2 襲撃、そして逃亡
ここの場所へ来てから4日目の夕方。
そう、村人に拝まれて、それに適当に頷いて、嘘をついたあの日からもう4日が過ぎようとしている。
だというのに、今まで帰る方法も言葉も意思疎通もここが何所なのかも、問題はどれも解決していなかった。
その内勝手に神様かどうか疑問に思ってくれるのではないかと期待したりもしたが、今のところその様子は無い。
紙に絵を描いて伝えようと思いついても紙が無かった。それでも何とか書く物をと身振り手振りジェスチャーを駆使し、世話をしてくれる女の子に伝える。
何とか伝わり、炭の塊と木の板を渡してくれた。
なるほど、魔方陣はコレで描いたのか、などとどうでもいい納得をして板に絵を描いてみたのだが、そもそも俺には絵心なんて無く、それでもとりあえず描いてはみたのだが、あの何とも言えない女の子の表情からして、とても伝わったとは思えなかった。
他にも思いつく限り色々と試してみた。
残されてる魔法陣の上で瞑想の真似をしたり、中二病の時覚えた呪文を手当たりしだい唱えてみたり。
いっそのこと村の事は放り出して、どこかもっと人の集まる、例えば大きな街へ移動し、帰る手段を探そうかと考えてみても、周りは一面森。村人達が使用している獣道らしきものはあったが、およそ現代人のコンクリやアスファルトに慣れている俺にとって道というほど立派な物ではなかった。せめて平坦なら・・・いや、やっぱ無理か・・・。
必死に頭を悩ませるが、しかしどれも成果は無く、気がつけばもう4日目も終わろうとしている。ホントどうしよう・・・。
途方に暮れていると女の子が夕食を持って来てくれた。
この4日間、俺は最初に出て来た小屋に住まわせてもらっている。
赤毛の女の子は甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれていた。1度だけだが濡らした布で体を拭いてくれたりもした。ラッキーだったとか思ってしまう自分が情けなくも思うが、年頃の男の子なので勘弁して欲しい。
言葉は通じないがこの少女と顔を合わせるのが少し楽しみになっていた。
可愛いし。
そうやってささやかな楽しみを見つけて心に余裕を持とうとするが、ダラダラと無駄に時間を浪費している現実は容赦なく俺を少しずつ追い詰めていく。
元の世界で、いきなり居なくなった俺は行方不明になっているだろうし、両親を心配させているだろう。
俺が何も出来ないという事もそう遠くないウチにばれるはずだ。この4日間、村の為に何もしてないし。
不安と焦りは日に日に増して行く。
そもそも、村人から何か頼まれたはずが、今のところこの村にはその解決しなければいけない問題が見当たらない。
強いて言えば若者が少ない事だが前に来たお兄さんにこの少女も居る。
そこまで年は離れてなさそうだし、小さなこの村ならカップルはそれで成立している。まだ小さい子供も居るのだからこの村から人が居なくなるということは無いだろう。
食料も1日2食だがしっかり出してくれるし、村人が飢えていそうには見えず、不足している様子は無い。謎の疫病が蔓延しているなんてことも無い。
俺が神様として召喚されたとするなら、何かしら問題があってそれの解決の為に呼ばれたはずだ。実際、何かを訴えられていたのは確かなんだし。
問題が分ればとりあえず何か行動に移せるはずだ。もしかしたら俺の残念な知識量でも何とかなるかもしれない。
(もし問題を何とかできれば、あの嘘は嘘じゃなくなるはずだ。なんとかできれば、だけど・・・。)
そんな希望的観測をしながら、夕食を終える。
女の子がすぐに食器を片付けて小屋から去って行った。
外は既に暗くなっており、こうなると俺がする事はもう何も無い。
明りも少なく、また火をおこすための資源もあまり無駄には出来ないので、できることの無い俺は寝てしまうしかない。
こうして今日も進展は無く、無常に1日が終わっていく。
いつまでこうやって無駄に日々を送るのだろうか・・・・・・。
◇
ふと、体を揺さ振られる感覚に目を覚ます。
いつもの世話を焼いてくれる女の子が俺を起そうと俺を揺らしていた。いつもは俺が自分で起きるまで放置されているので起されるのは初めてだ。
(いや、そういえば初めてここに来て、ふて寝した時に同じようにされたな。)
まだハッキリしない意識のまま体を起す。
何かあったのだろうか・・・。
突然、ドンッっと大きな音がした。まだ半分寝ていた俺の意識は一気に覚醒する。聞えたのは打上げ花火の様な爆発の音だった。
「な、何の音だこれ。」
続くように1回、2回とまた音がした。なんだか嫌な予感がする。
女の子が俺の手を引っ張り、出口を指差す。どうやら外へ移動して欲しいらしい。
俺は素直に女の子について行き小屋から出て下へ降りる。夜は明けておらず、外はまだ暗かった。
小屋から降りると、村の中心で村人ほぼ全員が集り松明を点けているのが見えた。何人か居ないのは夜遅いからだろうか。
女の子に連れられ村人達が集まっている所まで移動する。皆俺に気づくとお辞儀してきたので俺もお辞儀を返す。
一体どうしたんだろうか?
数日前に挨拶?しに来てくれていた村長らしき人が俺の目の前に来て何かを両手で持ち差し出し、頭を下げる。
差し出されたそれは、剣だった。
鞘と鍔の部分に多少の装飾がされている、ゲームなんかでよく見る、いわゆる西洋剣のロングソードだった。
(・・・コレ、俺が持てって事だよな。)
恐る恐る、村長からその剣を受け取る。本物だろうか。
とりあえず鞘から抜いてみることにする。昔、模造刀使ってカッコつけてみたりしてたから持ち方なんかには自信ありだ。
とは言えやはり模造刀なんかよりは重いし、刃が本物だとしたら危ないので慎重に、ゆっくり鞘から引き抜いていく。
鞘から抜ききり、目の前に持ち上げてみる。
やはり刃は本物のようだった。
ちょっとゲームみたいな展開を予想してしまう。
不安のほうがまだ大きいけど、正直期待感もあったりする。やっぱりアレかな、この剣でモンスターと戦ったりするのだろうか。
この村に来て約5日目にしてやっと何かイベントが発生しているのかもしれない。
暢気にそんな事を考えていると、向かいの茂みから音がした。
驚いて音のした方へ剣先を向けて構える。
地面に何かを引きずるような音をたてながら、それが近づいてくる。
距離が縮まり、薄っすらと音の主が人影なのがわかった。
人影が何かを喋る。すると警戒していた村人達の雰囲気が変わった。
数人が人影へ松明を持って近づこうと動く。
(もしかして人影の正体はここに居なかった村人か?
大きな音がしてたし、もしかしてモンスターと戦ってたのか?)
人影は、村人達が駆け寄る寸前のところで力尽きたように倒れてしまった。
村人達は慌てた様子で人影へと近寄る。
結論から言えば、人影は村人だった。
しかし・・・松明の光で照らされ確認できたその姿は、見るも無残な有様だった。
服はボロボロに焼焦げ、その下の肌も酷い火傷を負っている。全身に斬り傷が見られ、村人の右腕は肘から先が無くなっていた。
「うっ・・・。」
見ていられず俺は目を背け、湧き上がる吐き気を何とか押さえ込む。
俺の短い人生の内であんなにも酷い怪我を見たのは初めてだった。
テレビや映画なんかでなら見た事はあるが、そんなものは所詮画面越しのニセモノや修正がかかったものだ。どこまでも他人事で作り物で、現実感など無い。
さっきまであったゲームみたいな展開だの、初めて本物の剣を持った興奮だのが一気に霧散する。残ったのは異様な不安と恐怖心だった。聞こえてくる苦しそうな呻き声が一層それらを助長する。
恐怖で体が震えている。気がつけば後ずさっていた。正直、今すぐにでもこの場所から逃げ出したかった。
(だけど何所に逃げる?俺に逃げるところなんて、無い・・・。クソッ、最悪だ・・・!)
逃げ場の無い恐ろしい現実に震え、心で悪態をついていると、そっと俺の腕をつかみ女の子が俺を見上げてきていた。
少女は何かを請うように俺を見つめてくる。
腕に触れられているその手が震えているのがわかった。
俺は萎えていた気持ちをムリヤリ奮い立たせる。
(今、村人を襲ったモンスターか何かが居るのは確実だ。
俺に剣を渡してきたって事は、その襲撃してきた何かをどうにかして欲しいってことで間違いないはず。
ならその期待に答えれることができれば、あの嘘は嘘じゃなくなるはず。
それに、世話になっている女の子も怖がってるんだ。すこしは恩返しできるよう、そしてカッコいいところを見せれるよう頑張れ、俺!)
そんな打算的な思考と勇気を振り絞って剣を持ち上げて村人が出てきた方向を見る。ゲーム的に考えたらモンスターが村を襲っていると考えるのが自然だろう。
どんな凶暴なモンスターが出て来るのか、恐怖心を無理やり押さえつけ覚悟を決める。
(最悪、モンスターを退治できなくても、追い払えればいい。)
だけど、茂みを揺らしそこから出てきたのは凶悪なモンスターではなく、剣を持った左目に眼帯を着けた人間の男だった。
「――え?」
間抜けな声が出てしまう。モンスターを予想していたのに出てきたのは人間だった。
(村人を襲ったのはこの男なのだろうか?状況だけを見ればそうとしか考えられない。俺は、人間と戦わなければいけないのか?いや、モンスターよりも人間のほうがマシだと考えるべきなのか?)
予想外の相手に俺が呆然としていると、村人の男性1人が斧を振り上げて眼帯の男へと突撃していった。
眼帯の男は、村人に左手をかざし何かを口ずさむ。次の瞬間、掌から火の玉が放たれた。それはどう見ても魔法だった。
火の玉は突撃した村人に当り轟音を響かせて爆発した。さっき聞こえた音はこれだったのか。
魔法を受けた村人は、火で服と肌を焼かれ、爆発の衝撃で体制を崩しふらつく。そこに容赦なく、眼帯の男の剣が振り下ろされた。肩口からバッサリ切り裂かれ、腰の辺りで剣は止まる。
眼帯の男は村人をけり倒して剣を引き抜く。鈍い音がし、倒された村人から血と内臓が飛び散った。
初めて見た魔法だなとか、ここはやっぱりファンタジーな異世界なのか、とかそんな考えが浮かび、そしてそれらを血溜まりと内臓の赤色が死という恐怖がゆっくりと塗潰していく。
(――なんだこれ?死んだ?人が?殺された?殺され、殺される。俺も死ぬ。殺される。死ぬ。死、死にたくない、死にたくない!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤダ!)
気がつけば、俺は剣を投げ出して眼帯の男に背を向けて走り出していた。逃げ出していた。
女の子へと恩返しだとか、村人の期待に答えるだとか、逃げた後どうするだとか、どこに逃げるのかだとか、そんな事は考えていられない。考えられない。
俺は走った。ただあの村人を殺した眼帯の男から逃げるために、夜の森へと走った。
松明を持っていないから足元どころか前もよく見えない。それでも目の前で起こった『誰かに殺される』という恐怖から逃げるため体を必死になって動かし、走って、走って、走って――・・・すぐに何かにつまづいて転んだ。
倒れた体を起そうとして、誰かに右手を取られ背後から押さえこまれる。
捕まったのだと理解するのにそんなに時間はかからなかった。
おそらく、いや間違いなく眼帯の男の仲間だろう。きっとこの村はあの男が現れた時点で囲まれてたんだ。理由はわからないけれど、それなりに人数の居る村を襲うのだから徒党を組んでいて当然で、そんな事に今になって気付いた。
「く、くそっ・・・。」
何とか抜け出そうと力を入れてみるも、ビクともしなかった。
反抗しようとした俺は脇腹を殴られ、そのまま両手を背後に回され地面に押さえつけられる。それでも抵抗を止める訳にはいかない。殴られて痛む体に力を込める。
(こんなところで死にたくない。死んでたまるか。)
すると男はナイフを抜き、見せ付けるように俺の顔ギリギリの場所へ突き刺してきた。
村人が殺された瞬間が脳裏を過ぎる。これ以上抵抗すれば殺すと、言葉など無くても伝わってくる。
俺は・・・もうどうする事も出来なくなった。恐怖で体は震え、力が抜けていく。
諦めて、恐らく山賊か何かだと思われる男に素直に従い、引っ張られるまま村まで連れ戻されるしかなかった。
◇
村に戻って最初に目に入ったのは、さらに増えた血溜りと村人の死体だった。
あまりの光景にいよいよ我慢できず、俺は激しく嘔吐する。ビチャビチャと音を立てて胃の中身を、吐き出して、吐き出して、吐き尽くしていた。
生き残り、俺と同じように縛られていたのは女の人達と赤毛の少女、そして村長と一緒に居たお兄さんだった。やはり抵抗したのか、お兄さんは鉄枷をされており、体は傷だらけになっている。
後の老人や他の男の人達は全員、物言わぬ姿にされてしまっていた。
山賊達は全員で6人のようだった。
俺達は村の中心に集められる。
眼帯の男がリーダーのようで、自分を含めた3人を見張りに残し、残りの3人に村の中を荒らさせ始めた。
(これだけ村人を殺して、捕らえ、まだ奪うつもりなのか。)
捕らえられた俺たちはどうなるのだろうか。盗賊達の労働力として働かされるのだろうか。
女の人達は・・・・・・やめよう、考えたくも無い。
しばらくして、盗賊達の目的のモノが見つかったようだった。
それは子供2人。
(子供?子供なんか捕まえてどうする・・・もしかして・・・・・・!)
そこで俺は、ようやく盗賊達の目的に気がつく。
彼らは、人身売買の為に、人攫いの為にこの村を襲ったのだと。




