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失恋はすべての始まり

 第一章


 時東久典ときとうひさのりが中学三年生の頃、緋宮桜子ひのみやさくらこに告白された。


 桜子は一つ年下の後輩。つまり当時中学二年生だった。


 とは言っても、知らない後輩にいきなり呼び出されて告白される。みたいなそんなドラマチックな感じでも急いだ話でもなく、仲良くなって一年ほど経ってからの出来事なので、おそらく桜子は徐々に想いを積み重ねてきたのだろう。という想像は久典にも出来た。


 仲が良い相手に告白をするだなんてことは勇気がいる。それまでの関係を崩しかねないし、さらには今後の関係性に直で響いてくる。もしかしたら今までどおり仲良くできなくなるかもしれない。


 久典としても、仲良くなった桜子とこれから気まずい関係になるのはなるべく避けたい。


 けれど、現実というのは残酷だった。久典にはすでに好きな人が居た。


 残酷だったということから分かるように、好きな相手というのはもちろん桜子のことではない。


 久典も桜子のことが嫌いなわけではない。むしろ好意は持っている方だ。


 しかし、だからといってその好きな人のことをすっぱり諦めて桜子と付き合うという答えは久典にはなかった。


「ごめん、桜子……僕、好きな子が居るんだ――」


 久典は桜子の申し出を断った。そして、その好きな人に告白しようと思っていることも告げた。それが久典の精一杯の誠意だった。


「うっ……うっ……」


 桜子はその場で泣きだした。溢れ出る涙を何度も何度も拭っていたが、それで止まるはずもなかった。


 そんな姿を見て、罪悪感を覚えない人は居ないだろう。少なくとも中学三年生という年齢と相手が仲良くしている人となるとなおさらだ。心をえぐられている気すらしてくる。


 久典はなんて声をかけていいかわからず、その場を去るのも桜子のことが気になって出来るはずもなく、その場に二時間ほど二人で立っていた。



 それからだった。桜子の様子が徐々に変わっていったのは――。

 告白された次の日。


「先輩。おはようございます」


 登校中後ろから声をかけられて振り返ると、いつもはおさげにしている桜子の髪の毛がサラサラっと風になびいていた。


 髪を結ってない。と久典は心のなかで叫んだ。


「どうしたんですか。先輩。おはようございます」


 桜子は再び挨拶をしてくる。


「あっ、あぁ……おはよう」


「ぼーっとしちゃって。先輩らしくないですよ」


 眼鏡をかけているのはいつも通りなのだけれど、なんというか髪型が変わるだけでずいぶん印象が変わるんだな。と久典は思った。


 だが、思ったからといってそれを口にすることは出来ない。昨日のことがあったのにもかかわらずそういう軽口を言えるはずもなかった。


「いや、別にどうもしてないよ」


「あっ、もしかして髪型のことですか? ちょっとしたイメチェンですよ。イメチェン」


「そ、そうなんだ」


 なんでイメチェンしたのかなんて野暮なことは聞かない久典。それはそうである。どう考えても昨日の出来事が要因だろう。


 しかし、久典の桜子に対しての印象は少し変わった。

 というのも、桜子は実に地味な女の子だったからだ。


 黒髪の三つ編みおさげに結構度がある近眼の眼鏡。性格も普段はおしとやかでクラスでは目立たないような、どこかオドオドしているようなそんな女の子。


 髪型が違うからか。いつもの桜子よりはずっと明るくなっているようなそんな気がしてくる。


 見た目で印象が変わるというけれど、それってもしかして本当だったんじゃないか、久典は密かにそう思ったわけだ。


 もしかしたら、本当に違うのかもしれない。意識して明るくしようとしている。という考え方も出来る。


 根本からイメージチェンジを図ろうと、自分は生まれ変わろうとしている可能性も否めない。


 それだとしたらやっぱり昨日の告白のことが関係しているのだろか、久典はそのことを考えていると。


「やっぱり今日の先輩おかしいですよ。何か面食らったことでもあるんですか?」


「そんなことはないよ」


「そうだ、先輩。私の髪型どうですか?」


 答えにくいことをスッと聞いてくる辺りがいつもと違う桜子だなと久典は思いながら。


「すっごく似合ってると思う」


 そう答えた。実際似合っているし、正直久典の好きな髪型ではある。黒髪サラサラロングヘアーなんて案外少ない。


 素材は良いなと思っていたけれど髪型が違うだけでこうも見違えるとは、と久典は驚いた。

 久典は、内心ドキッとしていた。


「先輩に似合ってるって言われるなんて光栄です」


 桜子は無垢な笑顔を久典に向ける。


 この笑顔がどういう意図で久典に向けているのか。久典はそれがわからなかった。


 なにせ昨日振られた相手にそんな笑顔を向けれるほど、桜子は精神力が強い子だと思えないからだ。


 どちらかというと桜子は精神的に弱いといったそういうタイプの子だ。

 久典は一年ほどの桜子との付き合いでそれを知っている。


 桜子から久典に挨拶をしてくるなんてことも信じられない。


 吹っ切れただなんてことも考えにくい。


 ひょっとしたら、記憶でも無くなってしまったんじゃないだろうか。と心配してくるほど。


「なんていうか、桜子から声をかけられるとは思ってなかったよ」


「どうしたんですか、先輩。急にそんなことを言うなんて」


「いや……。なんでもない」


 久典から昨日の話題を振るのはやっぱり良くないと判断した。それが懸命だろう。自ら地雷に踏み込むことなんてない。


 それに、桜子はもしかしたら必死なのかもしれない。昨日のことを引きずって、お互いに避けるようになってだんだん喋らなくなることにでもなったら、今までの関係すら無くなってしまうのだから。


「そんなことより、先輩。いつも遅刻ギリギリですよね。明日から私起こしに行きますね」


「えっ、なんで」


「なんでってことはないじゃないですか。先輩は受験生なんですから遅刻とかそういった内申点を落とさないようにするためですよ。あと、朝は余裕を持ったほうがいいんです」


「いいよ別に、桜子の家と学校の位置を考えたら遠回りになるだろ。っていうかそういう問題じゃなく……」


「先輩……嫌なんですか?」


「嫌とかそういう話じゃなく……」


「嫌じゃないなら起こしに行きますね。決定です」


 やっぱりいつもの桜子とは違う。明るすぎる。桜子はこんな子じゃない。

 もっと地味で、大人しくて、しおらしくて、ゴモゴモっと喋るのが桜子だ。

 きっと空元気を出しているんだろう。そう久典は思うと、胸がキューっと痛んだ。


 しかしながら、同情心から桜子とやっぱり付き合うなんてことは出来ない。それこそ桜子を侮辱している行為だと思うからだ。


 だとしたら最大点で久典は何をしてやれるだろう。と思うと、一つはいつも通り仲良く接すること。告白のことは引きずらない。あともう一つは。


「わかった。なら起こしに来てくれ」


 起こしに来るという桜子の好意を受け入れることだった。


 希望を持たせるような行為はダメなのかもしれないけれど、久典的には罪悪感を減らしたいと思ったのかもしれない。少しでも桜子の要望に答えれば桜子と久典両方が救われると。


「了解しました。私桜子は先輩を毎朝起こしに行きます」


 ビシッと敬礼をする桜子。


 黒髪サラサラストレートヘアーが風になびかれて、敬礼が似つかわしくない可愛らしい眼鏡少女の姿がそこにはあった。


「敬礼、似合わないな」


 久典は笑ってそう言った。


「先輩ひどいです」


 遅刻前の少ない時間の出来事だった。



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