表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

人形王子がやめられない

作者: せりせん

いつか連載するかもしれない自分用小説風キャラクター説明書だと思ってもらえればOK

麗らかな日差しが空中庭園に差し込んでいる。ようやく暖かくなってきた気温に合わせて数々の花が芽吹き始めていた。澄んだ小さな渓流が、室内に張り巡らされた水路を穏やかに巡る。


俺はその中心に置かれた白い丸テーブルに行儀悪く肘を置いて、ある人物を待っていた。左脚を椅子の上にのせ、半分体育座りのような姿勢。教育係のキャロメが見たら卒倒しかねない。いや、俺を知る人はすべからく驚いて目ん玉ひんむくだろうな。そうあるようにしてきたし、欠片もこぼさす演じきった。


吹き抜け窓からそよぐ風が前髪を遊ばせる。当たり障りのない黒髪を目で追った。そして滑った視線の先に待ち人を認め、俺はそちらに顔を向ける。


半開きのドアに、我が愛しの婚約者殿が佇んでいた。正しく驚いて。目ん玉ひんむきも叫びもせず、ただ呆然とした表情でフリーズするだけに留めている。流石王家に次ぐトップの家柄。教育がしっかりしているな。

軽く笑いかけ、片手を上げて挨拶をする。


「よ」


すげぇ、1ミリも動かねぇ。あ、手から力が抜けたようだ。扇子がカツーンといい感じに響いた。顕になった小ぶりで艶のある唇は、ぱかっと半開きになっている。


目の焦点も合っていないようなので、持ち上げた手をひらひら振ったが、やはり無反応。


「……シビエル…様……?」


たっぷり数十秒後、彼女は油の切れたブリキのように小首をかしげた。普段の滑らかな動きが嘘のようである。さらりと滑ったくせのない銀髪が、日差しに煌めいていた。

****************


「それで、シビエル様で間違いございませんか」

「応。どこから見ても俺」


アンジェリカは立ったまま、それでも疑わしげにこちらを睨めつけた。じとっという擬音語がピッタリのそれに、俺は声だけ苦笑いで答える。立てた膝に顎をのせ、残った脚をぶらぶらさせつつアンジェリカが混乱から抜け出すのを待った。


「まさか…あの品行方正礼儀正しく脳みそ空っぽ人形王子が……?」


聞こえてるぞ。知ってたけど。

ぶつぶつ言い出したかと思えば、キョロキョロあたりを見回した。ドッキリかとでも思ったか。

残念だけど侍女も執事も側使えも護衛もとっぱらった。その上、宮殿の中でも隅の塔に独立した空間を持つ、この空中庭園では間者もひそめない。


「ここには俺しかいないぞ。人形王子の憩いの場として、幼少の頃から俺専用になっている。盗聴や監視などはことごとく、何年もかけて偶然を装い発見してきたからな。父上も諦めて、強力な結界を貼るだけに留めている。そも、人形王子が自発的になにかすることはまず無いだろうという信頼のおかげでもあるな」


因みにこの空中庭園は直下にある湖から水を引いているが、決して奴隷の力で歯車を回し装置を動かすなんて、何時ぞやの貴族のような鬼畜使用ではない。魔石という、魔力という名の特殊な電磁波を持った鉱物がある。それを媒体にして機械を組んでいるので、大量の魔石が必要となるが、人件費ゼロだ。

ぐだぐだ考えていると、アンジェリカは俺の前まで静かに歩いてきた。胸元からスカートの裾にかけて、濃紫がだんだん薄くなっていっている。細く絞られたウエストには、凛とした睡蓮が、派手すぎない程度に咲いていた。

細身のドレスをつまみ、惚れ惚れするような仕草で軽く頭を下げる。


「こほん……申し訳ありませんシビエル様。御挨拶遅れまして。ごきげんよう」


咳払い一つで持ち直したらしい。完全に先程の失態をなかったことにしようとしているのがありありとわかった。


「うん、こんにちは。混乱するのはしゃーないと思うし、気にしないでくれ。貴方がそれだけパニックになるってことは俺がちゃんと演じきった証拠でもあるから嬉しいしね」

「ありがとうございます。すいませんが、失礼して」


アンジェリカが扇を拾うために屈むのを手で止める。反動をつけて立ち上がり、扇子をさくっと渡し、流れるようにアンジェリカの前に整えられた椅子を引いた。


「とりあえずどうぞ、椅子には何にも仕込んでないから」


アンジェリカは俺が自分の意思で動いていることが、いまだ信じられない様子で、しかし微笑みは浮かべたまま指した椅子に静かに腰掛けた。

俺は普段するようにニコニコ笑いながら、自分の席につく。これからが本番だ。気合い入れてかねーと。


「じゃ驚愕疑問不信あるだろうから質問タイムいってみよーか」


へらり笑って促せば、アンジェリカは品よく口をおおって、しかし矢継ぎ早に問いかけ始めた。


「本当にシビエル様ですか」

「あっまだ疑われてるんだ…」


俺ちょっと悲しい。


「当然です。貴方のこのような姿を私は見たことがございません。いっそ偽物だの双子だっただのの方がよっぽど納得しますわ」

「それもそうだな」

「何納得してらっしゃるんですか」


でもこっちが素だ。それにこんな性格であることを示さなければ、これからする話をとても信じてもらえそうにない。


「んん、じゃあ確認がてら質問してみてよ」

「まあそれが手っ取り早いですわね。では、先日行われたダンスパーティーで25番目に御挨拶なさった方はどなただったかしら?」

「えっそれ普通に覚えてないことのが多いでしょ。なんで貴方は覚えてるの。家族くくりでカウントならフラべリック伯爵家、個人ならディザルト侯爵」

「ある程度挨拶をする順番くらい分かりますわ。まぁ、合っていますわね」


順番なんて全部のパーティーで覚えてんの!?流石聡明と名高い社交界の白菊。いや、俺もあんま貴族の敵は作りたくないからそこらへん必死だったけど!


「では殿下と私が初めてお会いしたのはいつだったかしら?」

「ん、クラブール学園中等部入学後すぐに開かれた茶会でだな。そこで初めて婚約者云々聞かされしかも本人が目の前にいるんだ、超ビビった。懐かしい」


うんうん頷いていると、アンジェリカはぽかんとこちらを見ていた。


「あの場で初耳だったのですか?」

「応。そのころはビビリキャラに徹していてな。いざ本番になるとビビりすぎて吹っ切れるという微妙にリアルな設定付きで。そのせいか、事前に教えるとびびって逃げるんじゃないかと思われたみたいでな」

「そうだったんですの…」


なんだ。なんでまた胡散臭そうに見られなきゃならない。


「とりあえず、信じますわ。初めて会ったとき、あの茶会には殿下と皇太子ご夫妻、そして私と父上しかいらっしゃらなかったものね」

「おお、よっしゃ。じゃあnextクエッションいってみよー!」


ちょっと嬉しくてニヤニヤしながら拳を振り上げる。アンジェリカは微笑んだまま。この短い間で耐性ができつつあるらしい。でもそんな変なことはしてねーよ俺。ギャップが凄まじいことになってるだけで。


「では今まで、完璧に演技してらしたと?陛下も宰相も私も騙しきって」

「そだね。俺だけの力とは言わねーけど」

「協力者が?よくバレませんでしたね」


まあ協力者つっても人間じゃないしね。あとでまとめてアンジェリカには言うとして、俺は次の質問を予想し身構えた。ここからスーパー説得タイムだ。


「では、なぜ。気配薄く、何者の言葉も聞きすぎるくらい聞いて、自身で判断せず傀儡のような王子として侮られ続けたのですか。それほどの演技力と忍耐、度胸に疑われぬ世渡り。それらがありながら、なぜ?」


そう。俺は今日この日まで何びとたりとも、真実本心や行動を見せたことがない。言われたことはすべての飲み込み疑わない、お優しく頼りない空っぽ人形王子。ただ何があろうとも、常に笑顔の間抜けな王子。

分かりやすい敵は居なかった。だが俺の周りには、組易しと見た連中が集まった。将来政治を裏で糸引き、おのが利益に目がくらんで忠誠心を捨て置いたようなヤツら。

貴族が主に通うクラブール学園でもそうだ。王子の権力目当ての奴ばかり。彼らの耳障りのいい言葉にふわふわ笑いながら、生きてきた。

内心大爆笑だったが。

よく耐えたな俺。


おそらく、というか十中八九俺が本心でバンバン意見していけば、影で笑われることも無かったに違いない。でもそれじゃダメだ。俺の目的には沿わない。


「なぜ、と言ったな。これからの話はすべて真実だ。俺の本心だ。それだけ留めていて欲しい」

「なんですか、今更ですわ。殿下へのイメージは正直崩壊しきりですので、何が来ても寛容に受け止めれる気がしますのよ」

「ならいい。本来俺はこういうことを言ってはダメなんだろーけど…」


大きく息を吸って、静かにゲンドウポーズ。脚を組むのも忘れない。俺の突然の真顔に、アンジェリカはすっと目を細めて正面から受け止めた。ノリがいいな。


「俺は全力で王子を辞めたいと思ってる」

「…………はい?」

「王子辞めたい」

「はい?」

「王ヤダ」

「は!?」


俺はアンジェリカを取り残し、がばりと上を仰ぐと力いっぱい叫んだ。


「王宮めっちゃ息苦しい!王子ってだけでぺこぺこしやがって、床に叩きつけるぞコラ!くっそアサシン多いしいちいち見つけてバレないようにしてやるのも骨だし!大体なんだ、甘やかすんじゃねぇウゼーんだよ!もう全部が面倒くさい!!俺に根本からあってなさすぎ!!ブラックだわ!!!」

「誰かっ、王子がご乱心だわっ」


失礼な。こんなに普通にむしろリラックスしきりで話しているのに。すっと急に冷静になってゲンドウポーズに戻し、真顔でアンジェリカに向かう。


「大体こんな感じ」

「なるほど、サッパリですわ」


目はつけてたがアンジェリカはやっぱノリがいいな。頭の回転が早い。いままで聡明で理知的な彼女に気後れしきりの情けない婚約者として接していたから、アンジェリカとこうも気さくに話すのは初めてだ。


「それで結局、貴方に相談したかったのは、王子辞めたいんだけどどうすればいいかなって」

「今すぐ帰りたい」


その心底面倒くさいって顔やめてくれません?せっかく絶世の美女なのに。彼女は深々と、マリアナ海溝突き抜けかねないほどため息を吐いた。


「今までなぜ演技をしていたのか、話が繋がりませんわ。初めから簡潔に説明してくださるかしら?」

「王子ヤダ

失望からの王位継承権剥奪を目標

王の器じゃない演技←イマココ!」

「誰が3行で説明しろと」


俺は演劇のように胸に手をあて大きく息を吸った。


「それではお聞きください。聞くも涙語るも涙、表情筋が死滅した哀れな王子の物語……」


つっこまない、つっこみませんわ…とアンジェリカが自制してくれてるので、サクサク説明していこう。


****************


俺は陛下の側室が母だ。正妃がまだ生きていた頃に俺は生まれたが、正妃を酷く愛した陛下によって、正妃が身ごもり子の性別が分かるまで王位継承権は保留にされていたのだ。


もし1度目の出産で正妃が男児を産んでいれば、あるいは生きていて2回3回とご懐妊なさり男児を産めば王位継承権はそのお子にあっただろう。


すでに産まれ健康に育つ長男がいながら、そしてその選択が不和を呼び込むと理解しながら、王は体の弱い正妃の子供ただひとりに王権を与えたがったのだ。その心意気マジかっけぇな。


しかし第一王妃は死んでしまった。

正確には、10年前に死んだ。生まれた子は女の子1人。もともと病弱だったゆえ、出産に耐えれず倒れたそうだ。そのまま砂に染み込む水のように、かかった病は深く根を張って王妃をさらっていった。


有力貴族の娘である母は俺の出産、そして王位継承権が渡ったことで一気に地位をの仕上げた。大出世である。

しかし陛下を愛してはいない。

だから現在の贅沢な暮らしに満足していると、宝石のついた扇子でひらひら顔を仰ぎながらそっくり返っていた。うちの母はきちんと財政破綻しない程度に贅沢するくらいの分別ある浪費家なのだ。さらに個人の商会も持っていて、正直あの人別に何処でも贅沢して生きていけると思うんだ。自由か。




母がそんないろいろとバリバリな人であるから、国母の仕事は母が中心となって側室で切り盛りしているらしい。その分給料はがっつり貰ってるらしいが。しかもその金で今度、側室メンバーで温泉旅行行くらしい。自由か。


これ幸いと陛下も母を正妃に召し上げることはなく、民からも一途な王として愛されている。母上は1度正妃になるかと聞かれた時、カラカラ笑ってお断りしたそうな。自由か。


とにかく母はいろいろ自分本位でバリバリな人であり、父は王だ。

両親の顔なんて知らないまま育っていた。


****************


何も俺は元から人形王子だった訳では無い。幼少の頃はそれはもう愛らしく、ちょろちょろ動き回ってはあちこちで二パっと笑うような子供だった。だったはずだ。

具体的に言うなら厨房に忍び込んでつまみ食いは日常茶飯事。猿のごとく木をするするのぼり、騎士の常駐場に赴いては稽古を真似て。

側室で身分も低く、性格上敵の多かった母の子供である俺。麗しい正妃が子を産めば、さっさと消えてもらいたかったろう。王宮内なら何処にでもいける権利はあったけど、誰の目にも止まらない日々。

まあ、うん。決して教育係のメンツが真っ青になって胃をおさえてなどいなかった。なかったったら無い。


やがて自意識は強くなる。アイデンティティの確立という話だ。誰もちゃんと愛してくれないことを知っているから、余計自分が自分を愛するための理由を探した、んだと思う。

そのころ、何か学ぶほどに俺は俺を作れた。薬草、剣の振り方。美味しい料理に価値のあるダイヤの見分け方。

何でも良かった。誰もが俺を肯定して絶対否定しないから。

そのくせ、絶対受け入れてくれないから。仲間はずれにするから。

だからこそ、俺は俺だけの何かが欲しかった。


当然俺の立場は使い方によって多大な利益が生まれるわけだから、媚びてくるような輩もいたはずなのだ。それが記憶に全くない。父は本気で俺の存在が疎ましいに違いないから、きっと母がのけてくれていたのだろう。唯一の愛だった。

…という考えだった頃が俺にもありました。

先日盗み聞きをしたところ(王宮内部の情報収集のために風魔法で常習犯だ。反省はしている)、実際は

「あの子もねー。ちょっと無邪気すぎだったじゃない?思い込みも激しいみたいだったし…何より最近じゃ人形王子!そのくせ優秀だし。あの子さえ生きていれば私の権力は不動の1位だから良いんだけど。変にそそのかれて、誰かの手駒になられたら困るじゃない、私が。でしょ?」

こうだったから「流石母さん!」と叫ぶところだった。その歪みない自己愛っぷりはいっそ尊敬する。昔だったらありもしない愛情を夢見て、現実を聞いて泣いたかもしれないけど。そんなメンタルだいぶ前にふっきった。

…それで自分大好き、自分さえよければオールOK、面倒は放り投げろ主義になったあたり血を感じる。




さて、そうして季節巡り、7つになる頃。7つまでちゃんと生き延びることが出来れば初めて神の加護から人間の子供になる。それは貧しさの中で生まれたこの国の伝統的な文化だ。


何よりこの年、正妃が死んだ。

さっきも触れたとおり、生まれた赤子は女の子だった。忌まわしい王位継承権が巡ってきたんだ。


俺は王子であり王を継ぐことをハッキリ告げられる。

いや、知ってはいたんだ。でも父から名指しで初めて俺の存在を示されて、自分のアイデンティティが「王子」であると理解した。


ピンと張り詰めた謁見の間。自分ひとりだけが赤いカーペットに肘をついた時の、関節の軋み。カラカラに乾いた喉。父上の、ずっと重たくて心を揺さぶる宣言。


『7つまで健やかに育まれ、その命は神の加護から離された。今この時より幼子は人の子となる。故に、王位第一継承権をさずけよう』


それは決定的な言葉だった。俺の人生の中で最も尊い瞬間だったろう。指を指してお前だと。お前でなければダメだと。

父に存在を認識されたのだと。

子供ながらに、紛れもなく正当な王位継承権に高揚した。初めて王子って立場にワクワクした。


だがそれも、王子がどこまでも制限された政治のコマであると完全に理解するまで。基礎教育に帝王学や政治が加わると、見える世界も変わってくる。第一継承権が確立したことで、周りも一気に変わった。今までが嘘みたいに。実際無かったことにしたかったんだろう。


堅苦しい世界に怖気が走る。誰も彼もが嘘を吐き出し腹に溜め込む姿に鳥肌が立つ。そしてそうあることを何より求められる。

俺が俺であることが許されない。今まで必死で築いてきたアイデンティティが否定され、王子というステータスのみが肯定される。

「王子」でいなければならない。

逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。そのくせ反面、確かに王子でいたかった。俺の自意識が、何より尊敬する王、父から賜ったたった一つの独自性…「第一継承権を持つ王子」であろうとした。


表情が死んだ。どうしたらいいかわからなくて、少しずつ。期待に、自意識に答えようとする度に。食事はマナーの時間。散歩は勉強の時間に。どの国の王子も当たり前にしていること。それでも。

ひとりでベッドに入って、今日の反省をするときは怖かった。何から何までダメな気がして、闇の中に失望したような誰かの目が光っている気がした。


擦り切れて擦り切れて。

自分を殺して下手に動いて全部ぶち壊すのが怖くなって。そして余計失望されて、疲れて踏ん張って。







そして、ある日気づいた。何の前兆もなく、いつも通り鈍い頭で寝た翌朝のことだ。珍しくメイドよりも早くに起床して、ベッド脇のカーテンを開いて、まだ日の登らない濃紺の空を見上げたその時。

「このまま期待に応えなけりゃ逃げられるんじゃね?」と。

いっそスッキリするほどふっきった。清々しい思考の切り方。あれは素晴らしかったね。


自分に期待して周囲の望む答えを探すのをやめたんだ。なんでこんな奴ら気にしてんのバカじゃん。自分のために生きていこうって、思えた。

逃げよ、って。


全て放り出して逃げる覚悟。笑わば笑え。俺は笑えるようになりたい。


だが生きていくには技術がいる。すぐ下野したところでさ迷い死ぬか、連れ戻されて洗脳完了まで幽閉か、期にてらった政敵に暗殺されるか。その点、王族という立場は最高の教育が受けられる。


テラスに立ったままぼんやり飛んでいく鳩を見ながら、俺は自分の人生を選択していた。自分のためだけに生きていたいとはっきり思ってから、クリアな頭はよく働いた。






『義務教育で知識も技術も身につけて、程々で王位を辞退し自由に生きる!』






その心意気で現在18歳。


平和だ。策略も陰謀も何も無い。国も安定しているし、第一継承権は唯一男児である俺で揺るぎなく、ほかの側室から生まれた妹弟たちも権力に固執していない。

そしてなぜか確かに失望されているのに、ばかにされているはずなのに、変わらない王への道。

the 平和。

だからこそ。


****************


「王子が辞めづらいことこの上ない…!」

「諦めて王になってください」

「早っ」


アンジェリカはすぱっと切り捨てたが、そうはいかない。じーーーーっと縋るというより無言で責め立てていると、呆れきったため息が返された。


「来月には成人を迎える殿下からこんな話を聞くと思いませんでしたわ」

「や、俺もちょっとヤバイなって。成人しちゃったら流石に執務を少しづつ振り分けたりされかねないし」

「当たり前ですわ。むしろ、揺るぎない第一継承権を有しているのです。もっと政務に関心を持ち、積極的に関わるべきでした。言われたことをいわれた分だけやるのではなく、自分から。まあ人形王子なんぞ8年も演じていたらしい貴方には望めないことでしたわね」

「す、すんません」

「言葉遣い」

「ごめんなさい」


アンジェリカはパチンと扇を閉じると、ビシッとこちらを指した。洗練されたその動作には圧倒的な威圧が乗る。なにやら説教の香りに内心冷や汗が止まらない。


「つまり貴方は甘ったれにも、自分の役目を放棄し責任から逃れたヘタレ。夢想ばかりして、今まで全員を欺いてきた罪人ということですわね」

「返す言葉もございません…!!」


ぶれない扇子に戦々恐々と、とにかく両手を机についてがばっと頭を下げる。自分の主張が甘甘で世の中舐めきっているのも、それで迷惑を被る人がいるのもわかってはいた。それでも。それでも、願ってしまった。心から求めてしまった。


何でもないことでバカ笑いしていた見習い騎士が羨ましくて恨めしくて、窓の内側から見える景色に憧れたこともある。もとから歪だった母さんとの関係が、もっと毎日笑い転げられる優しいものだったなら、とも。それか1人でいい、俺を愛してくれなくてもいいから、向き合ってくれたなら。


所詮、俺の思考に多大な影響を及ぼしているとはいえ過去の話だ。だけど俺はどうしても捨てきれなかった。狭い狭い世界で、外堀を完璧に埋められて、そのまま都合よく死にたくなかった。

どうしても、どうしても、どこまで走ってもいい自由が欲しい。いくら歩いても壁に当たらない広い場所。俺が俺でいることを許される立場。無邪気に笑える精神。阿呆みたいに楽観的な世界が欲しくてたまらない。


これを理解しろというのは、アンジェリカには酷だろう。これほどの餓えを彼女は知らないだろうから。



「王になるのも、王子であるのも、素晴らしい名誉と誉れでしょう。正直あなたの半生には同情すべき点も見受けられますが…それでも。婚約者、いえ、国を支える公爵家として黙認するわけにはいきませんわ」


「だろうね。でもさ、俺も逃げたいなんて消極的な気持ちだけで8年も耐えてないさ」

「というと?」

「めんど「先程のような面倒くさいなどという短絡的かつ薄っぺらな理由では、生まれてこの方性格を隠し続ける根拠として弱いですわよ」

「くそっ…こやつやりおるっ…」

「で?」

「うえーい瞬く間に俺(素)の扱いに慣れてきてるアンジェリカ殿マジリスペクト。んじゃま理由ね、理由。俺個人としてはさっき言いかけた通りなんだけど、もう一つ。それが約束だからさ」

「約束?」

「うん」


俺はおもむろに両手を斜め前に差し出した。手のひらを上に向け、静かに告げる。


「クライア、イリュア、レニア」


アンジェリカの顔のすぐ両脇。何も無いはずの空間に、揺らぎが起こる。ピンと貼った水面に一石投じた時のように、波紋が凛と広がり出した。

空気の歪みは、そのまま背景を滲ませて広がっていく。


「空間魔法…!」

「アンジェリカ、大丈夫だから」


俺は席を立ち腰を落として扇を構えた彼女を、苦笑しつつなだめた。両手のひらは差し出したまま。


「大丈夫だから。何も出てこれないよ、ここからは」


やがて波紋は教室の壁くらいにまで広がったが、そのあと急激に勢いを失って、徐々に数を減らした。最後の一個になったところで俺は両手を下ろし、波紋に向かって降る。


「呼び出してごめん。またな」


「俺の友達。クライア、イリュア、レニア!俺が小さくてなーんにも分かんなかった頃の。正確には王位継承権をもらう7歳までの友達でさ。

あいつらがなにかよく分かんないけど、こんな楽な言葉遣いとか王宮の外とか、全部教えてくれたんだ」

「それは王宮に不審者が出入りしていたということ?」

「いや、そうじゃねぇよ。あいつらってたぶん、人間じゃなかったんじゃないかなあ。詳しいことはわからない。気づけばそばにいて、名前を呼んだら来てくれて、そばにいた。だんだん来るまで時間がかかるようになった。やがて声だけになった。そして」

「現れなくなった?」

「そう。はじめは嫌われたのかと思ったんだけどさ。一度約束したことがあってね。何があっても離ればなれにならない。心だけはずーっと一緒で、もし体が離れてもまた会える」

「そんな口約束でしょう」

「だけど誓ったんだ。神様と、命に」

「命……まさか」

「ルーティンの誓いだよ。別にそれで後悔してないけど、それに

こうやって」

両手を先ほどのようにかかげる。

「つながってるんだ。途切れないんだ」

誓って以来心臓の奥でずっと流れているものがある。暖かくて常に意識の隅っこにあって、そうだな、いっそこれを愛しいとさえ思う。命を縛る永遠の誓いだ。だけどだからこそ、あいつらも同じだって分かるだろ。最高に甘美だね。

「……ずいぶん心酔していますのね。長くあってもいないのに」

「知らない時間があることが、信用を腐らせるとは思わない。いつも感じるこの繫がりすら消えるなんて許さない」

「…………狂ってるわ」

聞かなかったことにするよ。それは俺もちょっと感じてる。

「まあそういうことだから。俺は自由になりたいの。というか、あいつらにまた会って、今度は4人で世界中を走り回りたいからこそ王様なんて絶対やだ。アンダスタン?」

「ええ。こちらのメリットが少ないかと思いますけど、あなたみたいな人とは結婚したくないと常々思っておりましたもの。あなたの後釜に、もっとやる気のある人物を据えますわ」

「良かった!君が協力してくれるならきっとうまくいく!自由だ!」

あんまり嬉しくて、俺はガッツポーズをとった。やべ、にやけが止まんない嬉しい!正直行き詰まってたしめちゃくちゃありがてー!

「……あなたそんな顔もできたのね。初めてちゃんと見た笑顔が、継承権破棄の相談って……」

「じゃあよろしくなアンジェリカ!俺頑張ってさらっと自由になれるように頑張るから!」

「はいはい」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ