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殲剣伝  作者: NOCK
第一部 『落伍者』
6/11

第五話

 暗い面持ちで『千客万来』に入ってきたレンマを、ギリンはいつも通りの陽気な挨拶で迎えた。

「やあやあやあ! 旦那、今朝ぶりでございますな。今日は旦那がいらっしゃってから、相も変わらずお客が一人も来やしない。不精この私、キセルの葉ばかり無為に炊くばかりでして、いやいや、お恥ずかしい」

 そう言って、ふと、ギリンはレンマの顔を見る。そして、レンマの様子がいつも以上に消沈していることに気づいた。

「……何かございましたので? いささか、ご機嫌がすぐれぬようですが」

 レンマとギリンは、もう六年になる付き合いである。その間、ほぼ毎日顔をあわせているとなれば、ほんの少しの様子の変化に気づくこともある。基本的に普段のレンマも鬱々とした雰囲気を漂わせているが、今日の彼はいつにも増して暗かった。

 レンマはそんな目ざとい問いかけに、ほんの少し口元を歪めると首を横に降った。

「別に、大したことはないよ」

 そう言いつつ、冴えない表情で鬱々とため息を吐く。

 いつもの皮肉が出てこないレンマのその様子に、重症だなとギリンは内心ごちる。

 ふむ、としばらくホビットらしく伸ばした髭の先を梳いていると、何事か浮かんだのか頷いた。

「まあ、何か嫌なことがあったのでしたら、酒でも買って飲んで、忘れてしまうのが一番でさ。いかがです? 外来品の、米を使った酒が手に入ったんですよ」

 そういって振りかると、カウンターの裏の棚に置かれた褐色の瓶を持ち上げた。その中には透明の液体が、なみなみと波打っている。

「うんと強い酒ですんで、ぱぁっとやるには一番でさ。きっと、世間のしがらみなど毛程も考えなくて良くなりますよ」

 そう言って黄色い歯を見せるギリンに、ようやくレンマは少しの苦笑を漏らした。

「辞めておくよ。下戸なんだ。酒は飲まない」

 少しは元気を取り戻したその様子に、ギリンは「残念」と笑うと、酒瓶を元の棚に戻した。

「それで、此度は何をお求めでいらっしゃる?」

 その問いに、レンマが幾つかの品物を挙げていく。ほとんどいつも通りの買い物である。

「ええと……、下級ポーション一箱、バンテージも一ダース。あと、携帯糧食の一番安いやつも一箱頼む」

 その代わり映えのしないメニューを聞いて、ギリンはため息を吐いた。

「旦那、ポーションとバンテージは良いとして、糧食はもう少しましな物にしたらどうです? 犬の餌の方が、まだ味気があるって評判ですぜ」

 栄養面と熱量(カロリー)を最優先した携帯糧食は、すべからく美味いものではない。しかし、それも最近は改善され、少し値を上げればまともな味のものも手に入るようになってきている。

 しかし、このレンマという冒険者は、それでも古くなった麦を油で焼き固めた様な匂いと味の、最下級の携帯糧食しか口にしない。

「栄養は取れるから、いいんだよ。味だって、慣れればどうってことない。……金も無いしな」

 そういって、レンマは笑う。そんな彼に、ギリンは視線を細めた。

「……昨日は赤字だったかもしれませんが、普段からそこそこ稼いでいるでしょうに。その稼ぎは、一体どこに消えてるんですか」

 そんなギリンの問いに、レンマは答えることができなかった。第三者が、その話に割り込んできたからだ。


「娼館に、でしょ」

 十代半ばの少女が、いつの間にか店の入口に佇んでいた。赤褐色の髪を肩の辺りに垂らした彼女は、整った顔に侮蔑を浮かべてレンマの事を睨んでいた。

「よく、色街一の大店に通ってるのを見るもの」

「こいつは嬢さん。いらっしゃい。今日も薬草を売りに来たので?」

「そうよ」

 少女はレンマを睨めつけたまま言葉少なに答えると、肩から下げていた革袋をカウンターに置く。彼女の服装は、野良仕事に適した布のズボンとシャツで、所々に泥がついていた。

 初対面の筈の少女に、しかし親の仇を見るような目で見られている。そんな状況に、レンマは困惑した。

「なん……だよ?」

 思わず問いかける。その問いに、少女はますます表情を歪めると口を開いた。

「まだ、死んでなかったんだ。あんた」

 少女の形の良い口から出てきたとは思えない、辛辣な言葉にレンマは硬直する。

 誰かの恨みを買う事に慣れてはいるが、ここまで露骨に暴言を吐かれたのは久しぶりである。

 あまりの事に固まったレンマを見かねたのか、ギリンが割って入ってきた。

「お嬢さん、随分と威勢の良いことで結構ですが、お得意様どうしで喧嘩などなさらないで頂きたいですな。商売は明るく楽しく、がうちのモットーなので」

 少女はその言葉にふん、と鼻息荒くそっぽを向くと、ギリンの方に向き直った。

「それで、買値はいくらぐらいつくの?」

「そうですなぁ……」

 ぱんぱんに膨らんだ袋から、薬草の束をギリンはカウンターに積んでいく。種類も、量もかなりのものだ。それの値段を相場に照らしあわせて即座に暗算していくギリンは、モグリであったが商人としてはなかなか優秀である。

「モギの葉が十三束に、アカネ草が五束、リンの実が三十二個……、占めて銀貨五枚に銅玉五つといった所でしょうかね」

「リンの実は今朝取ったものよ。この時期にこの量は貴重でしょ。銀貨六枚」

「……はぁ、嬢さんにはかないませんよ」

 ギリンは、レンマに対する時とは違って、やすやすと値上げ交渉に応じる。それに多少の不服を感じていたレンマだったが、不満を口にだす前に、そんな彼を会計を終えた少女がきっ、と睨みつけた。

「なんだってんだ、さっきから」

 流石のレンマも、理由もわからず敵意を向けられればむっとする。そんな彼に、少女は暗い恨みを目に灯して、彼を憎む理由を口にした。

「六年前、私の父さんは、あんたのせいで死んだのよ」

 その呪詛から、彼女の素性が大体わかった。レンマが色町に通っているのを知っているのも道理である。

 レンマは、彼女の恨み節を受けるのを厭うように、顔を背けた。そんな彼に、少女はもう用は無いようだった。

「帰るわ。そろそろお金が溜まるから、例のもの、仕入れておいてよね」

「毎度あり。ですが、『あれ』は私では伝手が無いので難しい。他の店に行ったほうが良いでしょうな」

「……なら、そうするわ」

 そう言って、最後にレンマを睨みつけて帰っていく。

「また明日、その男が居ない時に持ってくる」

 その台詞を最後に、万屋の扉が閉められた。


 ギリンは、ふうと一つ息を吐くと、レンマを見やった。レンマは、少女の去っていった扉を見つめている。

「彼女の父は六年前の、あの事件で迷宮に潜っていた者の一人だそうです」

「そうか……」

 レンマが力なく応える。

「親の仇を見るような目で、見られるのもしょうがないな」

 自嘲して、天上を仰ぎ見た。

「父親の名前は、なんていったんだ?」

 その問いに、ギリンが顎に手を当てて思案する。一拍置くと、思い出したようで手のひらの上に拳を当てた。

「確か、ゴーダ・ソロエルとか……」

「っ!?」

 その名前に、聞き覚えのあったレンマは驚愕した。思わずギリンの方を凝視する。

「ゴーダ……?」

 その名前を呼ぶ彼の声は震えていた。

「お知り合い、みたいですな」

「ああ……」

 そう言って、レンマはその場にずるずるとへたり込む。

「そうか、あの子、ゴーダの娘か……」

「ご存知だったので?」

 問いかけるギリンにレンマは弱々しく頷いた。

「ああ……。遠目だが、一度だけまみえたことがある。あの時はまだ、八歳だったが……」

「なるほど、父親を失って、色町に身を寄せましたか」

 訳知り顔で頷くギリン。色町には、娼館だけでなく、様々な施設が混在する。その中に、国の中でも最も大きな孤児院があるのだ。

 おそらくは、六年前の事件のあと、親の居なくなった彼女はそこで暮らしているのだろう。彼女のように、その事件で親を失った子供たちは大勢そこに見を寄せている。

 その子供たちはまさしく、レンマの罪の象徴だった。

「はは、」

 僅かに乾いた笑いを漏らす。

 今日は、随分と自分の過去の罪を見せつけられる。ギルドでは、自分の虚しさを。ここでは、自分の愚かしさを。

 いやと言うほどに直面させられる。

 六年も経ったのに、自分はひたすら地を這ったままで、何一つ変わらない。罪は薄れないし、間違いは覆ることはない。

 時の流れは総てを忘れさせると言うが、そんなことはなく。日々悪夢に苛まれて、罪の意識はまるで池の底の泥のように蓄積していく。

「俺が、許される訳ないよな」

 思いを馳せるのは、六年前。

 国中を巻き込んだ大規模な作戦(クエスト)の、一幕だった。


まだまだ、説明話が終わらない……。早く戦闘描写が書きたいのに。

今の所この作品は、欝話がメインになってしまっているのでなかなか読者の方も増えませんね^^;


次回は少し、過去の回想が入ります。


まだまだ、話の序盤の序盤で、書き用もないのも承知していますが、もしよろしければ感想など頂けると励みになります。

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