見られてしまった。という事のほうが強く印象に残るのではないだろうか。


 そうなれば部屋を漁っている時に見られるという最悪の状況よりもマシである。


 毒を食らわば皿まで。肉を切らせて骨を断つ。と言った苦肉の策だ。


 問題は、それを知られた後だと桜子の探しものをもっとわからない場所に隠されるか、捨てられてしまう可能性があるということだ。


 なのでその作戦の決行は探しものが見つかってからだ。

 それまでは迅速に探しものを見つける必要がある。


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