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桜子と蒔菜の初対面

「せんぱーい。お外が真っ暗になってしまいました。私一人で帰るのはかなり危険です。先輩送って行ってください」


 掃除が完全に終わってまとめたゴミを一階に持って行くと、桜子がそう言って声をかけてきた。


「いや、なんで日が落ちるまで家に居たんだよ……」


「お母さんとおしゃべりしてただけですよ。楽しかったです!」


「それはよかった。んで、桜子の家ってそんなに遠くないだろ。近所ってわけでもないけど五分~十分で帰れる距離じゃなかったか?」


「つまり、先輩はか弱き乙女の私を暗闇の中ほっぽり出すということですね」


「いや、その表現はおかしい気がするけど……」


「いえ、そういうことです。先輩は薄情です。私が夜道を歩いているところ変態さんに襲われても先輩にとっては関係ないことなんですね……。私悲しいです」


 そう言ってまた手を顔にあて、嘘泣きをする桜子。


「いいから、送ってってやんな」


 そこに現れたのは久典の母親。杏子だ。


「いや、まぁ、そんなに言われなくても送って行くけどさ……」


「うだうだ言ってたじゃない。まったく。こんな可愛い子を一人で帰らせるなんてそんな危ないことできるわけないでしょ。あんたも男なら一つ返事でさっさと行きなさい」


 杏子はそう言ってリビングへと戻っていった。


「ということです、先輩」


 手を顔から離した桜子は笑顔だった。



 そういうやり取りがあったあと、結局久典は桜子を送っていくことになった。


「暗くなったって言うけど、まだ日が落ちたばかりじゃないか」


「凄く不満そうですね。先輩」


「いや、不満というわけじゃないけど。長話しなきゃよかったんじゃないのか。とは思っている」


「女同士の話は長いんですよ」


「ごまかされた気がするな」


 そんなに話すこと多いのだろうかと、久典はちょっと思ったが、確かに女のムダ話は長いような気がしないでもない。


「ところで先輩。ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」


「なんだ、改まって」


「いえいえ、実は最近先輩が同じ学校の人と仲が良さそうだっていう噂なばしを聞きまして。本当なのかなって疑ったりしてるわけです。ですから直接本人に聞いてみようかと思ったわけです」


 久典と仲が良い人。

 久典にとって、思い当たるのは一人だけだった。


 そう、如月蒔菜。


 むしろそれ以外ありえなかった。蒔菜が居なかったら。もしかしたらぼっちな高校生活になっていたかも知れない。


「いや、別に……特には……」


 久典は言葉を濁した。


「ふーん。そうなんですか。そういう返事ってことは先輩としてはなんとも思ってない。ってことなんですか? それとも私にやましい思いがあるから誤魔化してるんですか?」


「別に桜子にやましいことなんか……」


 そう、桜子に対してはやましいということはない。

 桜子を振った時だって、好きな人が居るとちゃんと伝えた。

 そして、最近仲の良い人というのがまさにその好きな人なのだから。

 だったらちゃんと本当のことを言えば済む話ではないだろうか。


「ふーん。そうですか。言っときますけど私に隠し事をしても無駄ですからね」


 桜子はそう言って久典に笑いかける。


「隠し事ってわけじゃないけど、別に話すことでもないかなって」


 なんでも本当のことを言えればそれはそれで良いのかもしれないが、久典と蒔菜は付き合っているわけでもない。


 ただ、一緒に喋っているだけだ。


 付き合いだしたから桜子に言うのは久典的にもそうなのだけれど、まだ喋るだけの関係のことをわざわざ言う必要はない。と久典は思ったわけで。


「そうですか。まぁ、先輩が言うならそういうことにしておいてください」


 桜子はポツリと、「後悔しないでくださいね」と言ったが、久典の耳には届いてなかった。


「って、桜子の家ってどの辺だったっけ」


「あぁ、そういえば先輩私の家に来たことないですね。こっちですよ」


 桜子に案内されながら、夜道を歩いて行く。


「先輩」


「なんだ」


「腕組んで歩いていいですか?」


「はっ?」


「いいじゃないですか、私ちょっと怖いんですよ。ですからお願いします。登校中にも腕組んでるじゃないですか、今更そんなことで驚かないでくださいよ」


 また誰かに見られてしまうかもしれないけれど、とくに蒔菜にはみられたくない久典だが。断る理由もなかった。それに本当に怖がっているんだったら安心させなければならない。


「別にいいけど」


「やった。先輩の許しがでました。なのでおもいっきり腕にしがみつきます」


 そう言って桜子は僕の左手に掴んできた。

 なぜ左手なのだろうと久典は思ったけれど、右側だと桜子が車道側になるからだと気づいたのは少し歩いた後からだった。


 そんなことよりも、桜子の豊満な胸がばっちりと当たる。


 本当に柔らかくていい感触だ。柔らかい二つのマシュマロが久典の左腕に襲いかかってきてる。


「先輩って本当におっぱいが好きですよね」


「なっ、なんでだよ。というか当たってるんだよ」


「あら、当たったらなにか不都合があるんですか? 当たるのが心の底から嫌ってことはないでしょ?」


「そういう風に言われたら確かにそうなんだけれど」


「というより、嬉しいですよね。おっぱいがあたって嬉しいですよね?」


「いや、まぁ……その……確かに嬉しくないと言ったら嘘になるが」


「私は桜子のおっぱいが好きです。はい復唱」


「しねーよ! どうせまた録音しようとしたんだろ!」


「っち、バレましたか」


「バレましたか。じゃねーよ。なんだよ僕の弱みでも握りたいのか?」


「先輩の弱みですか。もう握ってるんじゃないですか?」


 軽く桜子は言う。


「ちょっと待て、僕の弱みを握ってるってマジで?」


「秘蔵の本のこととか、あと私の存在とかですかね」


 それは確かに弱みだった。

 まがい物ではない確かな久典の弱み。

 秘蔵の本はそのままの通りなのだけれど、桜子の存在というのは確かに公になってほしくはない。


 特に蒔菜にはバレたくないと心底思っている久典であるが、入学式の日に桜子と歩いているところを見られている。


「桜子の存在……か……」


「そうですね。でも朝一緒に登校してるのは結構見られているので私という存在が色んな人に知れ渡るのは時間の問題ですね。それよりも、先輩は私に毎朝起こされてるって事実の方が隠したいんですかね」


 鋭いところをついてくる。


 確かに、一緒に歩く程度なら友達でも十分にあり得る。しかし、毎朝起こしてもらうと言ったら話は別だ。


 そんな男女の友人関係なんてあり得ない。


「おっと、先輩。ならこれからは起こしに来ないでいいだなんてことを言うつもりですよね。でもそんなのは無しですよ」


「どういうことだ?」


「拒否するんだったら。私が毎日起こしに行ってたことや有る事無い事言いふらします。近所中に聞こえるように叫びます」


「…………」


「まぁ、そんなことよりも、先輩はなんだかんだで私が起こさないと起きないと思いますが」


「なんだか何時になく桜子が強気だな」


「先輩知らなかったんですか? 私って強気で強欲なんですよ」


 覗きこむようにして桜子は久典を見つめた。


「じゃあ先輩。家に着いたので私は家に入ります。送ってくれてありがとうございました」


 そう言って桜子は玄関を開けて中に入っていった。

 桜子のあの様子……。本当にいつもの桜子と違っているようで――。


 考えすぎだろうか。だからといって、言いふらすような子じゃないことは確かだ。

 なんて思いながら久典は来た道を戻っていった。



 次の日。

 久典はせめてもの抵抗で、桜子が起こしに来る前に起きてようと思っていたが――。


「先輩朝ですよー」


 結局桜子に起こされていた。


「うぅ~ん……って! しまった……」


 久典は桜子の声を聞くと同時に飛び上がった。


「桜子!?」


「えっ、なんですか先輩いきなり飛び上がって。いつもはこんなに早く起きないじゃないですか。後十分~とか言うのに」


「くっそ、桜子がくるより前に起きてようと思ったのに……」


「何言ってるんですか先輩。そんなの先輩には無理です」


 桜子は言い切った。


「それは無駄な抵抗です」


 桜子は更に言う。


「先輩は大人しく私に起こされる運命なのです」


「嫌な運命だな……」


「そうですか? そんなこと言ったら怒る人は多いんじゃないでしょうか」


「ん、どういうことだ?」


「巨乳の後輩が毎日朝起こしにくる。というのは結構な出来事だと思うんですけど」


 久典は自分で言うのか。と思ったけれど、冷静に考えたら桜子の言うとおりかもしれない。

 毎朝女の子に起こされる。それだけで世の中の男をどれだけ敵に回すことになるのだろうか。


「まぁ、とりあえず先輩。ご飯食べてきたらどうですか?」


「おっと、そうだな」



 そんなやり取りをして、結局今日も一緒に登校。


「えへへ~先輩」


 相変わらず桜子は久典の腕にしがみついている。


「桜子、歩きにくいんだが……」


「そんなの今更いうことじゃないですよ」


「今更というか、毎日言ってる気がするんだが……」


「気のせいです」


 桜子はいつも通りの桜子だった。

 やはり昨日思ったことは気のせいだったのだろう。桜子は桜子だ。


「っと、同じ高校の奴が居る。ちょっと離れてくれ」


「気のせいです」


「それは絶対気のせいじゃないよな!」


「もう、先輩。何言ってるんですか。学校の人に見られるのも正直今更じゃないですか」


「今更かもしれないが、これからも同じようにして良いってわけじゃないだろ」


「そうですね、なにか言われることがあったら桜子直伝の言い返し方を教えてあげます」


「なんだそれは」


「気のせい。って言えば良いんです」


「…………それ通じないだろ」


「少なくとも先輩には通じてますね」


「そこは気のせいですって言うところだろ!」


「おやおや、先輩はお笑いに興味があるんですか? ですが先輩には無理です。才能がないですから」


 バッサリと言われた。


「いや、別にお笑い芸人になりたいわけじゃないから……」


「先輩は中小企業のサラリーマンになるんです」


「すっげぇ現実的だな。もっと夢は無いのかよ!」


「夢は無いのかよって言いますが、先輩は夢なんて無いでしょ? なにかやりたい仕事でもあるんですか?」


「そう言われたら特に無いけど……」


「そうでしょう。先輩のことは私が一番知ってるんですから。私に任せてください」


 一体何を任せろというのだろうか。

 そもそも、久典は誤魔化されている。


 腕を組むのをやめてもらおうとしていたはずなのに桜子に良いようにカワされて、話を逸らされているという事実に久典は気づくべきだろう。


「久典くんおはよう」


 聞き覚えのある声が聞こえた。

 曲がり角のところから姿を現したのは蒔菜だった。


「蒔菜!!?」


 久典は驚いて、その拍子に桜子を突き放した。


「どうしたの、そんなに驚いて。あ、いつも一緒に居る子も一緒なのね。おはよう。確か中学の後輩だよね」


 桜子は久典の後ろに隠れた。


「あなたと話す気はありません。なので挨拶もしません」


「あらあら、嫌われちゃったかしら」


 嫌そうな素振りをみせない蒔菜。


「さっさと行ってください。邪魔です」


「ちょっと、桜子、それは無いんじゃないか。先輩だぞ」


 桜子が人見知りだというのは知っている久典だけれど、流石にここまで拒否反応を見せているのは初めて見る。


「そう、じゃあ私は行くね。また学校でね久典くん」


 蒔菜はそう言って先に歩いて行った。


 そして、その時だった。


「先輩。何鼻の下伸ばしているんですか?」


 背中に何か鋭いものが当たっているのを感じた。


「何だ桜子。一体どうし――」


 振り返ろうしところで桜子はその鋭い物で久典の手に素早く払った。

 払ったというのは正しい表現ではない。この場合は斬りつけた。と言うべきだろうか。

 久典の手の甲から軽く血が出てきた。


「つっ――。桜子一体何を――」


 手を抑えながら桜子を見てみると、桜子の手にはカッターナイフが握られていた。


「カッター……?」


「先輩が悪いんですよ。先輩が私以外の女の人と仲良くするから悪いんです。おまけに鼻の下を伸ばして……」


「一体何を言っているんだ桜子……」


「先輩には私だけ居ればいいんです。先輩にはそれがわからないんですか?」


 桜子の顔は本気だった。まさに真顔。


 その静かな表情と、声色。そしてカッターナイフで切りつけるだという行動。

 狂気すら感じる。


「桜子…………」


 久典は一体どうしたらいいのかわからない。ただ、不思議なのは桜子からは敵意が感じられなかった。


 切りつけてきた相手なのに敵意を感じないだなんてことはおかしなことなのだけれど。本当にそんな感じではなかった。


「先輩は私だけを見てたらいいんです。私と一緒に居たらいいんです」


 冷ややかな声で桜子は続ける。


「わかりましたか? 先輩」


 そして今度は笑顔を久典に向けたのだった。



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