その4
「それで、読書中の僕に一体何の御用でしょうかな?」
とユアンは威儀を正して、リーザに尋ねた。数年来の付き合いとはいえ、彼女は領主の娘で、自分は平民である。
「お父様からの伝言を伝えに来たの。『あとで、執務室まで来るように』って。『どうせ今日も、いつもの部屋で読書しているだろうから』って言われたけど、本当にその通りだったわね」
「あとで?伯爵閣下は今はどちらへ?」
「外で農作業中よ……、それとその『閣下』って止しなさいよ。お父様は、そういうの好きじゃないんだから。」
リーザはそう言いながら、ユアンの存在を特に意識する様子もなく、その美しい前髪をいじり始めた。
ユアンは、もはや見慣れたリーザの整った顔立ちや、その不調法は気にならなったが、ただ、その白い指に触れて、前髪が揺れるたびに見え隠れする、額に埋め込まれた宝玉のみが気にかかった。
……宝玉の色は「赤」
洗礼とともに人の体に埋め込まれる宝玉の色は、数多く存在するが、現在のシャルークではその色の違いは基本的に何の意味もなさない。しかし「赤」のみは例外であった。赤は、王族とそれに連なる一部の上級貴族のみが許される色であった。
農奴を持たず、自ら畑仕事にいそしむことも厭わず、休日は書庫をユアンのような平民に開放し、陳情にやってくる領民の言葉に親身になって耳を傾ける領主の姿は、一般的に想像される「尊貴にして威厳溢れる伯爵閣下」とは大きくかけ離れていたが、実際に彼と彼の娘の額に輝く赤の宝玉を目にするたびに、二人はやはり別世界の人間なのだ、とユアンは実感するのだった。