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久典の相談

        ◆◆◆


 桜子に手を切りつけられた日、久典は学校で悩んでいた。


 桜子に一体何があったのだろうか。いきなり切りつけるような子ではない。


 当然、今まででもそんなことはなかったし。そしてなによりも、理由がわからない。


 むしゃくしゃしてやった。とかそんなことでは済まされないことだし、今まで常にポケットにカッターナイフを隠してたという風にも考えづらい。


「やっぱり本人に聞いてみるしかないのかな」


 久典は絆創膏を貼った部分を撫でながら言う。

 しかし、本人に聞いてみるというのも如何なものだろうか。


 切りつけてきた。ということがいつもと違うのならば。精神状態的にいつもの桜子じゃないと考えるのが普通だし、実際その通りなのだろう。

 だとしたら、桜子本人にどうしたのかと問うというのは危険なのではないだろうか。

 すぐにその話題に触れずに様子見をする方が良いかもしれない。


 久典側としては、いつもと同じように接する方が懸命と考えれる。


 桜子が気にしているのだとしたら、向こうから謝ってくるだろうし。

 久典にとってすれば桜子への怒りというのがなかった。それよりか、なぜだろうか。という部分のほうが大きい。


 いつも世話をかけているし、可愛い後輩なのだから、逆に桜子の心配をしている程だ。


「どうしたの久典くん。何か悩み事?」


 話しかけてきたのは蒔菜だった。

 弁当箱を手にしている。


「蒔菜……」


「ぼーっとしちゃって。もう昼休みよ」


 そう言って蒔菜は久典の前の席に人が居ないことを確認して椅子に座った。

 久典と蒔菜はわりと一緒に弁当を食べている。だから今日も自然な流れで久典の席に来たのだろう。


「あっ、あぁ……」


 直前の授業の教科書やらノートが机の上に散乱している。

 見られたら今日の授業はまともに受けていないというのがバレてしまう。


 急いで机の中に隠していく。


「あら、手の甲どうしたの?」


 そう言われてとっさに手の甲を隠す久典。


「いや、これはちょっと……転んで」


 適当なことを言ってごまかそうとする久典。

 だけれど蒔菜は頭がよくて察しがいい。


「転けて手の甲を怪我するなんておかしいわ。ちょっと見せて」


 強引に蒔菜は久典の手をとり、絆創膏を外す。


「……これ、切り傷よね?」


 久典の傷を見た蒔菜が詰め寄るように言う。


「あぁ、ちょっとな……」


「朝、私とあった時はなかったよね。絆創膏もしてなかった。学校ではこんな切り傷が出来るような授業ないわ。一体何があったのかちゃんと言ってちょうだい」


 久典は参った。


 頭のいい女は面倒だという言葉があるけれど、まさにそれを今実感している。


「大丈夫なんともないからさ!」


「まさかだけど……あの子がやったの?」


 内心ドキリとした久典だが、ここで簡単に桜子が切りつけてきたと言うのは気が引ける。


「別に、どうしてそう思うの?」


「だって、何も言わないその態度、誰かをかばっているように思えるわ」


「それだと別に桜子がやったってことにはならないんじゃないのか」


「今久典くんが答えを言ったわ」


 久典は驚いて聞き返す。


「どういうことだよ」


「私はあの子がやったの。って聞いて、あなたは別に。と答えた。否定しなかったのよ」


「だから桜子がやったってことになるのか? それはおかしいんじゃないか」


「もう一度言うわ。私はあの子がやったの。って聞いたの。名前を出したのは久典くん。あなたよ」


 蒔菜には下手な嘘や隠し事は通じないんだな。なんて思いながら。


「あぁ、そうだよ」


 と、久典は言葉にした。


「だけど、桜子も悪気があったわけじゃないと思うんだ」


「悪気がなかったからって人に怪我を負わせようとするかしら」


「いや、そうだけどさ、何か事情があったんだと思う」


「桜子はそんなことをする子じゃないから。と言いたいのかしら」


「……そうだけど」


「まぁ、いいわ。けれど傷が浅くてよかったじゃない。久典くんにしてもその子にしても。大事にならなくてよかったわ」


 蒔菜はそう言いながらスカートのポケットから新しい絆創膏を取り出して、久典の手の甲に貼り付けた。


「血は止まってるみたいだけど、一応バイキンが入っちゃダメだからね」


「絆創膏いつも持ち歩いてるのか?」


「何枚かだけよ。何があるかわからないから。転んで怪我するかもしれないでしょ」


「そういうもんか」


「そうよ。まぁ、これからもその子と付き合っていくんだったら気をつけたほうがいいと思うわ」


「いやいやいや、ちょっと待って。桜子と付き合ってるわけじゃないから!」


 久典は慌てて否定する。


「別に男女の付き合いだなんて言ってないわよ。せっかちさんね。友人関係としてという意味よ」


「あっ、あぁ……そういうことか……」


「まぁ、でも私で良ければ相談とかには乗るわよ。いつでも言ってきて」


 これは蒔菜との距離を縮めるチャンスじゃなかろうか。


「ありがとう。でも学校じゃこういう話はちょっとなー」


 少しカマをかけてみる。学校以外で話すということは学校以外で会えるということだ。


「そうね。確かに事が事だからあまり学校でする話じゃないかもしれないわね」


「うん……。だからさ、今度の休み暇かな? いや、せっかくの休みに時間取らせるのは悪いかもしれないけど――」


 言葉を濁しながら言う久典。

 きっと断られるんだろうな。なんて思いながらの言葉だから消極的になっているんだろう。


「いいわよ。じゃあ今度の日曜日会いましょう」


 言ってみるものだった。

 思いがけない了承を得て、驚愕した。


「えっ、いいの?」


 聞き直してしまうほど動揺している。この先のことは一切考えてなかった。どこで会うとかそういったことはなんにも。


「私は構わないわよ。あ、でも私の家ってのはダメだからね。他の場所でお願いするわ」


「そうだなー。じゃあ……図書館……は話し声的に駄目だし……。個室的な意味でカラオケとか……?」


「カラオケでそういう話ってのもちょっとどうかと思うわ……。じゃあショッピングモールで何か食べながらとかで話しましょ。買い物は行きたいと思ってたから」


「ショッピングモールか。蒔菜がいいなら良いよ。買い物あるんだったら僕荷物持つし」


「あら、いいの?」


「いやいや、相談に乗ってくれるんだからそれぐらいはしないと」


「じゃあ、お願いするわね」


 こうして、蒔菜と会う約束をすることができた。

 今度の日曜日。今日は木曜日なので三日後だ。


 問題は桜子が明日も起こしに来るということだ。

 学校がある日は本当に毎日家にやってくる。


 ただ、今日の出来事があったから起こしに来るのか来ないのかわからない。

 来るとしても、いつもと変わらないのかというのが心配なところだ。


 またいきなり切りつけられでもしたら……。


 なにかしらの対策はしておいたほうが良いだろうか。

 とは言っても、もし寝起きに切りかかられたら対処しようがない。


「そうだ、日曜日は何時にショッピングモールに行けばいい? それか駅で待ち合わせて一緒に行く感じか? ショッピングモールは二駅行ったところだし」


「ショッピングモールで待ち合わせよりは駅のほうがわかりやすいと思うから、駅で待ち合わせて一緒に行きましょう。城之内駅で……。そうね十時半ぐらいでいいかしら」


「僕は何時でも大丈夫!」


「じゃあその時間にしましょ」


 蒔菜はなんだか嬉しそうに見える。


「結構楽しそうだね」


「だって楽しみなんだもん」


 その笑顔がとても可愛くて……。


 普段の様子からだと、可愛いというより美人といったほうが良い蒔菜だけれど、無邪気な笑顔が向けられて、新しい一面を見れた。


 こんな表情もするんだな。


「久典くんなんか鼻の下伸ばしてるけどどうしたの?」


「あっ、いや。別になんもないよ」


「もう、おかしな久典くん」


 蒔菜の笑顔を見てデレてしまっただなんてことは言えない。


「あ、そうだ久典くん。他の人に私と一緒に出かけるって言わないでね」


「もちろん言わないよ」


 人気者な蒔菜だからそこら辺割りと周りがうるさそうだからなるべく言わない方が良いのだろう。変に勘違いされても蒔菜が困るだろうし。


「じゃあもう昼休み終わるからまた放課後ね」


「うんわかった」


 もはや一緒に帰ることは前提になっている。

 それぐらい仲良くなったといえばそこまでだけれど、蒔菜と話すのは楽しい久典である。

 これだけ楽しいのなら中学の時も思い切って声をかければよかった。と今更後悔している。


 でも逆に中学の時あまり話してなかったら今の関係もなかった可能性がある。

 急激に接近したという言い方が正しいのかもしれない。


 高校でたまたま久典と蒔菜が同じクラスになったから。という天の恵みこそあったけれど、今仲良く出来ているのは少なからず久典の努力があったからだ。

 といっても久典は蒔菜の胸を見ながら話しているだけなのだけれど……。




「おまたせ久典くん」


 放課後。帰り支度が先にできた久典は教室を出てすぐの廊下で蒔菜を待っていた。

 蒔菜はクラスの女子と何か話していた。きっと他愛のない話だろう。


 だいたいいつもこんな感じだ。蒔菜は誰とも仲がいいから会話にすぐ巻き込まれる。

 巻き込まれるという言い方は久典側の印象だけれど、蒔菜的にはおそらく迷惑という風には思っていない。


 それが蒔菜という人だ。


「いやいや、そんなに待ってないよ」


 そう、たった五分待っただけだ。


 長い時には十五分も待つことがある。それに比べたらどうということはない。

 いや、蒔菜と一緒に帰れるんだから何分でも待つ価値はある。


「じゃあ帰りましょ」


 昇降口や校門で待たない理由は少しでも蒔菜と一緒に居たいからという久典の願望なのだけれど、それについて蒔菜は何も言ってくることはない。待たせているという点から言えないという可能性も否めないが、そんな大した問題ではないだろう。


 どうせ一緒に帰るなら教室からだろうが昇降口からだろうが校門からだろうが別に気にするようなことではない。


 しかし、毎度のことながら蒔菜と一緒に帰っていると視線を感じる。


 学校の敷地内から蒔菜と別れるまでずっとだ。

 といっても大半は蒔菜のことを見ているのだろう。


 この美しい美貌は目の保養にはちょうどいい。


 実際久典も隣で歩きながら蒔菜のことをチラチラと見ている。

 特に胸の辺りとかどうしても目が行ってしまう。


 桜子も胸が大きいけれど蒔菜もでかい。


 どうにかこうにかして揉みたいだなんて欲望はある久典なのだけれど、当然そんなことは出来ない。


 隣に居るのに揉めない。


 これは結構な生殺しである。

 特におっぱい好きな久典としては……。


「久典くんどうしたの?」


 急に話しかけられて背筋が伸びる久典。


「い、いや。どうもしないよ」


「ほんとに? またおっぱい見てるんじゃないかって思っちゃったよ。でも違うなら私の勘違いね」


 その言葉に冷や汗がでる。

 まさにその通りなのだけれど、ここはなんとか誤魔化さなければ。


「い、いや。ほら日曜日のことを考えてたんだよ。蒔菜と出かけるのって初めてだなーって」


 話を逸らしたけれど、さっき蒔菜は『また』と言わなかったか? と久典は気づいてしまう。


 つまり、見ているということはバレている……。


 それを自覚してしまうと更に冷や汗がでる。


「そうだね。中学の時は接点なかったもんね。でもホント楽しみだよ」


「そっか、ならいいんだけど。そういえば買いたいものって何があるの?」


「服とか買いたいなーって思ってる感じ。久典くんも居るなら試着して見てもらおうかなーって。一人で悩むより参考になると思うし」


 蒔菜の試着姿は見てみたい久典だけれど、あいにく久典はファッションに関して疎い。


「僕なんかでいいのかな……。おしゃれな女子とかの方が参考になるんじゃ……」


「もう、忘れてない? 今回の目的は久典くんの相談に乗ることだよ。買い物はついでなんだから。だから気にしなくていいよ」


「それならいいんだけど」


 一応はそれで納得。


 それに話題を逸らすことに成功した。安堵のため息をつきたくなる。


「ところで久典くん。あの子。朝いつも一緒に居るけど。その時腕組んでるよね」


「えっ、あ……あぁ、桜子が一方的にね……」


 いつもは桜子の話題を出さない蒔菜が急に桜子の話をしたので驚きながら答える。


「私、男の人と腕を組んで歩いたことないんだけど……。その……。試してみていい……?」


「えっ、いや……その――。心の準備が……」


 いきなりのことに久典は動揺を隠し切れない。


「心の準備なんているの?」


「いや、だって相手が蒔菜だったら話が違ってくるよ。ドキドキするし……」


 そんなことを言いながら久典は思った。せっかくのチャンスなのになぜ断っているのだろうかと。


「ふーんそうなんだ……」


 千載一遇の好機を逃してしまった久典である。


「あっ、というか。でも……。蒔菜と腕を組みたくないってわけじゃ……」


 もうあたふたしている。男なら堂々としたらいいものを……。


「そっか。じゃあ日曜日に試してみよう! それまでにちゃんと心の準備しておいてね」


 久典は神に感謝した。


 もうダメだと思ったところに二度目のチャンスをすぐ用意してくれるだなんて。


「わかった。日曜日までにはちゃんと準備しておく!」


「うん! よろしくね。じゃあ私こっちだから。また明日ね」


「あ、いつの間にかもうこんなに歩いてたんだ。楽しいと時間が経つのが早いね。うん、じゃあまた明日」


 蒔菜と腕を組む。ということはもちろん蒔菜の胸が腕にあたるということだ。

 蒔菜と桜子は同じぐらい胸が大きい。


 いつも桜子に腕を組まれてる時も当然胸が腕にあたってる。

 といっても桜子に関して言えばわざと当ててるのだろうけれど。


 日曜日が楽しみ過ぎる。


 いつ蒔菜に告白しようと考えているけど、そのショッピングモールで腕を組んで歩いてくれるとなるともう告白をしちゃってもいいじゃないだろうか。


 ただ、ショッピングモールでは久典の相談をしてくれるわけだから、その時に告白というのはちょっと違う気がする。


 告白はちゃんと別の場でしよう。


 時期早々とかは無いだろうか。と思ったけど、毎日話して、結構な頻度で一緒に弁当食べたり、下校も一緒にする。


 それを考慮すると割りといけるような気がしてきた。


 桜子を振ったのは久典自身なのだから、それに対してのけじめでもある。振られるかもしれないしもしかしたら付き合ってくれるかもしれない。付き合ってくれるようになればもちろん桜子とは今までどおりの付き合いをするわけはいかない。


 流石に彼女がいるのに毎朝桜子に起こしてもらうのも違うし、腕を組んで歩くのも違う。

 全面的に桜子との関係が終わってしまう気がするが、今がおかしな状態になっているのだから致し方ない。


 正常に戻るだけだ。


 問題はいつ言うか。である。


 本当ならばとっくに言ってないといけないことなのだろうけれど。言わずにここまできてしまったのだからそれをどうこういうことは出来ない。


 今後どうするか。だ。

 ただ、今の桜子の精神状態から察するに、すぐに言うというのはよろしくない。

 というのが久典の判断だった。

 とりあえず、桜子の様子には注意しよう。


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