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蒔菜とのデート

 日にちは変わって日曜日。


 久典は蒔菜とのデートのため、なんとか自力で起きた。


 学校のある日は起こしにくるが土日は来ない。

 その御蔭か昨日は桜子と会わずに済んだのだけれど。

 太ももはまだちょっと痛いが、我慢出来ない程じゃない。


 着替えて駅まで行くと、すでに蒔菜の姿があった。


「おはよう久典くん」


「おはよう。悪い悪い。待った?」


「んーん、今ところだよ」


 そこで久典は違和感がないことに違和感を持った。

 何かいつもと同じような。

 そこでハッとした。

 蒔菜の姿は制服姿だった。もちろん城之内東高の制服だ。


「あれ、制服?」


「うん、何着て行こうか迷ったけど決めれなかったから結局制服にしちゃった。私服を久典くんに見られるの恥ずかしいとか思って。嫌だった?」


「全然嫌じゃないよ。蒔菜の制服姿好きだし」


「そう、ならよかった」


 全然良くはない。正直に言うと久典はひっそりと蒔菜の私服姿が見れるのではないだろうかと期待をしていた。

 中学校の時でさえ見たことがない。


「そういえば久典くんの私服姿って初めて見たかもしれない」


 蒔菜はそう言って久典をジロジロと見る。


「そんないいもんじゃないよ」


 実際そんないいものではない。ポロシャツにGパンというファッションセンスの欠片もないものだ。

 ファッションセンスというか、安全牌を選んだというような感じだ。


「なんか新鮮だね。久典くんの私服。似合ってるよ」


「そ、そうかな」


「うん。あっ、そろそろ電車来ちゃう。行こ、久典くん」


 二人で改札を通ると、ちょうどホームに電車が到着した。

 慌てて電車に飛び乗る。


「間に合ったね」


「走らなくていいぐらいには余裕だったけど」


「もう、そう言って話に腰をおらないでよ。なんとなくドラマでありそうなシーンを再現しようとしたのに」


「あっ、ごめん……」


「信じちゃって。久典くんって純情だね。冗談よ冗談。さ、座りましょ」


 そんなに乗客は居ないので二人で隣同士になれる席を探してそこに座る。

 わざわざ別々に座るひつようもないから当然なのだけれど、電車の中でも久典と蒔菜は楽しく会話をした。


 なんて言うけど本当に数分喋っただけだ。なにせ二駅となりで降りるのだから。


 降りた駅のすぐ近くにショッピングモールはある。

 駅チカということで結構な数の人が集まる場所。


 家族連れから一人。さらにはカップルなんてのも多い。本当に様々な人が居る。

 それもそうだ。ショッピングモールと言っているが、ゲームセンターや映画館なんてものもあるのだから。買い物客だけではないということだ。


 たまに芸能人がやってきてイベントみたいなのもしているのだけれど、今日はやってない様子だった。


「残念だね」


 久典はそう言ったけれど、蒔菜はそんな様子でもなかった。


「今日は目的が別だからね。また今度一緒に見に来よ」


 これは次のデートのチャンスなのではないだろうか。


「うん、絶対見に来よう!」


 思わず力いっぱい返事をしてしまう。

 そんな久典に蒔菜はくすくすと笑った。


「じゃあフードコートの席でお話しようか。買い物は後からでもできるし」


「わかった。じゃあ席確保してて飲み物買ってくるから。蒔菜は何がいい?」


「アイスティーがいいな」


 なかなか洒落たものを飲むななんて久典は思いながら、


「わかったじゃあ買ってくる」


 と言って買いに行った。


 戻ってくると蒔菜が席を確保していて、久典の方を見て手を振って合図している。


「おまたせ」


「ありがとう。えっと、いくらだった?」


「お金はいいよ、相談に乗ってもらうんだからこれぐらい奢らせて」


「ほんとにいいの? 甘えちゃうよ?」


「いいよいいよ、どんと甘えて」


「わかった。なら力を入れて相談に乗るね」


 久典は蒔菜の対面に座り、相談を始める。

 どこから話したらいいかと思ったが、自分に都合の悪いことだけ排除するのは難しかったのですべて話した。


 そう、中学時代からのことすべてを。

 都合の悪いものを排除するのが難しかったとはいうけれど、流石に蒔菜のことが好きだということは伏せて説明をした。


 そして、肝心なのはその桜子の様子がおかしいということだった。


 暴力的になったというか、危ない存在になってしまったことを。


 蒔菜はその話をうんうんと相槌を入れながら聞いていた。

 途中で割り込むわけでもなく、じっくりと久典の言葉を聞き入れているようだった。

 話を聞くのが上手い人の典型だ。

 その御蔭で久典は随分話しやすかった。


 その後、一段落して、


「どうかな?」


 と久典が問いかける。

 答えを求めているというよりは人の意見を聞きたいというものが強い。

 久典だけの考えでは及ばないところを補強したいからだ。


「それは久典くんにも原因があるんじゃないかな」


「というと」


「だって、その子は中学時代久典くんに告白してるんでしょ? それで今でも仲がいい。これは単純に仲良くしてるっていうよりも、以前より仲良くなってるよね?」


 まずは、事実確認と言った様子。


「そう、言っていいのかな。でもまぁ、確かに以前よりは距離が近いかもしれない」


「だとしたら、その子はもう自分が久典くんの彼女になってるみたいな錯覚に陥ってるんじゃないかなって思うの」


 なるほど、それはありえるかもしれない。毎朝起こしに来て一緒に登校するなんてことはヘタしたら彼女よりも距離が近いとも言える。


「そう思わせてしまった久典くんにも責任があるよね。だからそこら辺ちゃんとしたほうが良いともう。そのほうがその子のためだし」


 もっともらしいことを言う蒔菜である。


「ちゃんとしたいとは思ってるんだけど……」


「思ってるだけで行動に。もしくは言動で表わさないと相手は気づかないよ」


 思っているだけではダメ。それはそうなんだろうけど。それができれば苦労はしない。


「でもさ、さっき話した通りの状況なんだけど、危害加えてくる可能性あるよな……」


「それは身から出た錆。自業自得。久典くんの今までの行動がそういう風にさせたんだよ。だとしたらそれを精算するにはそれなりの危険は伴うと思うよ。ただ、確かに危ないかもしれないね」


「はぁ……」


「まぁ、どうするかは久典くん次第だと思うよ。ただ、いきなりバッサリってのは無理だと思う。それこそ危険だし、もっとじっくりと落ち着いて行動してだんだん気持ちをなくさせるのが一番現実的なんじゃないかな」


 急に拒絶するのではなく、徐々にという。その徐々にというのが難しい。そのラインも桜子からしてどう思われるかだ。


 例えば明日から起こしに来なくていいといきなりいったら桜子はどういう反応をするだろう。


 蒔菜と話しただけでカッターをつかって切りつけてきたり、安全ピンをぶっ刺してくる。というのを考えれば当然なんらかの反応は示すだろう。


 危険なことはなかったとしても、当然なぜ起こしにこなくていいのかという質問はされるだろう。


「現実かぁ……」


 現実といえば、久典は今現在、好きな子とデートをしている。

 蒔菜的にはデートだと思っているのかはわからないが、はたから見たら完全にデートだろう。


 いやいや、落ち着け。今は桜子のことを相談しているのだ。他のことを考えるのは蒔菜に失礼だ。


「現実を見せるというのも一つの方法だよね。その子と付き合う気がないってはっきりと意思表示するみたいな感じで」


 蒔菜の言ってることは全部正しいと思われるが、その方法をとる場合の不安はやっぱり危険性だった。


 桜子の気持ちを考えないということではないが、刃物を向けてくる相手を目の前にしたら誰でも保身に走るだろう。


「とは言っても確かに今の久典くんの気持ちはわかるけどね。実際刃物は危ないよ。それこそ人を殺せる凶器なんだし。だから、本当に焦る必要はないんじゃないかな。極力その子にそういう気を起こさせずに少しずつ少しずつって感じで。とりあえずは現状維持でもいいんじゃないかな」


「現状維持かぁ」


「うん、まずは自分の身を守らなきゃ。そういう域に達してると思うの。まず一番に自分の身を守って、それから相手のことを考えたら良いと思うよ」


「確かに僕が怪我したり万が一死んでしまったら桜子が犯罪者になってしまうな」


「いや、そうじゃなくてね。それは相手のことを先に考えてる。だから久典くんはもっと自分のことを考えていいんだよ」


「えっ」


 久典は反射で答えた。

 久典にとってはさっき言った言葉がそのまま思っていることだったからだ。

 久典が大怪我をしてしまって、それが桜子のやったこととなったら、当然桜子の家族に迷惑をかけてしまう。


 当たり前のことだが、桜子の両親は謝りに来るだろう。心身ともにこたえるはずだ。

 もっと言えばお父さんの会社での立場も悪くなってしまうかもしれない。

 新聞やテレビに出てしまったら社会的に死ぬと言っても過言ではない。実際言い過ぎではないはずだ。


 そう考えれば自分の身のことを置いてしまうのは至極当然。

 知らない人のことだとしたら久典もさすがにそんな考慮はしないのだけれど、こと桜子についてはそう考えてしまう。


「久典くん。あなたが死んだらどうなると思う?」


「僕が死んだら?」


 考えたこともなかった。


「そう、久典くんが死んだら当然両親は悲しむわ」


 それはそうだろう。子どもが死んで悲しまない親なんて居ない。

 それでも久典はこう思ってしまう。


 うちの両親が桜子のことを恨んでしまったらどうしようと。


 おそらく我が子を失った親の恨みというのはとてつもないものだ。それを桜子や桜子の家族に負わせるのは心苦しい。


「黙ってるってことはちゃんとわかってるってことだよね。何も迷うことはないわ」


 蒔菜の言っていることは当たり前のことで、当然のことで、何も間違ってはいない。

 正しい。つまり正解なのだ。

 多数決をとった場合を考えても蒔菜の意見の方が多いだろう。

 ごく自然な一般常識的な普通の答えだ。


「うん。蒔菜の言ってることは正しいと思うよ」


 久典は思った通りの言葉を言った。けれど、


「僕は僕のやりかたでやることにする」


 久典はそう蒔菜に宣言した。


「そう、自分の中で決まってるんだったら私がとやかと言うことは無いわね。って、自分の中で決まってるんだったら私に相談しなくてもよかったじゃん」


「いやいや、そういうわけじゃないよ。蒔菜と話して、蒔菜の意見を聞いて、その上で僕の中でもまとまったんだよ。だからありがとう」


「久典くんがそれでいいならいいと思うよ。それにお礼は言わなくていいよ」


「えっ」


「これからは私の時間だから! まさか忘れてたとは言わないわよね」


 その言葉で久典は思い出した。

 この後蒔菜の買い物に付き合わなきゃいけなかったことを。


「さっ、行こう久典くん」


 席を立った蒔菜は久典の腕をぐいっと引き寄せた。

 腕を引き寄せる。そう、蒔菜の体にだ。


 それはつまり、蒔菜の豊満な胸に腕があたることを意味している。

 全身の神経が腕に行ってるんじゃないかと思うぐらいその柔らかさを感じ取る。


 ムニっとしていて。久典のほうがとろけてしまいそうだ。

 痩せているのにこのサイズの胸というのは本当に反則なんじゃないだろうか。

 もっと胸の感触を味わいたいと思った久典はわざと腕を胸の方に押し当ててみる。


 すると、柔らかい塊が腕を包み込もうとしたり少し離れたり。と腕の動きに合わせて胸が踊る。久典の胸も踊る。


 この感触をいつまでも味わっていたい。


 というところで久典は。自分に胸の感触がわかるのなら、蒔菜にも胸が当たっているという感触もわかるはずじゃないだろうかと思った。


 だとしたら腕を動かしたのはいささかまずいのではないだろうか。

 チラっと蒔菜の顔色を伺おうとしたが、蒔菜は気にしていない様子だった。

 ホッと胸をなでおろした久典は、もう一度腕を胸に押し付けるのであった。

 その柔らかさで自然とニヤニヤとしてしまう。


 調子に乗って、胸のぷるんぷるん具合で遊ぶ。腕を押しつけては引いて、押し付けては引いて、するとただでさえ歩いて揺れている胸が余計に弾む。


 この揺れは自分が起こしているんだ。と思うと感動がすごい。


「久典くんあそこの店に行こう!」


 笑顔でそう言われたのでおそらく蒔菜は気づいていない。



 その後、久典は荷物持ちをさせられた。

 しかも両手で持って更には抱えて前が見えないほどの量の服やら靴やらバッグを持たされた。


 一体どれだけお金を持っているんだと思うぐらいに散財している蒔菜である。


「買いたいものは大体買えたかな?」


 そう言う蒔菜であるが、一体お小遣いをどれだけもらっているんだろうか。隠れてバイトをしているのかもしれない。


「帰ろうか久典くん」


 そうしてくれると久典も助かる。これ以上物は持てそうにない。

 この状態で電車に乗るのも結構きついかもしれない。電子マネーがあるので切符は買う必要はないが。座席に座れるかどうか……。


「その人数だと座れないね」


 蒔菜の口からその言葉が出るのを待っていた。男としては大丈夫だと言って持ってあげたいところだけれど流石に量が多すぎる。

 少しでも蒔菜自身も持ってくれるとありがたい。


「だいじょ――」


「じゃあ私も立ってるね」


「…………」


 建前的に大丈夫だと言おうとしたらそう言われた。蒔菜が立ったところで久典の負担が減るわけではないのだが。


 しかも、ショッピングモールから久典たちの最寄り駅まで二駅だ。これだと立ってようが座ってようが何も苦ではない。


 もしかしたら蒔菜の家まで持っていくことになるのだろうか。

 と思うと同時に、それだと蒔菜の家がわかるじゃないか。という希望もあった。

 労力に見合った対価ではないだろうか。

 そんな淡い期待も裏切られた。


 最寄り駅に着いて改札を通り、ロータリーに出ると、そこには一台の車があった。


「久典くん今日はありがとうね」


 蒔菜はそう言うと、久典の手から一つずつ荷物を取り、車の中に積んでいく。

 そして、積み終わると、車の助手席に乗り、車は去っていった。


「家族が迎えに来てるのかよおおおおおおおおおおおおお」


 一人残された久典は叫んだ。


「はぁ……」


 ため息をついた久典だったが。よくよく考えたらその前に蒔菜の胸の感触とか味わえたわけなのだからそれだけでも十分だ。



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