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殲剣伝  作者: NOCK
第一部 『落伍者』
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第十話 <過去編>

 その頃のレンマは、まだ未来に絶望などしていなかった。才能は無くとも、剣は振り続けることができると、きっと仲間たちと同じ高みに至ることができると信じていた。

 それは、未来ある少年に許される尊い想いだった。その思いが、まさかたった一日の後に砕けてしまうなどとは、等の本人はもとより、その他の誰も予想だにしていなかった。

 『主竜降臨の儀』が行われるその日。誰しもがその日を祝い、祝福をするはずであった日である。

 それが後に災厄の日と、多くの人々の命と、一人の少年の未来を根こそぎ奪って余りある一日となるとは、きっと誰も思いもしなかったに違いない。


 レンマがサクラとの決闘を終えた数日後、『主竜降臨の儀』が一月ほど後に迫った時だった。

 サクラには騎士団を抜ける事の理解を得られたものの、その後の仲間たちの説得にも骨が折れた。ハララは拗ね、クロウは引き止め、ジャカは怒った。しかし、三人それぞれに、レンマは心根を話し、理解してもらうことで最期には納得してもらえた。

 さらに、レンマが脱退するということで、サクラは『黎明騎士団』自体を解散することに決めたらしい。レンマは止めたが、サクラに譲れない何かがあった様で、結局押し切られてしまった。

「わたし達は五人揃って初めて『黎明騎士団』なんだよ。だから、レンマが帰ってくるまで騎士団はお休み。私達も、一人ひとり別々の道で強くなってみる事にしたんだ」

 とは、サクラの言である。他の仲間達も、それぞれに思うことがあったのか、反対することはなかった。

「だから、レンマもぼやぼやしてると、いつまで経っても私たちに追いつけないよ?」

 それは、サクラなりの、仲間たちなりの激励だったのかもしれない。レンマは、早く実力をつけて、騎士団を再開させたいと改めて心に誓った。


 実際に騎士団を解散するのは、『主竜降臨』の後日、みなで集まってギルドに向かうということになった。黎明騎士団の紋章(エンブレム)を、その時に外し、ギルドに返還することでパーティの解散が確定するのだ。

 レンマは胸に光る紋章を見つめながら、それまでの一ヶ月間を決意に習って有意義に過ごそうと思っていた。


 今までほとんど五人で行動していた迷宮探索であったが、彼らから離れ、他の少し階梯の劣るパーティに入れてもらったりもした。

 その頃には、『黎明騎士団』の勇名もかなり広まっており、レンマも歓迎して臨時のパーティに迎え入れられた。

 いかに、他の仲間達に実力や階梯で劣るにしても、そこは腐っても一流パーティの一員である。八十階層という、普段とは大分低い階層の攻略と言うことでレンマは獅子奮迅の活躍を見せ、いつしか、オウリュウにおける中堅所の冒険者達の間では腕のいい助っ人として知られ、慕われるようになった。

 普段から、仲間たちに劣等感を感じていたレンマにとって、その向けられる尊敬の眼差しや、頼りにされているという実感は新鮮で、いつしか毎日のように彼らと迷宮に潜るようになっていた。

 そんなある日のことである。『主竜降臨の儀』を五日後に控えた頃、レンマはオウリュウの酒場『竜の盃』で、冒険者たちに囲まれていた。

「いやあ、マジですごいですよ。レンマさん。あの数のオーク相手に一人で勝ってしまうんですから」

 一人の若い冒険者がジョッキを片手にレンマを囃し立てる。名をジャックと良い、母親と二人暮しなのだそうだ。彼は、レンマよりも五つ上の筈だったが、その言葉は敬意にあふれていた。彼のそんな言葉にレンマが照れ笑いを浮かべる。

「いや、そんなことないです。階梯の差もありますし、あんまり威張れないですよ」

「かーっ、謙虚だねぇ。おいてめえら、我らがレンマの栄光に乾杯!」

 乾杯。と、叫ぶ髭面の男。ダンという名のドワーフがジョッキをかざすと、周りの冒険者たちも盃を掲げた。

 彼らは大体六十から八十程の階層で主に狩りをしている冒険者たちである。年齢はまちまちだが、比較的に三十代ほどになる年配の冒険者達が多かった。彼らは迷宮の攻略を目的として、より深い階層を目指す一流ギルドの者たちとは違い、ある一定の階層に留まり、そこでモンスターを狩ることで得る稼ぎで生計を立てる事を目的とした、いわゆる「職業冒険者」である。

 時に一流と呼ばれる者たちから侮蔑の対象となる彼らであるが、レンマはこの数日でその考えを改めていた。彼らは、自分たちの能力を正確に把握し、決して高望みはしない。

 自分と、家族とを養える稼ぎがあればそれでいいと言う者たちだ。人はそれを臆病と取るかもしれないが、自分の限界を把握し、それ以上に踏み込まないと言う精神は潔くて、レンマは未だに高みを目指している自分を浅ましく思ってしまった程だった。

 そんな事を、顔を真赤にして騒いでいる髭面の冒険者達に言った所、彼らの一人はニカッと笑って言ったのだった。

「馬鹿をいいなさんな。お前さんはまだまだ若い。未来を夢見るのは当然の権利じゃねぇか」

 他の冒険者が、レンマの頭をこねくり回して言う。

「俺らはかみさんや、ガキどもを食わせていかなきゃいけねえ。だから間違っても怪我なんてしちゃいけねぇし、死ぬなんてもっての他だ。でも、坊にはまだ、そんだけ保守的になるのは早いな」

「イタタ、イタいって」

 レンマがその腕を跳ね除けると、冒険者たちから笑い声が上がる。

「坊みたいな若いもんは、上を上を目指して目を輝かせてんのが丁度いいのさ。そして、出世した暁にはビールをたんまり奢ってくれりゃ言うことはねえ」

 そう言ってテーブルに片足をかけて、乾杯と叫んだ冒険者に、皆が便乗する。

 レンマは、そんな気のいい冒険者達に囲まれて充足を味わっていた。自分を認めてくれる、生き方を応援してくれる人たち。家族を支え、仲間を支えて生きている尊敬できる人たち。

 そんな彼らと共に、生きていくのも悪くない。レンマがそう思ってしまう程に、彼らは善良な人々だった。

「しっかし、気がつきゃ『主竜降臨』ももうすぐだなぁ」

 一人の冒険者が、ふと思いだしたかの様に口を開いた。

「今度はどんな主竜様がお見えになるのかねぇ」

「さあなぁ、美人だといいがな」

「おいおい、主竜様が美人だってのは決まりきったことだろう」

「それに間違いなく、お前は目にも止まらんさ」

「なにおう」

 一様に、新たな主竜の予想に話しの花を咲かせる。彼らは新たな主竜の降臨を心待ちにしていた。

 それも、現在この国に現存する主竜、アリアナ王妃の主竜であるエニロス宰相に対する国民の信望がこの上なく厚いためである。彼は、その膨大な魔力によって魔術に長けるだけでなく、機知に富んだ性質で、セリウの内政も一手に取り仕切っている。銀髪に赤い瞳の容貌は老いて尚、怜悧な美貌を覗かせ、宮殿の女性たちに秋波を送られているようだ。

 降臨する主竜達は総じて竜種としても能力に長け、人の姿を取った時の容貌はそれは素晴らしく麗しい。また、国に並々ならぬ益をもたらしてくれるというのだから、国民たちが新たな主竜に思いを馳せ、期待するのは当然の事と言える。

「あー、俺らも王国初のクエスト受けれればなぁ……」

「馬鹿言え、俺たちじゃ永久に無理だよ。レンマですら選ばれなかったんだぞ」

「俺らじゃ永久に無理だよなぁ……」

 そんな取り留めもない事を話していると、酒場の扉が開かれた。

「や、ごめん、遅れた」

 入ってきたのは、優しげな風貌で線の細い、二十代後半程の男だった。

「ゴーダさん、おかえりなさい」

 レンマが笑顔で彼を迎え入れる。容貌からは想像出来ないが、この酒場に居る冒険者の中で、彼がレンマの次に階梯が高い。『職業冒険者』の中ではリーダー的な存在である。ちなみに、レンマを彼らの仲間として迎え入れたのも彼である。

「ゴーダ、何やってんだ、遅いぞ!」

 ダンが野次を飛ばすと、ゴーダは苦笑して謝った。

「すまんすまん。ちょっとギルドで呼び止められてね」

「ギルドに? ……なんかあったんですか?」

「うん。新しいクエストが出ててね、僕ら程度の階梯の冒険者を対象に五百人ほど」

 ゴーダがそのクエストの案内書を、机の上に広げる。近くに居た冒険者たちが机に押しかける。

「おいおい、五百人て……どれだけ大規模なクエストだよ?」

 一人が嘆息する。迷宮の階層に稀に現れる(ボス)モンスター討伐ですら、多くて三十任前後である。それが、五百人。とても尋常なクエスとは言えない。

「ギルドの話では、『主竜降臨の儀』と同時に行われるクエストみたいだね」

「でもゴーダさん、場所は『主迷宮』です。儀式が行われる『龍迷宮』とは違いますよ」

 ジャックが、案内書の項目を指さして言う。レンマが、その下の依頼内容を読み進める。

「内容は……警戒? パトロール? こんな大掛かりの?」

 警戒やパトロールなどのクエストは珍しいが存在している。例えば、魔術学院の学生などが研修で迷宮に潜ったり、貴族の子弟が道楽で狩りなどをする時にあらかじめ危険が無いかを確認したりするのが主な任務である。

 しかし、この大勢で行う警戒任務などはレンマも聞いたことがない。

「ああ、主迷宮の五十階層で行うらしい」

「五十階……、迷宮の種類は違えど、龍迷宮と同じ階層ですね」

 何か共通項があるのだろうかと、レンマが考えこむ。

「確かにそうだな」

 ゴーダが頷くと、ダンが眉間にシワを寄せた。

「ちっ、やつらはちょいちょいこうやって情報不足の依頼を作りやがる。それで何度か危ない目にあったが、これはその中でも最高に意味不明だな」

 ジョッキを机に叩きつけて、悪態を吐くダンをジャックがなだめる。

「まあまあ、ダンさん落ち着いて。確かに府に落ちないですけど、この依頼結構払いが良いですよ」

 言って依頼料の項目を指さす。そこには金貨二枚の文字。彼らの週の稼ぎが銀玉二つであるから、たった一度の依頼で十週間分の稼ぎということになる。かなり破格だ。ダンが目を丸くする。

「こりゃあ、美味い、美味い話だが……」

 ダンが言って、苦い表情を浮かべる。

「なんか裏があるだろ、これ」

「ギルドが言うには、主竜降臨の祝いに冒険者達にサービスするって話らしい」

「ただのイベントってことですかね……」

 悩むレンマ達のもとに、一人の冒険者が声をかけた。

「ま、考えてもしょうがないでしょう。ギルドもたまには太っ腹な所を見せてくれたってことで」

 その他の何名かもそれに追従する。

「そうだな、楽して大量に稼げる。こんなに良いことは無い。乗らなきゃ損だぜ」

「五百人もいるのだし、何か起こっても何とかなるだろう」

 そうした意見が増えるにつれ、周りもその気になってくる。そんな彼らを抑える様にゴーダは言った。

「いや、まず情報を集めるべきだ。軽はずみに詳細不明のクエストに挑むのは危険だ」

「まあまあ、何とかなりますって。俺達にはレンマもついてるんだしな!」

 そう言って、浮かれて乾杯を繰り返す彼らに、ゴーダはやれやれと首を振った。

「……なんとか、もう少し情報を集めてみるよ」

「……お願いします」

 もう、止めると言っても聞かないだろう。レンマとゴーダは顔を見合わせると、ため息を吐いた。




 場所は変わって、暗い暗い闇の中。その最も暗い奥深くで、金の眼が開かれた。まどろむ様に、何度か開閉を繰り返すそれは、細く長い瞳孔の奥に炎の様な光を宿している。

 その炎が呈するのは、飢餓。何に飢えているのかはわからない。だが、狂気的な光はその飢えが尋常ならざるものである事を示していた。

「嗚呼」

 それ(・・)は、巨大な黒い躰を揺らすと、まどろみを振り払う様に息を吐いた。それだけで、あたり一面が炎に彩られる。

「もう直ぐだ」

 何かが、迷宮の最奥で動き出そうとしていた。


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