10 印を持たない奴隷
さて、昨夜の講義にあったスキルの習得に必要なのはなんだったか?と思い出してみる。
『実際に体を動かして技術を覚えていく』
そう、これだ。つまり練習を、鍛錬を、研鑽を積めということだ。
で、それをして貰うって話を俺は確かに聞いてた。聞いてはいたのだがやはりどこか甘く見てたというか、楽観視してたというか、まぁ要するにそんなに難しくも厳しくも無いんじゃないかと思っていた。
「もう一度だ!
何でそうなる!?しっかり見ろ!
こうだ!こう!」
俺に怒鳴りつけるように木の棒を振っているセシルさん。
まだ薄暗い早朝に叩起こされ、「早速剣術を覚えよう。」と木の棒を渡されて剣を使う練習が始まった。
最初、持ち方から入って次に構え方という流れで、その二つは問題なく、むしろ褒められて合格を貰ったのだが、素振りをはじめてから雲行きが怪しくなった。
穏やかだったはずのセシルさんの声が次第に険しくなり、今はもう怒鳴り声だ。
彼女が素振りをして手本を見せてくれているが、ものすごい速さで振るわれているぐらいしか俺にはわからず、それを真似しようと両手で力一杯棒を振り下ろす。が、何か間違えているのか「だからそうじゃないって言ってるだろ!」と怒鳴られる。これが繰り返されていた。
「だからっ!それだと力みすぎてて棍棒なんだよ!もっとこう、柔らかく振るんだ!」
「こ、こう?」
「違う!なんだそれは!?力を抜いてフラフラ振ってるだけだろうが!」
「ええ?でも力みすぎって・・・」
「加減しろ!0か100かしかないのか君は!
いいか?こうやって・・・・・・こうだ!」
「こう?」
「違う違う!こうだ、こう!」
もう、わけわからん。
俺はセシルさん素振りを見て真似しているつもりなのだが、まったくできていないらしい。
力を抜くとふらついてると言われ、力を込めると硬すぎると言われ、俺はどうしたらいいのか・・・。
『こんなもんかな?』とある程度力を調節してみるも、どうにも上手くいかない。
結局、日が昇りきって「もういい・・・。」とセシルさんが諦めるようにして最初の練習は終わった。
◇
宿屋へ戻り、朝食を済ませてから俺とセシルさんは街へ出かける事になった。
『ダンジョンへ行く。』と、言うのは簡単だが、実際に行くには色々と準備が必要になる。
武器防具は当然として、食料や水、傷薬や毒消し、照明として松明等々、一部を挙げるだけでも色々な物が必要になってくる。
長年こちらで生活しているセシルさんは消耗品の補充だけで済むが、俺はそうはいかない。
服は昨日買って貰っているので問題ないが、武器防具は無いし俺の分の食料品等を入れておく為の袋なんかも当然必要。
俺は戦わないので武器は要らないんじゃないかと思ってそうセシルさんに言ったが、万が一の時に武器が有るか無いかなら、やはり有った方が良いとの事だ。
なんか、外堀から俺が冒険者になるように仕向けられているようにも感じるが、俺に選択権は無いようなもんだし、買って貰う側なのに文句を言うのもどうかと思うので素直に従うことにした。
市場を回り、セシルさんは手馴れた様子で買い物を済ませてゆく。
俺は後ろに付いて荷物持ちだ。
まぁほとんどが俺の為の物なのだし、荷物持ち程度はお安い御用なのだけれど、それとは別の問題が俺の精神をゴリゴリ削っていた。
行く先々の店で好奇の目で見られるのだ。
出掛ける前にセシルさんから
「街で行動する間は翻訳魔法を切らさないように。奴隷の立場はハッキリ言って悪い。
一応わたしの所有物という扱いではあるけど、君にいきなり話しかける人も居るかもしれない。その時に言葉が判らないせいで、余計な言掛かりをされたりしたら面倒だからね。」
と言われていた。
俺は素直に従って翻訳魔法を切らさないようにしているのだが、そのせいか周りの声が否応無しに聞き取れてしまう。
「おい、セシル卿が奴隷をつれてるぞ。」
「それも若い男だ。」
「見た目は普通ね。人間族かしら?」
「黒髪だぞ。魔人族のハーフとかだろ。」
「レベルは低そうだな。愛玩用か?」
「いやいや、あのセシル卿だぞ。何か特別なスキルでもあるんじゃないか?」
「そんな感じには見えないがなぁ・・・。」
そんな感じに言われているのだ。
別に悪く言われているわけじゃないのだけど、行く先々で注目され続けるのは辛い。とても辛い。
あと、聞こえてきた中に少し気になるものがあった。
「あれ?あの奴隷、印無しだぞ。」
「お、ホントだ。セシル卿の奴隷で印が無いってなると・・・盾か?」
「いやいや、盾ならもっと他に・・・」
こんな感じの会話だったのだけど、気になったのは『印無し』というところだ。
奴隷である自分に『印』が無いと翻訳された訳だが、一体何のことなのかさっぱりだ。首輪はしっかり付けているし奴隷としての目印ならコレが役割を果たしていると思うし、あの会話の感じだと、多分奴隷ともう1つ何かの印が有るんじゃないかと言うとこまで考えて、そこで行き詰った。
(奴隷に付ける印・・・・・・無くてセシルさんの奴隷だと盾・・・情報が少なすぎてサッパリだ。)
そこで次の店に向かっている途中に、俺は思い切ってセシルさんに聞いてみる事にした。
「セシルさん、印無しって何か知ってますか?」
「知ってるけど・・・どこでそれを?」
「えーと、店を回ってる時に周りの人達が話してるのが聞こえてですね・・・。」
「ああ・・・なるほど。」
そう言ってセシルさんは口に手をあて少し考えた様子になる。
なんだろう、俺に聞かせたくない内容なんだろうか?
「ん~・・・もうちょっと後で説明しようと思ってたんだけど、まぁいいか。」
セシルさんは立ち止まり、俺に左手を、正しくは左手の甲を見せてきた。
そこには白く半透明な、剣と蝙蝠の羽の様な紋様が描かれていた。
「これは魔法刻印って呼ばれるものなんだ。ゲームとか漫画なんかで似たようなの見たことない?」
「あります。えーっと、何か特別な力が得られたり、代々魔術師の家で受け継がれてたりっていうような、そういうのであってますか?」
後は何かとの契約の証だったりとか。
いや、奴隷にもあるものみたいだから違うか。じゃあ・・・なんだろ?
「いや、そんな大それたものじゃないよ。
これは三つの国の内どれかに属した時に右手に刻まれる、そうだね・・・住民票みたいなものなんだ。
国によってそれぞれ異なる紋様になってるからコレを見ればどこの国民か一目で判るって訳だね。
つまり『印無し』っていうのはこの魔法刻印の無い、この大陸の大半を支配する三国の内、どの国にも属していない人を指すんだ。」
なるほど・・・ん?あれ?
「セシルさんが今見せてくれたのって左手ですよね?」
「うん。一部の特別な人には左手に刻印がされるんだよ。」
「特別な人?」
「大体は貴族がそうだね。後は近衛騎士とかになると左手になるかな。」
「セシルさんは貴族なんですか?それとも騎士?」
「一応貴族って事になってる。ま、わたしにとっては迷惑でしかないんだけどね。」
「え?」
迷惑って、貴族なのが何故?
セシルさんは「歩きながら話そうか。」と、歩き出し、俺はそれに続いた。
「貴族・・・というかこの左手に刻印があるとね、なんて言うか・・・まぁ待遇が良いわけなんだ。だけどその分、国からの拘束がキツイ。
1度左手に刻印を持ってしまえば余程の事が無い限り、他の国へ移籍することも出来ない。国の危機には必ず駆けつけなければならない。普段特別扱いなのだからその責務を果たさなければ、それは罪になる。
要するに、これはわたしをこの国へ留める為の鎖なんだよ。」
そう自嘲気味に言いながら、セシルさんは眉間にしわを寄せていた。
「わたしがただの冒険者だった時、国からの依頼で戦った時の褒美だとかでね、近衛騎士団への入隊をって言われたんだ。
だけどわたしの目的の為には、冒険者のほうが都合がよかった。それで断ったんだけど、わたしが他の国へ移籍されるのを恐れたのか、強引に貴族の位を押し付けてきてね。仕方なく今まで通り、自由に冒険者をやってもかまわないという条件でそれを受けたんだよ。
後出しで、普段は自由にしてもいいけど緊急の時や罪科に問われた時は貴族の扱いだって言われたけどね。まるで詐欺だよ。」
左手の刻印を見ながら吐き捨てるように言ったセシルさんは、少し悲しそうな顔をしていた。
しかし、すぐにその表情は鳴りを潜め、「そうそう、それより」とこちらへ話しかけてくる。
「刻印について黙ってた理由なんだけど、この刻印はステータスの名前で登録される。偽名を名乗る事は罪に問われるから、君はまだこの刻印を持つべきじゃないと、そう判断して黙ってたんだ。」
「?どういうことです?」
偽名うんぬんって何か関係あるのか?
「君のステータスでの名は『ガゼル』だろう。刻印を持ってしまえば君は『カズキ』と名乗る事が罪になってしまう。少なくともこの世界、この3国に居る間は。」
「そんなの、人前でだけ気をつけてればいいじゃないですか。」
セシルさんは首を横に振った。
「この刻印は犯罪を感知して色が変わるように出来ている。今は白いだろう?コレが黄色、オレンジ、赤と変化するんだ。
黄色ならしばらくすれば元に戻る。オレンジは行政の施設に行って申告と罰金等で戻る。赤は憲兵がすっ飛んで来る。」
「すっ飛んで来るって・・・。」
「大きな街だと全体に結界が張ってあって、赤い刻印は位置が特定されるんだ。赤は重罪人の証だから憲兵は即座に、捕らえに動く。」
「何それめちゃくちゃ怖いんですけど・・・。」
「まぁ、ちょっとした軽犯罪程度なら、感知の判定はそこまで厳しいわけじゃない・・・というか5年暮してみてガバガバじゃないかって思ってる。
けど、偽名はダメだ。いくらガバガバと言っても流石に重罪扱いのものはすぐに感知されると思う。一発で赤色になるだろうね。」
うーん・・・確かにこっちに居る間ずっとガゼルと名乗らなければいけないのは少し嫌だ。だけどあくまで少しだ。
別に一生それで過ごすわけじゃないんだしかまわない様な気もする。
「そもそも何でそんなに偽名が重い罪になってるんですか?何て言うか、イマイチ納得できないんですけど。」
「元は貴族の名前を騙るバカが好き勝手やったのが原因らしい。それまでは偽名なんてさして気にされてなかった。
ただ、その事件で少なくない被害が三国で出てね。それから偽名が重罪になったんだとか。」
「じゃあ、貴族の名前を名乗るのはってことにしておけばいいと思うんですけど。」
「たぶんこの刻印にそこまでの精度が無かったんじゃないかな。だから偽名そのものを禁止したんだと思う。実際のところ何を基準に判定してるのかは分からない。けど、試す訳にもいかないからね。」
なるほど。穴があるかも知れないが、試してみてダメだった場合のリスクが大きいのか。
偽名を使わなければ良いだけなんだから、態々リスクを犯す意味もないよな。
ただ、俺の場合は登録される名前が自分の名前じゃない。だから刻印を持ってしまったら、こちらの世界に居る間はずっと『ガゼル』を名乗らなければいけなくなる。
何を基準に判定しているか分からない以上、セシルさんも俺をガゼルと呼ぶようになるだろう。
「要するに、こっちに居る間名前が変わるだけですよね?だったら別にかまわないですよ。」
そう、別にかまわない。こっちに居る間だけなのだから。
刻印が国民登録の証なら、多分あったほうが良いんだろうし。
しかしセシルさんは、俺の答えを聞いて睨みつけるようにこちらを見ていた。
「君は少し短絡的だね。この世界に居る間だけと言っているけど、まだ帰る方法どころか帰れるかどうかすら分からないんだよ?
もしかしたら君は一生をガゼルとして生きる事になるかもしれないんだ。少し考えた方がいい。」
「あ・・・は、はい・・・。」
結局、それ以上セシルさんは何も言わず、俺もなんだか声をかけづらくなってしまい会話は終わってしまった。
少し気まずい雰囲気になってしまいどうしようかと思っているとセシルさんが立ち止まった。
「ここに入るよ。店主は少し気難しい人だからくれぐれも余計な事は言わないように。」
それに頷いて答え、セシルさんと共に、鍛冶屋へと足を踏み入れた。




