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いつかこの手につかむもの

Luke

作者: 高霧 蒼

「シキがラシュ(ここ)に?」


 今朝方まで掛かった仕事を終え、仮眠を取る前にと向かった酒場でその名を聞くとは思ってもいなかった。

「昨夜お前に会いに来てな。報酬の受け取りがあるからここに来ると伝えたら、それまでは待てないと言っていたぞ」

 あれはまた何かしらの厄介事を抱えているのだろう。

 一つの重たそうな小さな袋を俺に手渡し、小声でそう続けた店主の言葉には完全に同意だった。

 普段のシキならば「待てない」とは言わないのだ。嫌な予感しかしない。

「他にも何か言ってなかったか?」

 もっとも、店主の言うその「厄介事」に心当たりがない訳でもない。

 元々その話を俺に持ち込んだのはこの目の前に立つ店主であり、シキがその絡みで動いていることも知っていた。

 ここ最近になって、密かに国内に出回り始めたものが王都にも持ち込まれたのだ。


 ──しかもより、最悪な形で。


(だが……)

 仮にその件だとしても、シキが俺を頼るとは考え難い。

 まだ一部の者しか知らず、しかも表には露見してもいないその事で俺に何かをさせようと思ってはいないはずだ。

 だから本当の用件は別にある。


 そう考えていると、店主が「拾いもの」だと口にした。

「内容まではわからない。マーサが知っている」

 ……どうしてあいつはこうも面倒な手順を踏むのだ。

「ルーク、お前が請け負うはずだった仕事を他に回してもいいな?」

 そしてこの店主の察しの良さには感服する。

 これは確認ではなく決定事項だからだ。

「……そんなことをしたら、この店の評判が落ちるだろ」

 それでも些細な抵抗を見せたくなるのは、今の俺が傭兵という仕事を誇っているからだ。

「本心からそう思っているのならありがてぇが、それこそ無用な気遣いだ。シキ様絡みだと言えば皆が納得するし、金獅子(グリフォン)の代わりを務めたいヤツも五万といる」


 何かしらの事情はあるのだろうが、それでも誰も本気でお前が近衛師団を辞めたとは思っていない。

 それにラシュ(この街)にはシキ様個人の味方も多い。手助けしたいと思っている人間が殆どだ。


 ……そう続けられてまで、自身の我を通す訳にはいかなかった。

「……しばらくは戻れないと思う」

「一生じゃなければいい。……タキヤ様の時のようなことは二度と御免だ」

 だから生きて帰ってこい──と暗に告げた店主に礼を述べ、酒場を後にした。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 そこからの話は早かった。

 朝一番でいちに向かう準備を始めていたマーサを呼び止め、粗方の事情と密かに託されていたラルフからの伝言に頭を抱え、間に合わないと知りつつもシキ達の宿泊先だと告げられた俺の常宿に向かうと厩舎に預けていたはずの愛馬がそこに待ち構えていた。

 その隣には宿の主人と衛兵が一人。

 衛兵の方は以前近衛師団に属していた者で、俺もよく知っている人物だった。

「手短に報告を」

 聞かずとも把握は出来ているのだが、何か知り得ない情報を掴んでいるのかもしれないと考えながら声に出すと、宿の主人が用意していた俺の装備を手渡しながら先に口を開く。

「レイリーズを経由するということは?」

「マーサから聞いた。食料は何日分持っていった?」

「二日分です。最悪は野営を組むことになる、と」

 それは本当に最悪な事態だ。出来るのならば避けたい。

「他には?」

 弓の弦を弾き、強度に問題がないことを確認して馬に跨がる。

「この数日、見慣れぬ者が数名入り込んでいます」

 宿の主人に代わり、次に口を開いた衛兵に目を向けた。

「そしてその数名が今朝方姿を消しました」

「目的は何だと思う?」

「わかりません。ですが狙いならば予測出来ます」

 それは何だとで問うと、シキだという答えが返ってきた。

(──サヤカではない……?)

「何故、シキだと?」

「評議会絡みで少し不穏な動きが。事を成そうとした場合、障害に成り得る最たる方が師団長なのではないかと」

「………」

 その可能性がないとは言い切れないが、それでもシキ個人が狙われる分には問題ない。

 あいつだってそれは心得ているし、何よりも簡単に捕らわれるような腕前でもなく、下手に手を出せば相手の命の保証がない。

「シキは知っているのか?」

「はい。その上で少し泳がせる、と」

 それならば問題はない。

 シキ自身が注意を払えばいいだけのことで、そこに思惑が絡まなければ放置していても大丈夫だろう──と、シキが連れているという存在を思い出した。

(……まさか)

 あのシキに限ってそんなことは有り得ない。

 しかし、同時に嫌な予感がする。

(まさか)

 だが、それは“以前のシキならば”だ。

 今のシキの思考についてまでを知る術が俺にはない。

(まさか……)


 まさかシキは、サヤカを囮にしたのか?

 だからより安全な街道ではなく、レイリーズを選んだ……?


「──最悪だ」

 そうなのだとしたら本当に最悪だ。

 そのやり方はシキのものじゃない。

 そのやり方は“タキヤ様”の──!

(お前がタキヤ様(あのひと)になる必要なんてないだろう!)

「……状況は把握した。引き続き情報の収集を頼む」

 出来るだけ感情を抑えながら酒場で受け取った袋を宿の主人に投げ渡し、必要経費はそれを使えと告げた。

 仮にもこの“金獅子”が受けた仕事への報酬だ。情報を得る程度ならば釣りがくるだろう。

「足りなければ都度請求を。決して出し渋るな」

 二つの了解の声を聞き、即座に馬の腹を蹴った。


 ──杞憂であってくれよ。


 心の内でそう呟き、お前は変わるなとただ願うだけだった。

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