4 そして少年は彼女と出会う
翌朝、俺は扉の鍵が開けられる音で目が覚めた。
メイド服を着た女性が中に入ってくる。パンと器が載せられたトレイを持っているところを見ると、朝食を持ってきてくれたようだ。
女性はトレイを机に置くとこちらを向いて声を掛けてきた。早く食べろと言っているのだろう、たぶん。
ベッドから起き、机へと移動し、素直に従って食事を取る。朝食は少し固めのパンと薄味の何かのスープだった。
(メイドさんが朝食持ってきてくれるって・・・なにこれ?
俺、奴隷じゃないのか・・・?)
食べ終わると、メイドさんはトレイを持って部屋を出て行った。
また1人残され、なにもやる事の無く、俺はベッドへ寝転がる。
ふとあの赤毛の少女の事を思い出した。
(あの子はどうなったんだろう?やっぱり俺と同じ様な扱いをされてるのか?いや、でも女の子だしもしかしたら・・・・・・。)
そこまで考えたところで、頭を振って考えを霧散させる。
(わかったところで、俺に何ができるんだよ・・・。)
何の力も無い学生で、今や見知らぬ場所で囚われの身だ。出来る事なんてなにも無い。
ベッドで自分の無力さを感じていると、桶を持った先ほどのメイドさんとモノクルを着け、貴族風で銀髪オールバックの厳つい顔をしたオッサンが部屋に入って来た。
オッサンの肌は日焼けしたように黒く、何よりも俺の目を引いたのは長くとがった耳だった。
(このオッサン、エルフか?)
そう、よくファンタジー作品に登場するエルフではないだろうか。肌が黒いのでダークエルフか。
俺がその長い耳に気をとられていると、メイドさんが俺の服を脱がそうとしてきた。
慌てて抵抗を試みるも、手馴れた動作で俺はパンツまで剥ぎ取られ全裸にされてしまった。
素っ裸でオッサンの前に立たされ、両手を上げたり、後ろを向かされたり、果ては股間を凝視されたり・・・なに羞恥プレイ。
体には昨日村人に殴られた所に少し痣が出来ていた。
メイドさんが痣に手を当て何かを唱えると淡い光が浮かび、少ししてから手を放すと痣が綺麗に消えていた。
(すげぇ・・・回復魔法ってやつかな?便利だ。)
痣をすべて治療し終えると、次は水で濡らした布で体を拭かれた。俺のささやかな抵抗は意味を成さず、全身隈なく拭かれてしまった。
その後、二人は部屋を出て行き、また俺だけが残される。
(なんなんだろう・・・痣を治療されて、体を拭かれて・・・まさかっ!)
服を着ながら、身奇麗にされる理由を思案していると、売春という単語が脳裏を過ぎった。その考えに身震いを起す。
(どうか、それだけは外れていますように。)
俺はそう願わずにはいられなかった。
◇
俺は、メイドさんに髪を整えられていた。
二人が出て行ってから、しばらくしてメイドさんが昨夜奪われた学ランを持って戻ってきた。
泥などで汚れていた物がある程度綺麗になって返され、着替えるよう促されたのでその通りにし、それが終わると椅子に座らされ、そして今、髪を整えられている。
・・・なにこれ?
(売春とか考えたけど、どうなんだろう?)
今はまだ日が高い。
昨日は夜で暗かったが、今は日の光が鉄格子の付いた窓から入ってきている。
(今は昼前ぐらいか。)
時計が無いので正確な時間は分らないが、たぶんそのぐらいの時間だろう。
(真昼間から売春というのは考えにくいか。普通なら夜だよな。)
漫画やテレビの知識しか無いけど、そうだったはず。いやまぁ、異世界でもそれが通じるかは疑問だけど。
しかし、売春でも無いとなると、あとはなんだろう?
(言葉の通じない奴隷を身奇麗にする理由・・・・・・)
売春ではない、としたら・・・いや、そもそも売春じゃなくて館の主人の相手をさせられるとか?
そういや、元の世界では少年愛とかいうのもあったよな。
昔は権力者なんかが男色家だったりしたって話だし・・・。
いやいや、すこし落ちつこう。
なんかエロ方面に考えが流れすぎてる。
(コレなんてエロ漫画?・・・この場合はBLか?
もっとなんというか、別のありそうなことを予想してみよう。)
などと考えていると身嗜みを整え終えたのか、メイドさんが立つ様に促してきた。
逆らっても仕方ないので素直に従う。
首輪に鎖を付けられ、引っ張られる。俺は犬か・・・。
メイドさんは扉を開いて外の廊下に居た兵士に鎖を渡した。
次はこの兵士に引っ張られ、連行されるのか。
鎖を引っ張り、俺に動くよう催促してくる。首が痛いのでやめて欲しい。
俺は歩き出した兵士の後ろについて行った。
歩きながら先ほどの考えを思い出し、予想をしてみる。
執事。
無いな。言葉の分からない奴を執事なんかにするわけが無い。
ペット。
これはまぁ、ありそうか。
さっきのダークエルフのこともある。買った主人が人間で無いことは十分考えられる。
なら人外の奴が人間の俺をペットにするというのも、ありえるんじゃないだろうか・・・。
でもペットだと結局情夫にされるのと大差なさそう。
(他には、何があるだろう?)
考えては見るものの、答えは出ないまま、兵士に引かれるままに屋敷を歩き続けていると、次第に騒がしい声が聞こえ始める。
気になり、廊下の窓から外を覗き見ると、沢山の人々が屋敷へと歩いて来ているのが窓から見えた。
武装した者。身なりの良い若者。小太りのオッサン、オバサン。貴族風の男性、女性。皆、様々な髪色をしており、そしてその人達には耳が長かったり、獣耳や尻尾があったりといった人間ではないような特徴が多く見られた。
(もしかして、この世界じゃ人間は珍しいのか?)
この世界、もしくはこの辺りの場所では人間が少ないのかもしれない。
ひょっとしたら人間だと思っていた村の人達も人外だった可能性もある。
だとしたら、俺はレアキャラという扱いなのか?
身奇麗にしたのはお披露目のためかも知れないな。
カードでもフィギュアでもレア物というのはゲットしたら大事に扱うし、人に自慢したくなるものだ。
なるほど、それなら首輪を着けられてる割に扱いが良いような気がするのも納得できる。
そう勝手に納得していると兵士に首の鎖を引っ張られた。
窓の外に気を取られて遅れていたようだ。
首輪に鎖を着けられてまるで犬のように扱われる。
(もし本当に人間が稀少で、俺以外が全員人外だったら犬みたいにペットにされてたとしても不思議じゃないよなぁ・・・。)
嫌な予想に行き着き、兵士の後について歩く足がさらに重たくなった気がした。
◇
結論から言ってしまえば、俺は勘違いをしていた。
山賊達に売られてそれで人身売買は終わったのだと思っていたのだ。
だがそれは間違いだった。
ここは多分、奴隷商館だ。
確かに一度は売られ、買われたけど、それはただの仕入れ。
人身売買の本番はこれからだった。
俺は今、コンサートホールの様な造りの部屋に居た。
首輪を着け、身奇麗に整えられた子供や若い女性、男性が俺の前後に並んでいる。
部屋にある演壇へと1人ずつ連れて行かれ、売られていく。
壇上で進行役らしき男が声を上げ、その後に客らしき人達の中から数人が手を挙げ声を出している様子から競売なのだろうと予想できた。
つまり傷を癒し、身奇麗にされたのは少しでも高値になる様にする為だったということだ。
ちなみに俺しか人間が居ないという考えは薄れている。俺の他に並ばされている人達が、どう見ても人間にしか見えなかったからだ。
今、俺に出来ることは、少しでも扱いがマシな人に買われる事をただ祈ることだけだった。
そして、しばらくして遂に俺の番がやってきた。
兵士に鎖を引かれ壇上へと上がって行く。
階段を踏む足が震えている。
さっきから心臓がうるさいぐらいに脈打っていた。
背中が嫌な汗でじっとりと湿って気持ちが悪い。
息が・・・―苦しい。
震える足でようやく壇上に上がると、周りから小さく声が聞こえはじめる。品定めされているのだろう。
進行役の男が声を何かを喋っている。俺を商品紹介しているのだろうか?
客達から小さく歓声が上がり、進行役が大きな声を出す。とうとう競売が始まるようだ。
最初、4、5人が手を挙げていた。挙手しているのは身なりの良い男女ばかりだった。
鎧をつけて武装しているような人達は手を挙げる様子は無い。
少しずつ手を挙げる人は減っていき、派手なドレスを着たオバサンと金髪碧眼のイケメンお兄さんの2人が残った。
オバサンは装飾品を多く着けており、成金という感じがした。パッと見た感じだと人間に見える。
対して金髪イケメンの方は爽やかさを感じる。そこそこ長身で正にイケメン貴族様って感じだ。
隣には女性を連れており、顔は帽子を深く被っていて見えないがスタイルはよさそうだ。美男美女の夫妻なんじゃないだろうか。
そしてイケメン兄さんの耳は長くとがっており、まさにエルフといった見た目だ。
2人はしばらく競り合い、しばらくしてオバサンの方が手を挙げなくなった。
どうやら俺は、イケメンエルフに競り落とされたようだった。
その後、競売が行われていた部屋から移され、別室で首輪の鎖を解かれイケメンに引き渡される。
商人には袋が渡され、中からは金貨が出て来た。
金貨の数を確認した商人が笑顔で頷き、それを見たイケメンが俺に声をかける。が、やはり何を言っているのかは分らない。
反応が悪い俺にイラついたのか、怖い顔になったイケメンに首輪を掴まれ、そのまま部屋の外まで連れ出される。
爽やかそうとか思ったけど、意外と乱暴だった。
部屋を出た所で、イケメンの奥さんが待っており、背中を押されて奥さんの前に立たされる。どうやら俺は奥さんへのプレゼントのようだった。
奥さんは帽子を深く被って顔を隠している。
とりあえず俺はお辞儀して、挨拶ついでに顔を見ようと試みた。
「はじめまして、ガゼル君。とりあえず、女性が隠しているものを覗くのはよくないよ。」
からかう様な口調でそう、日本語で言われた。
俺は驚きのあまり目を見開き、バッとお辞儀していた体を起す。
「に、日本語・・・――。」
この異世界で初めて言葉の通じる人と、俺はやっと出会った。




