会食と宣言。それと初めてのアレ
赤髪ちゃんはイライザと名乗った。種族は悪魔で小悪魔級らしい。いまいち良く判らないけれど、そういう階級らしい。
どうもまだ現実として捉えられていないみたいで、まるで漫画かゲームのようだ、なんて思ったりした。
イライザに先導されて、巨人でも通れる幅の広い通路を歩いていく。古いようで新しい、何とも言えない心地で改めて城内を見渡す。
天井には石のようなものが張り付けられてあって、光っている。蛍光灯代わりなのだろうか。
それは等間隔に並び、全体をまんべんなく照らしている。人工の明かりよりも、どことなく太陽などの光に近い優しげな輝きだった。
「到着しました。ここが食堂となります」
イライザが一礼してから、恭しげに扉を開ける。純白のテーブルクロスを引かれた長机には所狭しと料理が並んでいた。
「ようこそミヤ。さあ、こっちに来て一緒に食べよう」
先輩は手招きをして、自分の隣を進めてくる。いわゆる上座と呼ばれる席で、私は重鎮と思われる異形の数々に見守られながら、慣れぬ手つきで食事を開始した。
「ミヤ、無理してテーブルマナーを気にしなくてもいいよ。向こうじゃ楽しく食べるのが一番だってよく知っているから」
「そ、そんな事言ったって。先輩マナー完璧じゃないですか」
「はは、流石に何年も生きていないよ。それに一応王様だしね」
爽やかスマイルに完璧な所作。惚れないわけがないじゃないですか!
しかし気まずい。何がと言うとこちらを見てくる重鎮の皆さんの視線が。黒マントに八重歯の長いいかにもヴァンパイアって感じのイケメンはあからさまに「これなら私の娘の方が何十倍も相応しいわ」とか聞こえるように呟いてるし。
私の機嫌を伺うようなのは少数で、殆どは品定めするような目線で、蔑むようにひそひそとやっている人? 達もいた。
あー料理おいしー。
料理に舌鼓を打つことにした。先輩もそんな私を暖かい目線で見守ってくれている。
「ミヤって結構健啖家なんだ」
「ふぇっ!? い、いやその」
食いしん坊キャラだって思われた-!? どうしよう、乙女としてはどうなんだそれは。
「美味しそうに食べる姿って、可愛いよね」
はいオッケー! 許された!
とはいえ流石にもりもり食べるのはエトセトラの皆さんの視線がアレなので上品に食べることにする。ああ、魚介のマリネ美味しい。
食事が一段落し食後のコーヒーを飲んでいると、ルキフェル先輩は(人間にしては)高い背をぴんと伸ばし立ち上がった。そして辺りを見回してから皆のもの、と声を掛けた。
「今宵は良く集まってくれた。魔王領の王として皆に感謝をする。今日集まって貰ったのは他でもない。ここにいるミヤ、壬生屋宮子を俺の嫁とするために俺は旅だった。そして今日、正式にミヤを俺の嫁とすることに決定した。本人からも承諾を取っている」
なあミヤ、と訊ねる先輩に私はおずおずと頷いた。
「見ての通りだ。諸君の中には納得のいかない者も居るだろう。だがこれは決定事項なのだ。事は魔王領の存亡に関わる事だ」
え? 何それ聞いてない。
呆然とする私を他所に先輩は朗々と場の人たちに述べた。
「予見のメイパ・ロルア。魔族の母とも呼ばれる彼女は一つの予言をした。百年後、勇者と呼ばれる神子が魔族を根絶やしにするだろうと。無論俺とて負ける気はない。神ならまだしも使徒程度相手にもなるまいと考えている。だが彼女の予言は類を見ないほど正確無比であったのもまた事実。故に俺は彼の世界へと舞い戻った」
動揺を隠さないお偉方。彼の世界って私のいた世界って事? 台詞だけを切り取ってみればなんという中二ワードだろう。予見のメイなんとかとか。
勇者と言うことはここはある意味テンプレートってことなのだろうか。
口を挟もうにも超展開が続くせいで何も言えなかった。ここはおとなしく聞き役に徹することにする。
額に目が付いている褐色の筋肉さんが声を張り上げた。
「魔王様! そこまでの事態なのですか。危険を冒してまで、かつて貴方を追放した神の座す世界に行ってまでとは!」
「ゴゴル、俺の知っている世界では最も位の高い世界だ。そしてもちろん安全策はとってあった。ミヤのいた国では八百万の神が存在している。故に奴の干渉も少ないと考えた。それは当たったようだ。しかも協力までしてくれた」
先輩は私の方を向き、ウインクを送った。唐突に胸を鷲づかみにされたような感覚になる。真面目な話の中にやっちゃうなんて茶目っ気ありすぎですよ先輩!
「ミヤは神子だ。しかも彼の国ではかなり高位に位置する。おそらく家系なのだろう、血筋そのものに神が宿っていた。引き合わせてくれたのはその神だ。一神教とは違い土着の神の系統でな、個々の力は弱いが多数の神によって創られたシステムが全体を活性化させている」
ここら辺から正直何を言っているか解らなくなってきた。だって私無宗教ですし。
年明けにはお参りに行って、教会で結婚式を挙げ、葬式にはお経上げて貰う国の生まれですし。ディープな神様語りは話題にすら上がらないなあ。
でも土着云々は当たっているかも知れない。
おばあちゃんから代々祀っていた壬生屋家の守り神様がいるからっていうんで毎年彼岸とお正月にはお参りしていたし。
正直細かいことは良く判らなかったんだけれど、運は結構良かったりする。
そんなものなのか、程度の認識だったから、神子とか言われてもぴんと来なかった。
その後も色々と先輩は熱く語っていたけれど省略。要点だけをかいつまむと。
『私、壬生屋宮子は神様の宿る神子である』
『八百万の神様からオッケーもらったから連れてきちゃった』
『二人で子供を作ってその子に魔王領を守らせよう。多分大丈夫って予見者が言ってた』
らしい。
ってこれ全然省略しちゃ駄目でしょ! 大事だよ! 主に三番目が省略しちゃ駄目だよ! ヴァンパイアさんがむっとした表情してるし、数少ない女性陣はこの世の終わりみたいな顔してるし。
ああ、なんかとんでもないことに巻き込まれたらしいと実感。今更だけど。
「そんなこんなで俺はミヤと結婚する。異論は認めん。以上」
そんな騒然とした空気の中、ルキフェル先輩は余りにも男らしい一言で締めくくった。
そして私の腕を取る。え?
先輩は私の耳元で囁くように言った。
「ミヤ、気が変わった。やっぱり俺の部屋に来い」
「ふぁっ!? え、えええとその」
そのまま私は引きずられるようにして食堂を後にした。視線にさらされるやら恥ずかしいやらでもう今日は休みたいと切に願っていた。
先輩の部屋につくと、私はキングサイズのベッドに押し倒された。
混乱する頭をよそに、先輩は夕日に照らされた校舎裏の時のように、両腕で私を挟み込んだ。
私、下。
先輩、上。
どうみてもマウントポジションです本当にありがとうございました。
「ミヤ、失望してる?」
食堂で演説をぶった堂々たる姿が嘘のように、先輩はどこか不安そうな口調で言った。
「何が、ですか」
「さっき言ったこと。ミヤをさらった理由」
はっとした。そうだ、見方に寄れば私は人身御供のような役割だ。
確かに、無理矢理連れてきて子を産めと言う。しかもかなり無茶な理由で。
普通なら拒絶してしかるべきだ。
そう、普通なら。
だから私はこう言ってあげる。
「問題ないです……先輩ですから」
「ミヤ……?」
出来るだけの笑顔を。安心できるだけの言葉で。
「先輩とだったら、どこにでもいけますから。確かに怖くないと言ったら嘘になりますけど……でも、嬉しい気持ちの方がずっと強いんですよ」
私は彼の頬をそっと両手で包み込んで。
「ずっと好きでした。そしてこれからもきっと好きであり続けます」
息を吸う。
「結婚、しましょう。先輩」
そう言った後の先輩の顔は、この上なく不細工で。けれど、今までで一番愛おしい表情だった。
どちらともなく私達はぎゅっと抱きしめ合った。暖かくて、心地よかった
。触れ合った肌からは、先輩の香りがした。肺一杯に吸い込んだのは、ちょっと変態に過ぎるだろうか。
擦れるような声で、先輩は囁いた。
「実はさ、さっき言ったのは全部言い訳なんだよね」
「じゃあ、なんですか」
何となく判った。それでも先輩の口から直接言って欲しくて、私は続きを促す。
「理由なんて全部建前。俺は唯単純に、ミヤのことが好きなんだ」
「えへへ、やっと言ってくれましたね」
くすぐったくも心地良い。耳朶に響くその声が、愛おしくて。
「そうだっけ? じゃあ何回でも言ってあげる。ミヤ、大好き」
「私も好きですよ、先輩」
と、先輩は私から離れて、抗議するような視線を送った。
「先輩じゃなくて、名前で呼んでよ」
「え……っと。る、ルキフェル先輩?」
「先輩禁止」
「あー……。ルキフェル。ねえ、私のことも名前で呼んで下さい」
「宮子」
「ルキフェル」
「宮子」
「ルキフェル」
『大好き』
最後の言葉は重なり合って。
「ふ、ふふふ」
「く、くくく」
夜は長く、私達は幸せでした。