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そばに居てくれる人とその人の気持ち

「久典くん帰ろうか」


 放課後。蒔菜の方から声をかけてきた。


「うん。ちょっと待ってて」


 左腕を怪我しているので帰り支度が遅れている久典。右手だけを使って鞄の中にノートやら教科書を入れていく。


「よし、できた。おまたせ」


 二人並んで教室を出て行く。


 校門の外に出て、同じ学校のほかの人たちが少なくなるまで歩き、久典はゴクリと生唾を飲んだ。


 いよいよ、この時が来た。


「蒔菜。昼休みに大事な話があるって言ったの覚えてる?」


「そりゃ覚えてるよ。今日のことだし」


「その話なんだけどさ。その……」


「うん、何かな?」


「実は蒔菜のことが好きなんだ。僕と付き合ってくれないかな」


「は?」


 急に蒔菜の雰囲気が変わった。


「なにそれあり得なんだけど」


「えっ……」


「というかさ、あんたに告白されることもあり得ないけどさ、普通こんな道端で言う?」


「いや、それはその……」


 急な変貌に戸惑いを隠せない久典。


「いや、普通にありえないし。というかなんなの? こないだ胸を当てて上げたので勘違いした? いやいや、ありえないし。というか肘で押し付けてきたりしたのもありえないんだけど。どんだけうざかったか」


 この間のショッピングモールでの出来事のことだ。


 あの時確かに久典は胸の感触を堪能したが、それが蒔菜にバレているとは思っていなかった。


「っち。ほんと勘違い野郎だわ。本当に信じられない。もう帰るバイバイ」


 そう言って足早に蒔菜は歩いて行った。


 久典はそれをぼんやりと眺めることしか出来なかった。

 蒔菜の姿が見えなくなるまで呆然と立ち尽くす。


「先輩……大丈夫ですか?」


 声をかけられて気がついた。いつの間にか桜子が隣に居た。


「桜子……」


「いいですよ先輩。泣きたいときは泣いてください。私の胸に飛び込んできて良いんですからね」


 いつもなら拒否する久典だが、この時は素直に自分より身長の低い桜子の胸に顔を埋めた。


「よしよし」


 桜子は久典の頭を抱き、優しく撫でた。

 少しの間その状態が続いたが、しばらくして、場所を移す事になり、公園のベンチに二人並んで座った。


 久典はうつむいて黙っている。その久典の頭を桜子は撫でている。


 男子高校生が女子中学生に慰められているという情けない図の完成である。


「なぁ、桜子。桜子もこんな気持だったのか」


「さぁ、どうでしょうね。もう昔のことだから忘れました」


「こんな気持ちにさせてしまってごめん……」


 久典は心の底から謝った。

 中学の時に久典は桜子を振った。その時桜子は何時間も泣いていた。そのことを思い出していた。


「もう昔のことですよ。だから気にしないでください」


 桜子は優しく言葉にする。

 その優しさが心に染みて、久典は再び涙を流した。


「ちょっとジュースでも買ってきますね。先輩は炭酸が好きでしたよね。炭酸のジュース適当に買ってきます」


 桜子がベンチから立ち上がって自販機の方へと走っていった。


「振られるとこんな気持ちになるんだな。桜子は強いな。いや、弱いのか?」


 最近の桜子のことを思ってみると。よくわからない。ただ、桜子は自分を見て欲しかったのではないだろうか。


 その上で好きな人が別の人に告白するだなんてことになると、久典的には精神がおかしくなっても不思議ではないなと思った。


 そんなことを考えているうちに桜子は戻ってきた。


「はい先輩。これ飲んでちょっとすっきりしましょ」


 桜子が渡してきた缶ジュースを受け取る。

 タブを起こし、プシュという音がした後、炭酸の泡が少し出てくる。それをこぼさないように缶を口に持って行き、一口飲む。


 炭酸の刺激が口と喉を刺激し、桜子が言ったように少しすっきりした。


「少しは落ち着きましたか?」


「あぁ、少しは良くなったよ。ありがとう桜子」


「良いんですよ。ところで先輩」


「なんだ?」


「私のおっぱいの感触はどうでしたか?」


「何を言ってるんだ桜子」


「だってさっき思いっきり渡しの胸に顔を埋めたじゃないですか。良かったのかなーって思って」


「そんな心の余裕があったら泣いてないだろ」


「それは確かにそうですね。でも先輩やっと笑ってくれた」


 胸の話は桜子なりの気遣いだったのかもしれない。


「そうか、気がついたらもう夜になってるんだな。そろそろ帰ろうか」


「そうですね。先輩がもう大丈夫なら。あれだったら家まで送りますよ」


「いや、それは大丈夫だ。というかむしろもう日が落ちたんだから僕が桜子を送るよ」


「そうですか。それはありがたいですね。まぁ、毎朝起こしに行ってるんだからそれぐらいはしてもらっても罰は当たりませんね。だったらお願いします」


「じゃあ行こうか」


「そうですね。もう二十時過ぎてますし。そろそろ帰らないと親も心配するかな」


「もうそんな時間なのか、そこまで付きあわせてしまってごめん」


「良いんですよ。そういうこともありますし。今は先輩のそばに居てくれる人が必要ですからね」


 桜子は本当に根は優しい子なのだろう。


 最近はそれが不安定なだけで。


 今の久典にとってそれがとてもありがたくて、嬉しくて、ひたすら感謝だった。


「なぁ、桜子」


「なんですか先輩」


「居てくれてありがとうな」


「良いんですって」


 その言葉の後は久典も桜子も口を開く事無く、家に帰った。



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