その9
「このような夜更けに、何者だ!」
門衛は、突然の夜の来訪者に内心戸惑いながらも、努めて平静を装い、声を張り上げて威嚇した。リドウィッチは、わざわざ険しい山道を踏み越えねば到達できないシャルークの最辺境地である。つまり、ここにうっかり迷い込むものなど1人もいない。来訪者は例外なく、明確な目的を持ってここまでやってくるのである。
今回の来訪者は、数多くの異邦人を迎えてきた門衛が目を見張るほど、とても奇妙な格好をしていた。年齢は20代後半であろうか。よく整えられた髭を生やし、夜の闇に同化するかのような浅黒い肌をしていて、それとは対照的に着衣は上から下まで白装束で固めていた。特に目を引くのは頭の部分で、帽子を白い布で頭の形にそって巻きつけている。武器も異様だった。彼の腰に下げた刀は、真ん中から先までが半月状に不自然に曲がっていた。
こいつは異国の使者だろうか?それとも他の地域ではこのような格好が流行しているのだろうか?門衛が訝りあれこれ詮索したがる衝動に駆られるのも無理もなかった。
門衛に呼び止められた男は、馬の足を止めると、堂々とした声色で、その名を名乗った。
「わが名は、アル=タジャール、カルアラ大司教より特命を受けて派遣された戦士だ。教会より聖遺物を奪い去った賊を追ってここまでやってきた。賊の追捕のため、この地の領主のご助力をお願い申し上げる」
「貴殿がどちらの生まれか知らぬが、客人は日の出とともにやってくるのがマースラのしきたりだ。この地を治めるガゼル伯爵閣下への取次ぎは明日になるであろう」
「では、宿を取って身を休め、日を改めて伯爵閣下の元に参上したい」
「この集落に宿はない。伯爵閣下が客と認めた者には用意された客間に滞在するし、商人達も夜は懇意の住民の住居に泊り込みながら、日中は外で商いに励んでいる」
「こちらは教会より下った正式な命令を帯びて行動している。それに夜に入ったといっても、まだ間もない。今すぐ、伯爵閣下に特例を仰ぎに行っても問題あるまい」
「規則ゆえ、日が昇るまでは、中に入れるわけには行かぬ。実は貴公の方こそ山賊の一味で、内部から賊の侵入を手引きせぬとも限らぬ」
「教会から協力を要請する正式な書類も保持している」
「正規の使者ならなおのこと、規則と慣例の重要性を知っているだろう。夜明けまで待て、わかったか」
「……」
黙り込んだ男の不気味さに気圧されそうになりながら、門衛は再度念を押した。
「わかったか」
「……いや、わかるのはお前の方だ」
「なにを!」
アルは不敵な笑みを浮かべたかと思うと、彼の首と胸の間のあたりが鈍く輝きはじめた。
そして門衛に対してゆっくりと語りかける。
「おまえは、『いますぐ領主の元へ行って、事情を話し、私を中へ入れろ』いいな?」
アルに命じられた門衛は無言でうなずくと、緊急用の合図を門の内側に送り、門を開かせた。そしてアルのほうに「ここで待っていろ」と念を押してから、ゆっくりとした足取りで扉をくぐっていった。
アルは再び扉が閉まるのをおとなしく見守りながら、一言呟いた。
「大変結構」