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一晩を越す怖さと安堵

 第四章


 家にたどり着いた久典は親に挨拶をする間もなく、急いで自室に向かった。

 幸いにも久典の部屋に薬箱が置かれている。


 小さいころから怪我をしたりするので母親が久典の部屋にも置きだしたのだ。

 それが今となって役に立つとは正直思っていなかった久典だが、そんなことを考える余裕はない。


 まずは手で塞いでいた傷口をどうにかしないといけない。


 服を脱いで、傷の状況を確認する。


 血は結構出ていて、服も赤く染まっているのだが、どうやら傷は深くないようだ。これなら止血出来る。


 とりあえず久典は傷口に軟膏をぬり、ガーゼで覆い、包帯を巻いた。

 傷がお腹だったから内蔵まで傷ついてないか心配したが、そんな心配はなさそうだ。

 傷が浅いのだったらお腹だったのはある意味良かったのかもしれない。痛そうな素振りを見せなければ親にもバレないだろう。


 これが腕だったら必ずどうしたのか聞かれてしまうはずだ。


「それにしても、桜子のやつ一体どうしたんだ……」


 そうだ、この傷を負わせた張本人は桜子だ。






 刃物……。おそらく包丁かナイフで久典に斬りかかってきた。


 最初は偶然か桜子が目測を謝って空を切ったが、動揺した久典はその場に動けなくなり、その瞬間――


 桜子に腹を切られた。


 激痛を感じるとともに血が出てくる。


「う……あ……ああああああああああああ」


 痛みと腹から流れ出る体液で、久典はわけがわからなくなる。


 どうして、何があった。桜子が――?


「先輩、何を叫んでるんですか? 先輩が悪いんですよね? ちゃんとわかってますか?」


 明らかに様子がおかしい。


 桜子の目は冗談だとか、悪気がある様なそんな目をして居ない。


 久典は命の危機を感じ、必死に逃げ帰ったのだけれど、自分が助かることだけを考えていたため、その後の桜子の動向はわからない。






 流石に家にまで乗り込んでこないだろうが。最近の桜子の様子から察するに何かあるのだろう。


 それも久典に関係のあることで……。


 何か桜子に恨まれるようなことをしたのかと久典は考えるが、正直思い当たらない。


 桜子にはいつもと変わらないように接している。特に冷たくしているというわけでもない。


 何を怒っているのか……。


 今日蒔菜に相談をしたけれど、これはもうすでに深刻な状態になっているのかもしれない。


 今すぐに会いに行ったほうがいいのだろうか。と少し悩んだが、今はまだ興奮状態にあるかもしれない。


 日をまたいで少し落ち着かせたほうが懸命だと判断する。


 そこで問題になるのは、明日起こしに来るのかどうかということだ。


 今日は日曜日。つまり明日は学校の日だ。

 月曜日から金曜日までは毎朝桜子は起こしに来る。


 もし、興奮状態が落ち着いていないのならば、寝込みに襲い掛かってくる可能性もあり得る。


 それが一番の最悪な状況だ。


 久典が殺されたら桜子は捕まる。そうなるといろいろと大変なことになるというのは蒔菜と話した時に思ったのと同じだ。


 それだけは阻止しなければならない。

 しかし、久典は朝起きるのが苦手だ。


 朝に強いのだったらそもそも桜子に起こしてもらう必要もない。

 となれば、寝てしまったら気が付かないうちに桜子に殺されているということも考えられる。


 だが、殺される訳にはいかない。


「徹夜するしかないか……」


 そう、寝なければ朝が弱いとかそういう問題はなくなる。

 起きていればいいのだから。桜子が来た時に久典が起きているということに意味がある。


 ズキズキする痛みをこらえながら久典は決意した。


「それはそうと……。今日は風呂に入れないな……。服もどうにかしないと」


 などと思ったが、風呂は一日入らないくらい大丈夫だし、服は最悪バレないように捨てればいい。


 さて、徹夜することが決まったので眠気覚まし方法を考えなければいけない。


 普段は飲まないコーヒーを飲むのがいいだろうか。


 体を動かしていたら寝る暇はないみたいな話も聞いたことがあるが怪我をしているのでそんなことは出来ないし。それに夜中に部屋で運動していたら流石にうるさいと怒られるのは目に見えている。


「コーヒー……嫌いなんだけどな」


 苦いから嫌いなのだけれど、そんなことを言っている場合ではない。

 生死がかかっているのだから苦いものも我慢して飲んだほうがいいだろう。


「とりあえず、徹夜は確定だな。寝てしまうとそのまま寝てしまいそうだから」


 暇な時間はどうしようか、勉強でもするべきだろうかなどと考えたが、勉強をしたら余計に眠たくなりそうなのでその案は頭のなかで却下した。



 午前六時。

 久典はちゃんと起きていた。

 何度か寝そうになってしまったが、眠気が来るたびに傷口を触って痛みで寝るのをこらえた。


 この行動はもはや拷問に近い気もする。実際何度か叫びそうになったが、涙目になりながら耐えた。


 桜子が家に来るのは七時過ぎ。後一時間ちょっとの辛抱だ。


 時計を見つめる久典。


 秒針が動くのをじっと眺める。


 一秒一秒が長く感じ、徹夜疲れもここになって出始めた。


 眠い、が眠れない。寝てはいけない。


 傷口に手を当て、意識を保とうとする。


 そして、ついに、七時を回った。


 下のリビングからは物音が聞こえてくる、母親も起きたのだろう。


 そしてついに。インターホンが鳴った。


 そうか、いつも桜子はちゃんとインターホンを鳴らして家に入ってくるのか。桜子が起こしに来る時は寝ているのでそのことを初めて知った。


 階段を上る音を聞きながら、久典は座っていた椅子から立ち上がった。


 桜子がどうきてもいいように待ち構える。


 ドアノブが動き、ドアが開かれた。


「せんぱーい。朝ですよー」


 いつもの、明るい桜子の声と可愛い笑顔がドアが開かれるとともにあらわれた。


「って、あれ。先輩が起きてる!!?」


 桜子が驚きを隠せないようで、一瞬後ろに飛びのいた。


 日をまたいだからなのか、桜子はすっかりいつもの様子に戻っている。


「先輩が起きてるだなんてそんなことあるんですかっ!?」


「あり得てるんだから仕方ないだろ……」


 よくよく考えてみると、いつもどおりというのが激しく異常なのだけれど、この時の久典は徹夜で思考が鈍っているのかそこに気がつかない。


「じゃあ先輩早く着替えて下に降りてきてくださいね」


 そう言って桜子は久典の部屋を出て行った。

 その途端。久典は安堵したのか。気が抜けたのか、その場に倒れこんで眠った。



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