平凡で平凡じゃない日常
家に帰って玄関の扉を開けると青鷺加奈子が倒れていた。
「お......お腹へった......」
すっかりこいつのご飯の事を忘れていた。
いやしかし朝は色々な事があったため忘れてしまったとしても仕方がないだろう。
それにしても本当に死にそうだ。
地球の食べ物でもちろん良いんだろうな?
体のつくりは人間と一緒なのかな?
まあまだこいつがこの世の生き物じゃないと完全に信じたわけではないのだが。
僕は昨日多めに作っておいたカレーを温め、その間に米を炊いた。
その間加奈子はずっと死にそうな声をあげていた。
おいまさか死ぬんじゃないだろうな。
俺に殺せとか言っておいて自分で勝手に餓死したらシャレにならないぞ。
カレーが出来上がると加奈子は即座にスプーンをカレーに突っ込んだ。
「おいひ〜!!こんなに美味しい食べ物は初めてだよ!!」
こんな作り置きしたカレーでそこまで言うとは、一体今までどんな食べ物を食べてきたのやら。
そもそも今までどこで暮らしてきたのだろうか?
「おい加奈子、お前の経歴的なものを教えて貰っていいか?」
すると加奈子はスプーンを置き、
「私は今日この世に誕生したの、だからそんなものはない」
当然のようにそんな事を言われても困る。
少しそんな事を言うような予感はしていたのだが......
まさか思った通りになるとは、案外僕の勘も知恵子に負けずいいのかもしれないな。
「ところで、お前はどんな事に幸せを感じるんだ?」
「それは分からない、隆が考えて」
まさかの全部人任せかよ。
知恵子にもっと色々聞いておくべきだったな。
「期限が決まっていたりするのか?」
「一年以内」
という事は来年の7月、僕が受験勉強真っ最中の時か。
カレンダーにでも書いておこうか。
それにしても全く実感がわかない。
だがこの子を見ている限り、この子が言っている事を信じるしかないのだろう。
いや既にもう俺は信じきっているのかもしれない。
加奈子はカレーを食べ終わるとソファーに寝そべりすぐに眠ってしまった。
おい風呂に入れよと思ったが今日は疲れてそうだしまあいいだろう。
特に汗をかいたわけでもないだろうに。
僕はカレーを食べ終わると食器を片付け、加奈子を両親が使っていたベッドに寝かせてやった。
まったくなんて可愛い寝顔しているんだよ。
本当に人間離れした美しさだよ。
僕はやる事を一通り終えたところで風呂に入る事にした。
風呂の中ではどうしても色々な事を考えてしまう。
青鷺加奈子はこの世にいてはいけない存在らしい、だからといってこの世からいなくなってもいい存在ではないはずだ。
少なくとも僕はそう思うし、できればずっと居て欲しいと思う。
だけどこの世が滅ぶのを見過ごすわけにもいかない。
僕はどちらかを選ぶ事ができるのか?
答えはNOだ。
無理に決まっている。
この二者選択はあまりにも残酷すぎる。
僕が背負い切れるほどのものじゃない。
けど僕が選ばないといけないらしい、いや加奈子は自分が消える事を望んでいるのか......
期限は一年、その間に加奈子を幸せな人間にしないといけない。
そんな事が僕にできるのだろうか。
夜寝る前に親友の新垣光一から電話がかかってきた。
こんな時間になんだよと思ったが親友の電話を無視するわけにはいかない。
俺が出るといきなり、
「残った!残った!残った!」
「相撲みたいなことわざわざ叫びに電話したならすぐ切るぞ」
「違うって!ちょっと待って!」
どうやら何か良いことがあったらしい。
こいつは自分に良いことがあるとすぐに俺に電話する。
全く良い迷惑だ。
「それで、どうしたんだよ?」
「前に俺が小説の新人賞に応募したって言ったろ?」
確かに前にそんなことを言っていたようなきがする。
すっかりそんな事は忘れていたが。
「それで、一次審査を通過して二次審査に残ったんだよ!」
「へぇ〜、それはすごいな、いったいどんな話なんだ?」
そこまで興味はなかったが親友なんだから少しは話を合わせてやらないとかわいそうだろう。
まあそんなので落ち込むようなやつではないのだが。
「1人の少女が世界を守るために自分を犠牲にするって話なんだけど」
「......それ次の審査で落ちるな」
俺はそう言うと携帯の電源を切りベッドに投げ捨てた。
少女が世界を守るために自分を犠牲にするだって?
そんな話があるわけないだろう、そんな話あってはいけない。
そんなあまりにも残酷であまりにも救われない話......
別に加奈子に照らし合わせているわけではない。
そうではないのだが......どこか聞いていられなかった。
光一には悪い事をしたな。
今度謝っておこなくちゃ。
僕は部屋の電気を消すと、真っ暗な部屋の中ベッドの中に入り目を閉じた。
今日はあまりにも色々な事なありすぎた。
明日、目を覚ましたら全部夢でしたってオチがある気がする。
むしろそっちの方が幸せなのかもしれない。
でもやはり、現実というのは常に残酷だな。
僕は薄れゆく意識の中で加奈子の笑顔を思い出していた。
あの笑顔を亡くしていいのだろうか?
答えはもちろんNOだ。