表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殲剣伝  作者: NOCK
第一部 『落伍者』
4/11

第三話

「なんで、なんであんただけが生き残った? 皆死んだのに、なんであんただけ……」

 少女が嘆く。

「あの時、あんたについて行かなければ、死なずにすんだんじゃないか!」

 青年が(なじ)る。

「あそこで何が起こったのか『忘れた』だと? フザケるな。そんな言い分で誰が納得する!」

 男が激高する。

「だまれだまれだまれ! あんたの言葉を誰が信用すると思っている? その呪いが、罪印が、何よりあんたの裏切りの印じゃないか」

 女性が呪う。

「最低だな、あんた」

「卑怯者……! 裏切り者……!」

「所詮君が、『騎士団』の彼らと並び立つのは無理だったのだよ。才能も住む世界も、君の様な『落伍者』とは比べるべくもない」

 人々が次々と彼を罵倒する。

 彼は体を丸め、もう止めてくれと、耳を塞ぎながら蹲うことしか出来なかった。

 憎しみと怒りを向けてくる人たちに、なんとか釈明しようと口を開くが、言葉が出ない。

 見れば、人々の伸ばした手が、彼の首を締め上げていた。

 「返せ」「返せ」 「返せ」「返せ」 「返せ」「返せ」

 その言葉は、怨嗟は、自分たちの大事な人々を奪われた憎しみに充ち満ちている。

 彼は涙を流しながら「許してくれ」と口を動かす。しかし、残念ながら喉からは声として出ることはなかった。

 いよいよ、締め付ける力が強くなってきた。レンマは、遠くなる意識を手繰りながら、助けを求める。すると、人垣の向こうで仲間たちと目が合った。

 彼は、助けを求めて、彼らに手を伸ばした。

 その懇願はしかし、彼らに届くことはなかった。

 仲間たちはレンマなど意に介さないかのように、歩み去っていった。

 絶望する。その後に、

 レンマは自分の首の骨の折れる音を聞いた。




 はっとして、レンマは抑えていた首筋から手を離した。目に映るのは木目の天上。見れば、正午を過ぎた自らの部屋の中だった。どうやら飛びっきりの悪夢を見ていたらしい。

 全身に嫌な汗をかいている。夢など見れないほどに疲弊したと思っていたのに、不条理なものである。

 なぜだか眠る前よりも重くなったように感じる体を起こして、レンマは二、三度頭を振ると、ベッドボードに置いてあった水差しを引き寄せる。そして、空であることに舌打ちする。

 しょうがない、とレンマは水差しを片手に、裏手の井戸まで歩いていった。


 彼のねぐらは、迷宮都市オウリュウの、主に下流階級の人々が集う集落『龍の尾』の、さらに外れである。

 大陸最大の迷宮である『主迷宮』や、それに次ぐ規模の『竜迷宮』にもほど近く、『ロックアックス』や『千客万来』が存在する商業区も近いその場所は、ただ迷宮に潜り続けることだけを考えれば非常に好条件の立地であるといえる。

 しかし、上流階級の冒険者や貴族、上級市民たちが住む高級住宅地区である『竜頭』や首都ジンリュウから避けるように中心区から遠くに位置している。そのため、首都への距離がそのまま地区の優劣に結びつくこの国において、『龍の尾』は貧民たちが住む地区となっていた。自然、周辺では日々事件やらいざこざが巻き起こっている。

 そんな物騒な地区にある彼の家は、風通しが良すぎる程に良いあばら屋だったが、男一人住む分には申し分のない設備の整った物件だった。特に、井戸と剣の稽古用の広場が付いていることから、レンマはそこそここの家を気に入っていた。もちろん、ジンリュウあたりの住民からすれば、自分の家の犬小屋よりも見窄らしいと評価するだろうが、レンマからしたらどうでも良いことである。

 むしろ、知り合いの経営する万屋よりは大分ましだろうなどと考えていた。

 

 レンマは庭先で裸になると。井戸の水で体を洗う。清らかな乙女でもなし、その様を覗き見ようとする不埒な輩など居ようはずもない。また、重ねて言えば、このような町外れに今まで人が訪ねてきたこともないので誰に憚ることはない。

 体を拭いて、服を着ると軽く体を伸ばす。すると、最悪だった寝覚めも多少は振り払えた様で、少し気が紛れてきた。

「さて、と」

 だいぶ時間が早いが、出かける事にした。レンマは革鎧を着込むと、昨日買ったばかりの剣を腰から下げる。

 そういえば昨日、赤字のショックから薬類や食料を買うのを忘れていた。それも補充しなければいけないだろう。出費がかさむ、とレンマはため息を吐いた。

「今日は昼の探索が出来ればいいんだがなぁ……」


 レンマの一日は、迷宮探索を取り仕切るギルドに向かうことから始まる。

 迷宮資産の保護などという名目で、一度に規定以上の冒険者が同じ迷宮に入る事をギルドは規制していた。そのため、どの迷宮に潜るにしても、事前の予約が必要となるのだ。

 もちろん一度に迷宮に潜れる人数が制限されている手前、冒険者を名乗る者は我先にとこの予約の為にギルドに殺到する。そして、ほぼ全ての一般冒険者が、日中の探索を希望するのだ。

 日が沈んでから迷宮に潜ろうとする者はめったに居ない。その理由に、街の生活サイクルとは別に、夜半における迷宮探索があまりにも危険であることが挙げられる。

 迷宮のモンスターは全て、常に仲良く徒党を組んでいる訳ではない。身内同士で殺し合いなどもするし、多種族を食ったりする事もある。

 しかし、理由はわかっていないが、そこに外側の生き物、人間を投入すると、その行動理念が底から変化する。全てのモンスターは敵対していたモンスターから、標的を人間に変更するのである。

 全てのモンスターは結託して、人に集中攻撃するようになる。それに対抗するために、ギルドはパーティの結成を推奨し、昼に大勢の冒険者を迷宮に侵入させることでモンスターの標的を分散させているのだ。

 逆に言うと、他のパーティが入りたがらない夜半に、一人で迷宮に潜るとなれば、その階層全てのモンスターの標的となる可能性がある。その危険性は、あえて言葉にする必要は無いだろう。


 レンマも好き好んでそのような危険を侵したいと考えている訳では無いので、昼に迷宮れればと、望みが薄くともギルドに顔を出すようにしているのである。

 ここで問題なのが、レンマが罪荷者であると言う点である。罪荷者は、全ての公共サービスにおいて他の一般人とは比べものにならない程のペナルティを被る。そしてそれは、冒険者ギルドに置いても同じことが言えるのである。

 例えば、一般冒険者の予約とレンマの予約が被った場合、一般冒険者のものが優先される。これは、例えレンマの予約の後に予約を入れてきた際にも適用される。なので事実上、レンマが昼に探索する事ができる機会は滅多に無い。

 それでも性懲りもなく昼の探索に向かうのは、本当にごくごく稀に、突然昼の予約を解消するパーティが出ることがあるからなのだ。その時は、比較的安全な昼の探索を行うことができる。

 今日もレンマは、そのごくごく少ない可能性を頼りに、真昼の街路をギルドに向かっていくのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ