6 異世界観光
まだ昼間の街には大勢の人々で溢れていた。
もっとも、下半身が蛇の女性や下半身が馬の女性、昆虫の様な光る羽根のある女性など明らかに人外なのも沢山居るので『人々』と言っていいものか。
町並みの中世ヨーロッパを思わせる造りと相まって実にファンタジーだ。
ちなみに下半身が馬の男性も羽根の有る男性も、肌が緑な男性も居る。
先に女性ばかり挙がってしまったのは、単に女性の方が目が惹かれやすかっただけだ。他意はない。ないったらない。
今歩いてる所は商店街なのか色々な看板が見える。残念ながら文字が読めないので何が書いてあるかは分からない。
剣や盾の形の看板なんかは大体予想できるな。武器防具の店だろう。
さて、セシルさんに連れられて来た目の前のこの店は何の店だろうか?
残念ながら看板は実に簡素な造りでその形は文字を載せる台でしかなかった。これじゃ何も分からない。
外観はそこそこ大きいが入り口はさほどでも無い。
その入り口を通り中に入ると、これまたそこまで広くない店内に何やら液体の入った小瓶が並べられた商品棚が壁に設置されていた。壁にしか棚が無いので広さに比べて店内スペースは余裕がある。
小瓶に入れられている液体は青や赤、紫などカラフルだ。
(普通に考えればマニキュアか香水だけど、ステータスなんて概念があるようなゲーム的世界ならポーションとか回復アイテムか何かだと思ったほうがしっくりくるな。)
などと考えている間に、セシルさんが店員と何か話すと店の奥へと一緒に案内された。
奥の部屋は窓が無く、設置されているカンテラの明りだけで照らされていた。薄暗くて少し気味が悪い。
それ程広くないこの部屋には中心に小さな円テーブルと椅子が2つ置かれていた。
店員とセシルさんが椅子に座る。俺はとりあえずセシルさんの近くに立つ事にした。
二人は会話を始めるが、内容はわからない。しばらくしてセシルさんがコインを何枚か取り出してそれを店員に渡し、店員がコインの枚数を確認した後、テーブルに青い液体の入った小瓶が置かれた。
「さてカズキ君、これから君にわたしが持ってる特殊魔法スキルを継承してもらうよ。」
「え?あ、いや、もうちょっと説明お願いします。」
小瓶を持ち、振り向きながら話すセシルさんに説明を求める。なんとなく言っている意味はゲーム的に考えれば想像はつくけど、もうちょっと詳しく説明して欲しい。
「はいはい、それじゃ簡潔に説明するからしっかり聞いといてね。
先ず、特殊魔法っていうのは訓練なんかでは習得できない特別な魔法を言うんだ。通常の魔法っていうのは訓練や誰かから教えて貰えば程度の差は有るけど、頑張れば習得できる。だけど特殊魔法は真っ当な方法じゃ絶対に習得できないモノなんだよ。」
なるほど。つまり通常魔法は訓練次第だけど、特殊魔法は訓練では覚えれないってことか。
「わたしは翻訳魔法っていう特殊魔法スキルを持ってるんだ。
これはその名の通り使用すれば言葉を翻訳してくれる魔法。だから言葉のわからない君にこの魔法をあげようと思ってね。」
そんなメチャクチャ便利な魔法が有るらしい。
「あげるってそんな簡単に他人に魔法を覚えさせられるもんなんですか?」
「もちろん本来は訓練を行って覚えるものだし、普通なら特殊魔法の習得は不可能だ。自分のスキルを他人に譲渡するなんてのもできる訳が無い。
けど今買ったこの秘薬を使えばそれが可能になるんだよ。だからコレを使って君には、翻訳魔法スキルをわたしから継承してもらう。わたしにはもう必要ない魔法だしね。」
そう言ってセシルさんは小瓶の中身を飲み干し、目を瞑り右手で握り拳を作る。しばらくして拳の指の隙間から光が漏れ出し、それが収まると彼女は目を開け、握り拳を開いた。
その手にはビー玉の様な小さな青い宝石があった。
「はい、それじゃコレ、飲み込んで。」
セシルさんはそう言って宝石を俺に差出してきた。
「え、コレって飲み込むんですか?」
「そうだよ。さ、早く。」
急かされて宝石を受け取ったけど、まさか飲み込むとは思わなかった。確かに小さいけど、喉に詰まったりしないだろうか・・・。
不安に思い躊躇しているとセシルさんに「早く」急かされてしまう。
俺は意を決して宝石を飲み込んだ。
意外にも喉に引っかかるような事は無く、スッと奥に入って行った。そして直ぐに全身に何かが広がる感覚がする。
「上手くいったみたいだね。それじゃスキルを確認してみて。」
セシルさんに促がされ、ステータスを確認する。
【名前:ガゼル 年齢:17 種族:現人神 クラス:奴隷 レベル:1 スキル:翻訳魔法1 経験値:0/200】
スキル欄に翻訳魔法が追加されていた。
それに意識を向けると、それがどういったものなのか説明が浮かんできた。
【翻訳魔法:使用するとしばらくの間、あらゆる言葉を理解し話す事ができる】
俺はこの世界で魔法と、ようやく人との意思疎通の手段を手に入れたのだった。
しかし、なにこれ便利すぎ。ホン○クコン○ャクか。
(いやまぁ言葉が通じないのにはホント苦労してたから助かるんだけど、都合よくこんな魔法が手に入るとは・・・。)
と、そこまで考えたところでセシルさんから声をかけられる。
「さて、次は奴隷商館と言いたいところだけど、ちょっとわたしにも事情があってね、行くのは日が落ちてからにしよう。」
「わかりました。」
「それまでにやっておきたい事が色々あるんだ。そうだね、先ずはその目立つ学ランを何とかしよう。」
その後、店を出て次の目的地を目指す。時々視線を感じるのは、やはり学ランというのが異質で目立っているのだろう。
それにしても、ハッキリと『学ラン』って言ったよな、この人。
「セシルさん、貴女は一体何者ですか?日本語を話せたり、俺のこの服、学ランを知っていたり・・・。」
「それは、わたしも元は日本人だからだよ。」
「・・・・・・やっぱりそうだったんですか。」
あっさりと言われてしまったが、正直そんな気はしていた。名前はともかく黒髪黒目で違和感無く日本語を話していたし。まぁ、日本語に関しては翻訳魔法があったけど。
「名前は偽名ですか?それとも俺と同じでこの世界に来た時に変わっていたんですか?」
「どっちも違うよ。この名前はこの世界でお世話になった恩人から受継いだんだ。」
「受継いだ?」
「この世界・・・というかこの辺りの国では家名が無いんだ。代わりに襲名制度になっていて、家長になる者とかが名を受継ぐ。わたしの恩人は天涯孤独の人でね、亡くなった時にその名を貰ったんだよ。わたしはこの世界で骨を埋める気でいるから。」
ちなみにセシルさんは二代目なのだそうだ。
「元の世界に、日本に帰る気は無いんですか?」
「無いよ。」
即答されてしまった。日本に未練は無いということか。
そう思っていると、セシルさんは少し複雑な、困ったような表情をしていた。
「この世界での大切なモノが多くなってしまったからね。」
「そう、ですか・・・。」
セシルさんはもうこの世界の住人として生きる事を受け入れ、心の整理も終わっているのだろう。だとしたら余計な事を言ってしまった。
「その・・・なんか、すいません・・・。」
「かまわないよ。それじゃ改めて、服を買いに行こうか。」
「はい、了解です。」
◇
「ありがとうございました。また当商館をご利用ください。」
そう言ってお辞儀するネコ耳で尻尾の有る女性店員さんに見送られて服屋を後にする。
いや、服屋と言うよりは冒険者の用具店って感じだったけど。剣とか鎧もあったし。
「冒険者用の服だけど、着心地はどうだい?」
「動きやすいしイイ感じです。どうもありがとうございました。」
今来ているのは冒険者用と言うだけあって、動きやすく丈夫な物だ。長ズボンと上着、それにブーツをセシルさんの交渉により学ラン上下と元々履いていた靴との物々交換で手に入れた。そこそこ高級品らしく、着心地も良い。安物は古着が多く、穴があったり布が傷んでいる物が多いのだそうだ。
しかし、冒険者用の服って・・・やっぱ仲間にする気満々ですねセシルさん。
「それにしても、なんか人外な人達が多いですね。さっきの店員さんもネコ耳だったし。」
「あー・・・まぁ、その、なんと言うか・・・。」
街を少し見て回って思った事を言ってみたら、セシルさんが言葉を詰まらせていた。何だろう、もしかしてアレかな、差別問題とかあったりしてあまり触れてはいけない話題だったんだろうか。
「この世界、と言っても私はこの周辺の3国しか知らないんだけど、まぁ、えー・・・その、ちょっと驚くかもしれないけど・・・・・・この辺りは、亜人の国なんだよ。」
「・・・は、はい?」
「3国はそれぞれ、魔王、精霊王、牙獣王の3人の王達によって治められてる。人間はね、魔王の庇護下種族の1つでしかないんだ。亜人が多いんじゃなく、人間は亜人達の1種でしかないんだよ、ここじゃ。」
「人間なのに亜人、ですか・・・?」
「そもそもこっちじゃ『亜人』なんて言葉聞いた事ないし、人間が基本っていう思想が無いんだよ。」
「あの・・・もしかして、ここって魔界って呼ばれてたりします?」
亜人達の世界で、魔王って・・・どう考えても魔界じゃないか。
「いや、呼ばれてないよ。そもそも魔王ってのも初代皇帝が魔人族でそう呼ばれたのが称号として受継がれてるだけだしね。
わかりやすく人外の王って感じがするから使ったけど、今じゃ魔王より皇帝って呼ばれてる。」
なるほど、俺にここが人外の国だと理解しやすいように『魔王』とかの名称を使ったのか。
「じゃあ残りの二人はなんて呼ばれてるんですか?」
「精霊王は国王、牙獣王は大統領かな。それぞれ帝国、王国、共和国の代表者になるね。」
「なるほど・・・・・・。・・・はぁ。」
改めてファンタジーなトンデモ世界に来たのだと認識させられ、溜め息が出てしまった。
「ま、国の事情だの歴史だのに興味があったら1度、図書館にでも連れて行ってあげるよ。ここは4箇所しかない大都市の1つ、皇帝の御膝元だからね。蔵書数が段違いだよ。」
「ここって帝国で、しかも帝都だったんですか・・・。」
次々に聞かされる情報に少しげんなりする。
しかし皇帝の御膝元か。でもだとしたら城が有りそうなもんだけど、それらしいのは見当らない。
こうファンタジー世界の城って街の何所からでも見えるような高いところにメチャクチャ大きいのが建てられてるイメージなんだけど、違うのか?
もしかして小さい屋敷みたいなのだろうか?もしそうなら、ちょっと残念だ。
そんな事を考えつつ、セシルさんに連れられて帝都を歩く。
必要になる日用品等を買い揃え、すべての用事が済む頃には日はほとんど沈んでいた。
◇
日が完全に沈み、申し訳程度の街灯に火が灯るようになって、ようやく奴隷商館へと足を伸ばしていた。
どうやらセシルさんは商館へ行くところを他人に見られたくないようだった。
商館へ向かう前に頭巾を渡され、それを深く被るように言われた。彼女も同じもので顔を隠していた。
そういえば最初に見た時も、セシルさんは帽子で顔を隠していたっけ。そんなに奴隷商館に出入りしてるところを見られたくないのだろうか?
何か事情があるんだろう。しかし、まだ会ったばかりだけど、セシルさんはこっそり隠れたりするのには向いてなさそうな気がする。
「ん?今なにか失礼な事を考えなかったか?」
・・・妙な勘は鋭いようだ・・・。
「いや、わざわざ夜に来る理由を考えてただけですよ。」
「ああ・・・それか。ちょっと訳有りでね、それに関しては何も聞かないでくれると助かるかな。」
「・・・わかりました。」
答えられないのか、答えたくないのか・・・まぁ仕方ないと諦めよう。
「素直でよろしい。さて、それじゃ例の赤毛の少女とやらと話をしに行こうか。」
「はい。でも商館はもう門を閉じているみたいですけど、大丈夫なんですか?」
「大丈夫、心配は要らない。」
と言ってはいるけど、心配だ。門は閉じられてるし、門番は少なくとも2メートルは超えてそうなぐらい大柄な緑肌の大男だし。なにあの人、ハ○ク?
しかしそれは杞憂だったようで、セシルさんが大男に話しかけ、その後奥の屋敷から出てきた執事風の男と何度かやり取りした後、すぐに手招きされた。
「これからこの商館の主人と話をつけて来る。残念だけど、わたし以外通せないと言うんだ。
本当は一緒に行きたかったけど仕方ない、わたしが話してくる間、君はここで待ってるんだ。」
「ええ!?そんな、俺が行かないと意味無いじゃないですか!」
問題無かったと安堵した所に『待ってろ』なんてあんまりな事につい声を荒げてしまう。
心配要らないって言ったのはなんだったんだ。
「仕方ないよ。重要なお客様が来てるから今日はお引取りをって言われたんだ。それをどうしても欲しい奴隷が居るからって無理を通したんだから、これ以上は望めないよ。」
「う、いや、でもですね・・・。」
「大丈夫だって。欲しい奴隷が居るって言っちゃったし、その子は買ってくるから。その方がゆっくり話もできるでしょ。」
「それは確かに。でも、その・・・お金は大丈夫なんですか?」
「まぁ・・・人間の奴隷だし、なんとかなるよ。それじゃ、行ってくる。」
セシルさんはそう言い残し屋敷へと入って行った。
俺は1人残された・・・
すぐ近くで仕事を続ける門番の大男さん、正直めっちゃ怖い。いきなり殴られたりしないだろうか。
いや、むやみやたらに暴力を振りかざしたりしないとは思うけど、威圧感がヤバイ。
そんな風に妙な緊張感に頭を悩ませていると、屋敷から誰か出て来た。
セシルさんかと思ったが、よく見ると頭巾をしていないし、背丈も違う。別人だった。
短い金髪の若い男だった。身長はそこそこ高いのだけど、門番さんと比べると小さく見えてしまう。
・・・まぁ、俺はもっと小さいんだけども・・・。
ふと、男と目が合った。
俺はすぐに明後日の方向へ目を逸らす。変に絡まれて厄介事になったら困る。
だが、男は立ち止まってこちらを見続けている。
(何なんだよ。さっさとどっか行けよ・・・。)
そう、心の中で悪態をつく。男の視線を感じ、観察されているようで気分が悪かった。
「■■■■」
何時の間にか近寄ってきていた男は、俺の顔を覗き込むようにして話しかけてきた。
大きく見開かれた目が、釣り上がっている口の端が、俺の恐怖心を刺激した。
俺は慌てて翻訳魔法を使い男へ聞き返す。
「す、すみません。なんでしょうか?」
「あれあれあれ?聞こえなかったのかい?この距離で?聞き逃したのかい?よくない、それはいけない。君は奴隷だろう?なのに人の話をちゃんと聞かないなんて、よくないなぁ。」
い、いきなりなんだコイツ・・・。
聞き返した事を責めているんだろうか?それにしては怒っているようには見えない。
むしろ先ほどよりさらに口を三日月の様にして、笑っている。
体を傾け、首を傾け、俺の顔を覗き込み、笑っている。
気持ちが、悪い・・・。
「ご、ごめんなさい・・・。」
とりあえず、責められているようなので謝る事にした。
争いになったら俺はどうしようもない。
謝罪する事で穏便に済むのならそれが良い。
「いやいやいやいや、まあまあ、かまわないよ。次からは気をつけるんだよ?次はないからね?それで質問なんだけどね?君、誰かの所有奴隷だよね?ご主人様が居るよね?それでね?君の主人なんだけど、それは誰なのかな?」
「え?主人ですか?えーと・・・」
これ、答えた方がいいのだろうか・・・いや、なんとなく良くない気はするんだけど。
なんか、この人怖いし、気持ち悪い。
答えるべきか否か、悩んでいると突然屋敷から大声が響く。
「何をしている!スラヴァーリア伯爵!」
声のした方を見ると、セシルさんが鬼の形相で男を睨みつけ、怒声を上げていた。




