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殲剣伝  作者: NOCK
第一部 『落伍者』
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第六話 <過去編>

「主竜降臨の儀?」

「ああ、今朝王家から告知されたクエストだとさ。どうやら、王女殿下の主竜がついに降臨なさるらしいぜ」

 愛槍の手入れをしながら、ジャカが今朝方、酒場の親父から聞いた噂を説明した。いつにも増して街の喧騒が大きいのは、その告知が広まっているかららしい。それほどまでに、そのクエストの話題は国民を沸かせているようだ。


 レンマたちが住む国、陽竜国セリウ。この名は文字通り、この国が竜の加護によって反映してきた事に由来する。

 セリウ国の王族は、一人一人に、一生のパートナーとして、『主竜』と呼ばれる竜族が、太古の王家との契約により竜神から遣わされる。主竜は王族の盾として、剣として彼らの力となり、また、友として、時には配偶者として王族と共に一生を歩むのである。

 現在も、皇后陛下の主竜である『厳格なる竜』と呼ばれる竜族エニロスは、宰相として敏腕を振るっている。まさに、陽竜国セリウの象徴、それが主竜と王族の関係なのである。

 『主竜』の降臨は、王族の子が年頃になるあたり、おおよそ十代の前半から半ばにかけて行われる。降臨の場は、セリウ王国の中でも二番目の規模を誇る『竜迷宮』。その五十階層の大広間に存在する祭壇である。時が来ると、その祭壇に主竜が降臨するのだ。

 今回のクエストは、その祭壇の間まで、今回主竜を賜る王族を護衛する事である。おそらくはこの国に住む冒険者や兵士、騎士達にとって最高の栄誉に違いない。


「すごいな、王家主導のクエストなんて」

 レンマが驚く。一冒険者にとって、王家なんてものは雲の上の存在である。おいそれと相まみえるものではない。そんな人々が。大々的に衆目に姿を晒して、冒険者達と共に迷宮に潜るのだ。確かに、国中が湧くのも無理はない。

「そうでもないさ。実際に主導しているのは、どうせ貴族院のやつらやギルドの上層部だ」

 そう言って、ジャカは皮肉げに口元を歪める。実は、彼の実家『銀狼の家系フェニルル』の一族も貴族院に名を連ねる貴族である。今は家出中の身であるとはいえ、このような時に動いている人々に心当たりくらいはつくのだろう。

 実際に、国を実際に取り仕切っているのは貴族院とギルドであるのは周知の事実である。国の中枢を成す王家を擁護する貴族院と、国の産業の要である迷宮を管理するギルド。それらが権勢を誇るのも無理は無い。

 対して王家はどちらかと言うと象徴的な立場に置かれており、政治に口を出したりすることは少ない。だが、そんな中にあってさえ、国民の王族への忠誠は多大なものがあった。竜と言う神代の幻獣とともに、国を治める姿は国民に取って誇りだった。だからこそ、国中が王家主催のクエストにここまで湧くのである。

 であるからして、今回の護衛に対する申し込みも引けをとらないだろう。事実、今現在も国中の冒険者達がギルドの受付に殺到しているらしい。

 そんなクエストに臨もうとする冒険者たちに目をつけたのか、普段より更に武器防具や魔法薬が売れるとあって、商人たちもこぞってギルド前広場に露天を出している。ギルド前広場は、突如として現れた好景気に湧いていた。


「まるで祭りみたいだ」

 レンマが感心して言う。行き交う人々も興奮した顔で何やら騒いでいたり、踊っていたりする。出店の屋台が立ち並び、色町からは妓女までもが客を呼び込む為に出張ってきていた。

「実際、祭だな。主竜様の降臨ってのは、それだけの大イベントだからな」

 ジャカは目を細めて、街角で客を見定めている妓女の露出した肩や足を見つめている。その表情はだらしなくにやけていた。。


「なに、にやにやしてんだか」

 そんな風に、街行く人々を見やっていた二人に、横合いから声が掛けられる。どうやら、ようやく彼らの待ち人が現れたらしい。

「おせえぞ、二人共」

 やや情けない姿を晒してしまったためか、少々顔を赤らめながらジャカが悪態をつく。

 二人の待ち人、サクラとハララの二人は、そんなジャカの姿を見てくすくすと笑い合っている。

「まあったく、あんな脂肪の塊をぶら下げてる女のどこがいいんだか」

 そう言って、やれやれ、と首を振るハララの身体は紛うことなき断崖絶壁である。スレンダーといえば聞こえがいいが、ジャカに言わせればただの「幼女体型」である。もちろん、口に出せば向かいで売っている串焼きのごとくこんがりと焼かれてしまう為、決して言葉には出さないが。

「ね、サクラもそうおもうでしょ?」

 同意を求められた黒髪の少女は、困惑しながら曖昧に笑う。サクラのそれも、残念ながらハララに負けず劣らず小ぶりであった。

「あー、うん、えと、そういうのよく分からないから」

「またまたー、サクラ。共に貧乳の市民権を獲得しようと誓い合った仲じゃないですか」

「ふぇ!? い、いや、そんなことしてないじゃない! ……ちょっと、ハララ! からかったわね!」

 頬を染めて怒るサクラ。そんな彼女の肢体に、レンマは目を走らせる。

 (まあ、それはそれで悪くないんだけど……)

 そんな風に彼女の身体を見つめている視線に気づいたのか、サクラは自分の胸元を隠すとレンマをきっ、と睨みつけた。

「えっち」

「んあ゛。いや、つい……」

 思わずじっくりと見つめてしまっていたため、サクラに見咎められてしまった。レンマはしどろもどろで言い訳する。

「お、レンマはシーアさんみたいな、ぐらまーな女性が好みだと思ってたけど、こっちもイケる口かい?」

 ここぞとばかりに、ハララがからかってくる。レンマは白髪の少女のにやにやとした笑いと、黒髪の少女のジト目に狼狽しながら、隣のジャカに助けを求める視線を送るが、彼は巻き込まれたくないのか、いやに熱心に愛槍を磨いている。

 ついにレンマは追求に耐え切れずに、無理やり話題を変えた。

「それより、ギルド行ってきたんだろう。何かクエストもらえたのか?」

 あらかさまな、レンマの話題変更に二人の少女はむぅと頬を膨らませ不満を顕にする。

 結局、サクラはしょうがない、と追求の鉾を収めるとギルドの様子をレンマとジャカに伝えた。

「クエストもらう以前の問題。窓口は例のクエストの問い合わせをする人たちでごった返してたわ」

 その言に、ジャカがふんと面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「ったく、王家の護衛なんて大役、そこらの有象無象に務まるわけ無いだろう。どうせそういう役割は、貴族やギルドが内々に選抜してんだよ」

「えっ? じゃあ、ギルドに告知する必要無いじゃないか」

 レンマが驚いて訪ねると、ジャカは槍の穂先を磨いていた布を弄びながら答える。

「宣伝だろ、宣伝。実際、あの告知があった後、国内は未曾有の好景気だ。民の気運を向上させようって腹だろうな」

「ほぁ~、成る程ねぇ」

 ハララが、ジャカの考察に感心する。

「そういう推察ができるってのは、貴族の坊ちゃんだけあるねぇ」

「それを言うな。柄じゃねんだよ」

 一言多い魔術師の少女に、ジャカはこめかみを引くつかせている。

「まあまあ、それより、どうしようか。このまま迷宮潜る?」

 そんな二人をとりなして、レンマは仲間に問いかける。

「まあ、それもクロウが来てから決めようぜ。……しっかし、あいつも遅ぇなぁ」

 クロウは、彼らの仲間の神官だ。つい先日、若年ながら主神オラセウスを奉ずる主神教にて司祭の位を賜った。そのことで、一時期話題になった少年である。

「なんか、教会に寄ってくみたいな事言ってたけど……」

 サクラが昨日のクロウの言葉を思い出す。

「坊主の話は長いって言うからねぇ。もしくは、先日みたいにファンの女の子達に囲まれてたり」

 ハララがにししと笑って言う。クロウは非常に見目がいい。その整えられた金髪と、翡翠の目は、整った顔を更に高貴なものに見せていた。

 つい先日も、教会の司祭の叙任式の際に周りの女性達に良いように弄ばれていた。当のクロウは、「散々だったよ」と零していたが、レンマとジャカからすれば、「羨ましいやつめ」と思うほかない。ちなみに、オラセウスは愛の神なので、男女交際には寛容である。

「あいつも、早くシーアとの婚約を広めりゃいいんだ」

「はは、そうだね」

 ジャカの言に、レンマが頷く。逆に、二人の少女が硬直する。

「……っ」

「……ばか」

 言われて、ジャカは初めて自分の失言に気づいた。

「あ゛、やべ。……すまん。レンマ」

「あー、うん。実際、気にしてないよ。確かに悔しいけど、僕が玉砕したのは事実だからね」

 そう言って、さすがに言葉足らずか、と思いレンマは続ける。

「クロウはいいやつだし、正々堂々競り合って負けたんだから、諦めもつく」

 レンマとクロウは、少し前まで一人の少女に恋していた。ギルドの新人受付嬢、ハーフエルフのシーアにである。二人は恋のライバルとして、お互いに競り合っていたが、先日とうとうクロウが、彼女のハートを射止めたのである。

 レンマも流石に数日は失恋に胸を痛めていたが、今となっては吹っ切れている。しかし、仲間たちは未だに妙に気を回してくるので少し辟易としていた。

「おめぇは割り切るのが早すぎんだよ」

 ジャカは、どことなく呆れた様にため息を吐いた。隣ではサクラとハララも神妙にしている。

 そんな、微妙になってしまった雰囲気の只中に、彼らの待ち人の、たった今話題に上がっていた人物が現れた。

「ご、ごめん。みんな! 教会から出たら女の人たちに捕まりそうになって……」

 いつも整っている金髪はぼさぼさに乱れ、神官服も気崩れていた。

 その様に、全員が目を合わせると、一斉に吹き出した。

「え。え? なんなのさ?」

 神官の少年は困惑して、彼らに問いかけた。


「それで、教会での用時ってのは何だったんだ?」

 ひとしきり、クロウの惨状をみんなで笑ったあと、レンマがクロウに問いかけた。

「あ。うん、サクラに、というより『黎明騎士団団長』に手紙を預かった。何か貴族筋の人からのものらしいけど……」

 クロウは少し憮然としながら、髪を直すと懐に手を入れた。

「手紙?」

「そう。……はい、これ」

 クロウは折りたたまれ、封のされた手紙をサクラに手渡す。封筒自体には、送り主の名前が書かれていない。ただ、黎明騎士団団長殿、と宛名が書かれているだけである。

 サクラは、ナイフで丁寧に封を開くと、手紙を広げた。そして、その手紙の上部に押された印に手を止める。一緒に手紙を覗き込んでいたハララが、それを見て驚きの声を上げた。

「ち、ちょっと、これ王家の印じゃない?」

「な、なんだと!?」

 レンマ、ジャカ、クロウも驚愕する。サクラは少し震えた声で、手紙を読み始めた。

「『拝啓。黎明騎士団の諸君。日頃の諸君の活躍を評し、此度、「主竜降臨の儀」における、陽竜国第一王女、エミリア・リーオベルグ・セリウ殿下の護衛任務に抜擢する。以下の者たちはそれぞれ、定められた機関に出頭し、任務を受けること』……これ、例のクエストの参加要請じゃない?」

「ほ、ほんとだ。こんなことって」

 クロウも驚愕に目を見開いている。

「ついに俺たちの活躍も、上の連中の知る所になったわけか」

 ジャカはさも痛快と言いたげに、膝頭を手で打った。彼は、実家を見返す為に、市井で冒険者をやっているのだ。その感慨もひとしおだろう。

 だが、手紙を読み進めるサクラの表情は、皆の喜びに反して硬くなっていった。その腕の震えが、少し大きくなる。


「『サクラ・ローアン ギルド長室にて出頭の後、宮廷にて叙任式』」

 サクラが手紙を読みあげていく。

「『クロウ・ロウ・エンラール オラセウス教会主教室に出頭の後、宮廷にて叙任式』」

 クロウが頷く。彼が教会に出頭するのは、至極当然だ。

「『ハララ・ヨミネト ジンリュウ魔術学院学長室に出頭の後、宮廷にて叙任式』」

 ハララがうぇ、と顔をしかめる。ここ数ヶ月、学院をさぼって冒険している彼女にとって、最も行きづらい場所である。

「『ジャカ・フェニルル 貴族院フェニルル家本邸に出頭の後、宮廷にて叙任式』」

「ち、そうきたか」

 家出しているジャカに、この内容の命令である。どうやら、実家も放蕩息子に業を煮やしているらしい。ジャカは悪態をついて苦々しく顔を歪めた。

 それぞれ出頭場所が違うのは、おそらくその様に少なからぬ思惑が存在するためであろう。

 ハララも、クロウも複雑な表情でサクラの声を聞いていた。

 そこで、気づく。手紙を見つめたままのサクラの表情が真っ青で、震えていることを。

「サクラ……どうした?」

 心配になって、レンマが言葉をかける。その言葉に、のろのろとサクラが顔を上げた。

「ないの」

「無い?」

 聞き返す。レンマは、嫌な予感がした。

「レンマの名前が、どこにも!」

 サクラが皆の前に手紙を翳した。そこには確かに、連ねられた『四つ』の名前。レンマの名前は、そのどこにも記されていなかった。


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