日本酒の会社って、どうなのよ?
『君の原稿で本を出せ、と?』の続編くらいな位置づけですか‥‥
僕には自信なんて全くないほうなのだが、有り難くはないことに、2つのことに関しては絶大なる自信がある。
ひとつは、女の人をたまに口説くこともあるのだが、最後は必ず、デキのいいイリュージョンを見てるかのように、忽然と目の前からいなくなってしまうこと、これには自信がある。
それに輪をかけて自信があるのは、原稿を出版社にもっていって見てもらい、「おっ!これは売れるねぇ、ぜひウチで出版させてほしい」と決して言われたことがないという自信もある。
典型の一つが、すでに投稿してます作品、『君の原稿で本を出せ、と?』である。
ある日、目線を変えてみることを考えた。何も出版社だけが出版という事業をやっている訳ではない。
文化の重要性にいち早く気づき尽力し続けている会社だってあるではないか。
僕の敬愛する作家も、そんな会社に縁があったと聞く。
ずばり、誰でも知ってる日本酒の酒造メーカー『男の誉』社である。
兵庫の西宮に本社があり、社長さんがよく口になさるという、「トライしなはれ」という台詞は特に有名である。
社内で新しいアイデアを募る場合にもその台詞は引用され、何もやらない社員よりも、トライして、挑戦して、それで失敗しても評価が減じられることはないという伝説は、経済誌のみならず、一般誌でも具体例とともに読むことがある。
デビューという言葉は気恥ずかしくもあり、いささかトウも立ってしまったが、よし、日本酒メーカーからデビューしようと考えた。
最初から一冊の本なんて思い上がる訳もなく、酒にまつわる短編小説を書き、社内報に載せていただく‥‥そのくらいからなら、若干の、若干の、若干のチャンスはあるのでないか。社内報が無理でも、何か活路を示唆していただけるようなことだってあるかもしれない。見る目のある方に読んでいただいたら、ちょっとしたエッセイなんか執筆を依頼され、たまたまそれを見る目のある方に評価いただき、ちょっとした連載をいただき、またそれがどなたか素晴らしい人の目にとまり、東京の出版社に呼ばれ、
僕が書けるテーマなどを問われ、執筆を依頼されないとも限らない。
「夢に向かってつっ走れ」
僕の座右の銘にしよう。
切っ掛けとなってくれるはずの酒造メーカーは「トライしてみなはれ」と応じてくれる‥‥‥はずだ。
僕は、酒にまつわる短編小説を十本程度書き上げ、それから『男の誉』社にコンタクトをとることとした。いきなり送りつけるなんて無礼は慎まなくてはならない。
今までさんざん聞かされたことと言えば、
「一般の方のそういう作品に目を通すことはございせん」
「忙しく、暇もありません」
「あなたのおっしゃるような仕組みがないのです」
でも今回は初めて、「トライしましょう」
と言われるのではないか。
思い出した。この酒造メーカーに関係のあるエッセイストが書いてらっしゃった『不易流行』についての論文に感銘を受けたこともあったのだ。
僕は先ず、西宮本社の広報に電話し、短編なんですけど読んでいただけますかと問うと、そのような話でしたら東京本社に連絡されては如何でしょう、とのこと。
気をとりなおし、早速東京本社に電話した。上京しろと言われる日も近いのかもしれない。
電話の受付け嬢に趣旨を話すと、「私から、しかるべき担当の部署にまわしますから、そのような原稿ありましたら、とりあえずは私に送ってください」
と言われた。
僕は作品を受付けの彼女宛に郵送した。
一週間後くらいに、すぐに上京しろ、と言われる可能性もあるかもしれないが、どうだろう?
お忙しいはずだから、そんなことはないか‥‥
次の週も何もない。
返送されないところを見ると、ご検討いただいているには違いない。即刻「没の印」を押され返却されることも珍しいことではない。
何も連絡がないまま3週間余りが経過し、シビレを切らし‥‥‥とは嘘である。向こうから返事が来るなんてことは、ほぼ絶対にない‥‥‥東京本社に電話をした。
受けてくれたのは、当然、若くて綺麗な声の女性で、おそらく最初に話をした人と思われる。
「ああ、原稿を送っていただいた方ですね」
「そうです、そうです。どんなご様子ですか?何か反応、ございましたでしょうか?」
「‥‥‥あのぉ、少々お待ちください」
『あのぉ』が僕の耳には、若干暗く響いたが気のせいだろう。
待つこと三十秒余り。
「ああ、お電話代わりました。私、戦略広報の中田でございます。この度は原稿を送ってくださり有難うございました」
受付のお嬢さんと同年代の女性と察せられた。
「で、どうでした?面白かったですか?」
「はい、はあ。ですが私どもの現状といたしましては、お付き合いのない方からこのような原稿をせっかく送っていただいてますのに、それを出版するとか、
何かに掲載するというようなことはやっておりませんので、誠に恐縮ですが‥‥」
「そのようなルートがまったくない、ということですね?」
「はい。限られた予算でやってます都合上‥‥」
幾度も聞かされてき続けた台詞‥‥デジャブ現象ではないか。
「わかりました。『どうもお騒がせしました』と、この電話を切ってもいいのですが、どれか印象に残った短編ございましたか?」
「いや、そのう」
「あれ?中田さん、ですよねえ、中田さん、読んでいただいたんですよね?」
「はい、それは、一応、限られた時間の中でしたが‥‥」
何かが、はじけた。
「それ、何?‥‥斜めに読んだけど、つまらない、広報誌に掲載するほどのことでもないと中田さんが判断なさったということですね」
「ええ。いや、決してそういったわけでもないのですが‥‥」「いやね、中田さんのお声聞いてると、結構お若い。そうねぇ、三十歳くらいかな、その手前かなとも思うのよ。その貴女が余り時間かけずにサッサッと読んで、つまらんから載せられないと判断なさったのね?」
「いやいや、必ずしもそういうわけでは」
「でも、おっしゃってる内容をかいつまんでみるとそんなところになってしまうじゃない。
貴女より、もう少し話の、その、話って小説の筋とか出来とかそんなことなんだけど、もう少し話の解りそうな上のヒトに読んでいただくわけにはいかないんでしょうかねぇ」
すでにこの段階で、いや、最初の数秒でこの商談(?)が首尾よく終わらないのは百も承知していた。
無駄あがき、悪あがきであることも自覚していた。
「そういうことでしたらoo課にご相談いただくほうがいいのかもしれません」
「あらあら貴女、お役所仕事のタライ回しじゃないんだから、貴女が上のヒトに持っていけばいいじゃないの。僕だってまた始めから自己紹介したりするのも面倒でしょう?」
「はい、ではそのようにとりはからいますけど、結果的には同じことになるかと思いますので期待しないでくださいね」「おいおい、君の会社は不易流行とか標榜してるじゃないか。文化を育てるようなイメージも売りにしてるじゃないか。君が、『はい、そのようにとりはからいます』と応えれば、僕は『お願いします』と言って電話を切ったと思うよ。だけど何?それ。期待するなって。そんなネガティブな文句を最後に言われて、こちらの気分も悪くなるじゃないか。少なくとも文化の香りも商売なんでしょ?あんたんとこの会社。いつも社長さん、『トライしなはれ』言ってるん違うの?」
べらべらとまくしたてながらも頭の片隅で考えていた。
中田さんが悪いということもないのである。
「男の誉」社が悪い訳でもないはずだ。
僕だって、そんなに悪くはないと思いたい。
むしろ、『文化の香り』。そいつが悪いんだ。その元凶は『余裕なき社会』なんだ、たぶん‥‥
それでもスーパーで日本酒を選ぶ時、やはりどうしても「男の誉」社の製品には、なかなか手が届かない。
中田さんとの会話を記述しながら、改めて「閉塞感」を覚え、少しばかり息苦しくなってきました。デフレのせいだからだ、と思いたいです。




