桜子の想いときっかけ
そして、次の日。
同じように久典を起こした後、部屋に残った桜子はクローゼットに目をつけた。
もしかしたらこの中に隠しているかもしれない。
クローゼットを開けると、服が色々とかけられていて結構な量がある。意外とおしゃれな感じなのだろうか。と思ったけれどお母さんのことを思うと納得が出来た。
それは一先ず置いておいて、クローゼットの中に小さな棚があった。
その棚を漁ってみると。数枚の写真が出てきた。
「やっと見つけた……」
桜子の目当ての物。それは久典が好きな人の情報だった。
その数枚の写真には同一の人物が写っている。間違いない。
学校で見たことがある顔だった。
「確か、先輩と同じクラスの……」
名前まではわからない。だけどそれは大した問題ではなかった。元々桜子は、素性やらは自分で調べようと思っていたからだ。
とにかく、久典が誰のことが好きなのか。というのがわからないと意味がなかったから探索をしていたのだった。
「顔はしっかりと覚えた……」
心のなかでこの人が――。という憎しみが少し生まれたけれど、そんな嫉妬は女々しいのでなんとかこらえる。
そこで、そういえば。と思い出したものがあった。
それはベッドの下にあるえっちぃ本。あれをまだちゃんと見てなかった。
写真を元の場所に戻すと、桜子はベッドの下に手を伸ばした。
ドキドキしながらおそるおそる本を開いてみる。
そこには制服を着た女性が多く写っていた。
しかもどれも胸が大きい。
「先輩って胸が大きいのが好みなのかな……」
ちょっと本を置いて、自分の胸を触ってみる。
今ままで自分の胸に感心を持っていなかった桜子だったが、写真の人たちの胸と変わらないほどの大きさではないかと思った。
「そういえば、写真の人も大きかった……」
ということはやっぱり久典は胸が大きい女性が好きとみて間違いはないだろう。
あとは、ロングヘアーの人が多かった。制服着た女性が多いからか、黒髪である。
「そういえば、先輩私が髪を下ろした時、かなり驚いてた」
となると、久典は髪を結っている女性よりサラサラっと長い方が好みなのかもしれない。
黒髪ロングで巨乳が好き。
推測ではあるけれど、これは間違いないような気がする。
「あっ、先輩たまに視線が顔より下の時がある……」
今思えばそれは胸を見ていたのかもしれない。
もしそうだとしたら、気付かなかった自分と見られていたという両面で恥ずかしい。
だけれど、もし本当に久典が胸の大きい人が好きなのだとしたら、これはチャンスなのではないだろうか。と桜子は考えた。
自分にはその要素がある。と。
つまりそれを使えば久典の気を引くことは可能だということだ。
「ということはこの本にもっと先輩の内心を知るものがあるかもしれない」
そう思って桜子は本をパラパラとめくった。
かなりえっちぃ部分は目を隠しながらページをめくる。
するとあることがわかった。
「眼鏡かけてる人が一人も居ない……」
ということだった。
今時眼鏡をかけている人なんて珍しくない。にも関わらず、この本に出てくる人はすべて眼鏡をかけていない。
だとすれば、久典は眼鏡のことがあまり好きではないという可能性がある。
たまたまこの本に眼鏡をかけている人が居ないだけという場合も考えれないわけではないけれど。それでも眼鏡が凄く好きだとしたら眼鏡系の本もないとおかしい。
「コンタクトにしよう」
桜子はそう決心した。
この日の探索はこれで終了。
久典の部屋での探索。これ以上はやる必要はない。
あとは、写真の女性について色々調べる必要がある。その後どうするかというのを考えていけばいい。
とは言ったものの。桜子は久典のことを起こしに来るというのはやめるつもりはない。むしろ続けるつもりでいる。
久典との接触機会を自ら減らす理由なんてどこにもなかった。
あとは、この本でちょっとおちょくるのもありかな。なんて桜子は思うのだった。
次の日から学校で調査を始める。
久典が想いを寄せている人がどんな人なのか。という調査だ。
名前は如月蒔菜。
久典と同じクラスで、性格が良いという評判だった。
誰に聞いても良い人だよ。という答えが帰ってくる。
髪型はいつもお嬢様結び。それが目印といえば目印だ。
顔も整っていてスタイルも良い。もちろん胸も大きい。
久典のベッドの下に隠されている本に出てきてもおかしくないような感じだ。
「先輩はあの人に告白する気でいるんだよね……」
月とスッポン。美女と野獣。
表し方は色々あるけれど、そんな印象だ。
決して久典のことがかっこ良くないというわけではないのだけれど、次元が違うと桜子は正直に思った。
その後は久典と蒔菜の様子を伺っていたけれど。特に話もしていない様子だった。
仲がいいというわけではないらしい。
そうしてあっという間に久典の卒業式。
桜子は久典の第二ボタンを貰い、その日に撮った写真を自室の机の上に立てかけた。
だが、平穏は続かなかった。
久典が高校に入学してからも久典を起こしに行って、途中まで一緒に登校して、わざわざ蒔菜にバレるようにくっついていたにも関わらず、久典は蒔菜と仲良くしている。
それが今までどおりの状態ならまだ許せるのだけれど、高校になってから急激に距離が縮まっている。
そう、仲良くしているのではなく、仲良くなったのだ。
「私が居るのに……。私という人が居るのに……先輩はなんで……」
久典の気を引こうと、髪型も変え、眼鏡を外しコンタクトにし、性格も明るくするようになった。文字通り桜子は変わろうと努力し、結果桜子は変わった。
けれど、久典との関係は変わらなかった。
それがとてつもなく悔しかった。
自分は努力しているのに、あの女は努力も何もせず、ただ好かれているというだけで仲良くして。今までそばにいた大事な人を取ろうとしている。
許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。
更に許せないのが、久典だ。
変わろうとしている桜子を見ず、他の女に夢中だということに対して怒りが生まれる。
「そうだ……。全部先輩が悪いんだ――」
「私以外の女と仲良くする先輩が悪いんだ――」
「先輩が悪いんだから罰を与えないと――」
「だってそうだよね。他の女と仲良くなんてするから。きついお仕置きをしないといけないよね」
久典へのお仕置き。何が良いだろうかと桜子は考えた。
犬が悪いことをしたらその場でしつけをしないとなぜ怒られたのかわからないという。
その理屈から考えると、仲良くしてるその時に罰を与えないといけない。
「罰って言ったらやっぱ痛い感じだよね」
となると刃物が一番手っ取り早かった。
それでいて。持っていてもおかしくはないものが好ましい。
安全ピン。カッターナイフ。ここらへんが無難だろうか。
「でももっと切れ味ある方が良いかな」
後日ナイフも買おうと桜子は思った。
制服のポケットに安全ピンとカッターナイフを忍ばせる。これでいつでも久典に罰を与えられる。
久典が他の女子と仲良くしたらちょっと傷つければいい。ただそれだけ。
それ以外はいつもと同じように接したほうがいい。
要は飴と鞭。
それをうまく使えば久典は桜子以外の女に興味がなくなるんじゃないか。と考えている。
興味がなくなるとなるとまた極端だけれど、無意識のうちに他の女に対して恐怖が芽生える可能性はある。
「明日からしつけはスタートだね」
そして、結果的に。桜子はそのカッターナイフを使うことになった。
理由?
それは久典が如月蒔菜と仲良く挨拶を交わしたからだ。
むしろそれが最大でたった一つの理由だからだ。仲良くするだなんてことは許されない。
「先輩は私だけを見てたらいいんです。私と一緒に居たらいいんです」
そう、これはそれに背いた罰であり、しつけ。だからしっかりと言い聞かせないと。
「わかりましたか? 先輩」
桜子はそう言うと、久典は頷いた。
「わかってくれたようで嬉しいです」
そう言って、桜子はカッターナイフをポケットに入れた。