第九話 <過去編>
いつになったら現代編に戻れるのか……。
「抜ける……レンマが、騎士団を? なんで? どうして」
レンマの、黎明騎士団からの脱退の意思を聞いたサクラは、呆然とし、次第にうろたえ始めた。余程受け入れ難い話だったのだろう。普段冷静沈着な彼女は見る影もない。
「ねえどうして? 今まで、みんなでここまで頑張ってきたじゃない。私たちみんなで、ずっと冒険しようって、約束してたのに」
サクラにとって、否、皆にとって黎明騎士団は家族の様な存在だった。どんな苦境でも、皆で力を合わせて乗り越えた。誰かに不幸があったのなら共に悲しみ、誰かに幸があったのならば共に喜び合った。
そんな仲間達の中から、誰よりも長い時を過ごしたレンマが一人抜けようと言うのだ。
サクラは、目尻に涙が溜まるのを自覚しながら、こらえてレンマに問いかけた。
「答えてよ、レンマ。何か理由を言ってくれなきゃ、わからないよ」
対するレンマは、サクラの方を見つめながら何も語らない。その拳は、サクラからは見えなかったが、固く握りしめられていた。
サクラは強者であるがため、レンマの心中を察せないでいた。レンマは弱者であるため、サクラに心中を話せないでいた。
そんな膠着した空気を引き裂いたのは、リンドのしゃがれた声だった。
「まったく、じれったいねぇ、二人して強情なんだから」
彼女は木刀を杖にして、腰掛けていた小岩から立ち上がった。
「レンマ、黙っているばかりなら、この子はいつまで経っても理解しないよ」
「師匠……」
レンマが、不満気に口を開いた。
「サクラよ。レンマをいくら問い詰めようと、こいつは理由を話したがらないだろう」
「で、でも、理由も言わずに抜けるだなんて、納得できません!」
サクラはリンドに食って掛かった。普段なら、絶対に見せない反抗の態度に、リンドは、やれやれとため息を一つ吐く。
「そもそも、あんた達の間柄であっさり決別ができる訳が無いだろうさ。レンマ、話してやる気は無いのかい?」
その言葉に、レンマは首を縦に振る。焦れたサクラが、彼に詰め寄った。
「教えて、レンマ。何故私たちから離れるのか。……私達に対して、何か気に入らない事があるの?」
その言葉に、レンマは言葉を荒くした。
「君たちに対して、気に入らない事なんてある訳無いだろう!」
その剣幕に、一瞬たじろいだサクラだったが、次には彼女も声を張り上げた。
「だったら、教えてよ! なんで騎士団を抜けるのか、わからないから。このままの状態で、納得できる訳がないよ!」
その、切実とした願いに、レンマがやっと折れた。
「分かった。話す。でもその代わりに」
レンマが、その手に持った木刀をサクラに突きだした。
「勝負してくれ。サクラ」
突然のレンマの言い分に、サクラが困惑する。
「し、勝負? でも、」
「おやり、サクラ」
リンドも、ただ押し問答をするよりも、その方が早いと察したのだろう。サクラに向かって、持っていた木刀を投げ渡した。
「し、師匠?」
困惑するサクラに、リンドは言う。
「本気でおやり」
「本気でって、でも……」
サクラは渋る。彼女とレンマの階梯差は二七、本気でやったら、まずサクラが勝つだろう。
そう思って、断ろうとしたサクラだったが、横合いから掛けられたレンマの言葉に、考えを改めた。
「そうすれば、僕が騎士団を抜ける理由がわかるよ」
「……理由を話してくれるのね?」
サクラが聞き返す。
「サクラが勝ったらな」
そう言って、口元を釣り上げるレンマ。それを見て、サクラもリンドから受け取った木刀を彼に突きつけた。
「わかった、本気で行くよ、レンマ!」
二人は、広場の中心で向かい合う。その様をみて、リンドがやれやれと首を振った。
「本当に、不器用な子たちだねぇ……」
レンマは、木刀を構えるサクラを見やる。その構えは自然体。剣を片手に持ち、ほとんど身構える事無く静かに佇んでいる。
彼女の形の良い目は鋭く細められ、清冽かつ鋭利な剣気を纏っている。一見隙だらけにも見える構えとは裏腹に、油断して撃ちこめば、直ぐ様切り捨てられるだろう予感を感じさせた。
対するレンマは、刀を腹の前あたりで真っ直ぐ構えている。正眼と呼ばれるこの構えは、剣術における全ての動きに対応できる基礎でありながら万能の構えである。
向かい合う二人の間で、リンドは宣言した。
「審判はあたしがやるよ。お互い、木刀による一本勝負。いいかい?」
「はい」
「はい」
二人が了解するのを見ると、リンドはその場を数歩離れ、声を張り上げた。
「では、始めぇ!」
リンドの試合開始の合図が、辺りに響き渡る。その瞬間、レンマはサクラに向かって駈け出した。
――先手必勝。サクラ相手に、待ちの剣で接するのは無謀だ。連撃の系『華』を極めつつある彼女相手に時間を与えれば、直ぐに圧倒的な連続技に押し切られてしまう。
レンマは、剣を右肩越しに大きく振りかぶり、袈裟がけにサクラに振り下ろした。正道『陽』の系、二番の技である『曙光』である。
レンマと、サクラの木刀が彼らの中心で重たい音を立てた。レンマの剣は、難なく受け止められてしまった様だ。鍔迫り合う木刀越しに、二人の目が合う。
力と力の押し合い。昔は男であるレンマに分のあったその力関係は、今では互角に、否、二十以上の階梯差によって、むしろサクラに有利となっていた。
「くっ」
レンマは、内心の悔しさを隠しながら、彼女の剣をいなす。体制を崩されたサクラはしかし、余裕すら感じさせる動きで直ぐに構えを立てなおした。
次にレンマ放つのは、正道『獣』の系、三番『渾突』。全身のバネを使った突進突きである。レンマの今放てる技の中でも、最も威力の高い技の一つ。それが、サクラの喉元にせまる。
「はあっ!」
「――っ!」
しかし、その刺突は、サクラに届くかと思われた瞬間に、四撃の剣閃に掻き消された。
連撃の系、正道の『華』の太刀。その四番『睡蓮花』である。まるで水面を漂う花弁の様に、その剣閃はレンマの獲物に絡みつくと、その突撃の威力を完全に相殺していた。
もし、レンマが即座に身を引いていなければ、その腕ごと剣を叩き落されていただろう。
レンマが、体制を立て直す為にサクラから距離を取る。しかし、そうはさせじと、サクラはすぐに追撃し、剣撃を繰り出してきた。花の三番『狂い百合』。その三回振るわれる剣撃を、レンマは何とか、乱撃の系『風』の三番『旋風』の乱撃を合わせることで凌ぎ切った。
「はぁ、はぁ、……すごいな。また腕を上げた」
レンマが口を開く。彼の呼吸は、この段階で既にかなり乱れてきていた。
「別に、自分では実感は無いよ」
対するサクラは、汗が少し滲んでいる程度だ。レンマとは、階梯差による基礎能力の段階で大きな差ができていた。昔は、彼女は病弱で体力の無い少女で、体力的にはレンマが勝っていたのだが、今やその立場は逆転してしまった様だ。
徐々に、レンマの動きに精細がなくなっていく。逆に、サクラの剣閃は鈍る気配がない。既に、レンマの身体には捌ききれなかった連撃によっていくつも痣が付けられていた。
レンマが放つ剣撃は次々といなされ、撃ち落されていく。その様を見ながら、リンドはため息を吐いて、目を閉じた。――もう、勝負になるまい。
「くそ!」
レンマが悪態をついた。もう、何度目かわからない斬撃を、彼女に捌かれた所だった。だが、レンマが悪態をついたのは、そのためでは無かった。
「なんで、君からは攻撃して来ない!」
「だ、だって!」
そう、サクラは試合が始まってから一度も、レンマに有効となる一撃を放たないでいた。それは、彼女の思いやりによるものだったが、剣士として、男として、手加減をされることをレンマは許容出来なかった。
レンマは激高する。
「僕は弱い」
横薙ぎの一撃は、簡単に防がれる。
「才能もない」
繰り出す突きは、難なく躱される。
「階梯だって、上がらない」
放つ連撃は、それ以上の連撃に撃ち落された。
「だけど、剣士としての誇りだけは、僕にもある!」
レンマは、もう、息も絶え絶えだった。
「だから、サクラ。本気を出してくれなきゃ、許さない」
その言葉に、サクラは唇を噛んだ。
「だって、本気で撃ったら、レンマが怪我する」
その言葉に、レンマが怒った。
「そんな風に気を使う相手と、君はこれからもパーティを組んでいくつもりだったのか!?」
そう言われて、初めてサクラは、レンマが試合を望んだ訳がわかった。
サクラに、実感させる為だったのだ。レンマ自身の弱さを、これ以上無い方法で。
共にこれからを歩んで行くのは、不可能だと伝えるために。
「レンマ……」
「君が、そのまま手加減し続けるならそれでいい。僕はただ、このまま決別するだけだ。――だけど、サクラ」
レンマは、疲労した身体にむち打ち、構えなおした。
「君にもし、僕の誇りを思う心があるのなら、本気で撃ちあって欲しい。そしたら、話すよ。僕の思いを」
その言葉に、サクラは覚悟を決めたようだった。サクラは、彼女の最も得意な技の構えを執った。左足を前に出し、剣を身体の裏で横一文字に構えている。
「わかった、行くよ、レンマ。……凌いで見せて」
その言葉に応じる様に、レンマも駈け出した。
「『華』の系、悟番『桜花斬』――!」
「『月』の系、四番『繊月』――!」
レンマは、斬撃を。サクラは、五連の剣撃を。それぞれ渾身の力で放った。
共に、これ以上ない剣技であったが、結果はもちろん決まりきっていた。
レンマの剣が、サクラの剣閃の一つによって弾き飛ばされる。続けて、残り四つの剣撃が、レンマの身に襲いかかった。
迫り来る剣閃を見ながら、レンマは思う。本当に、美しい剣だと。流麗で、清冽で、華麗な剣技。それに、目を奪われながら、レンマは剣閃をその身に受けた。
地面に叩きつけられた後、少し遠くなりかけた意識の端で、リンドが試合終了の宣言が聞こえた。
「だ、大丈夫? レンマ!」
地面に仰向けに、叩きつけられたレンマに、彼を打倒したサクラが焦って駆け寄ってくる。そんな彼女を見上げて、レンマは笑った。
「大丈夫。……やっぱり、強いな。サクラは」
圧巻だった。正直、彼女が本気を出した途端に手も足も出なくなったと言っていい。
その圧倒的な剣技に、レンマは相対した身でありながら見蕩れたほどだった。
やっぱり彼女は、彼女の剣は、すばらしいと、そう思った。自分なんかに歩む歩幅を合わせさせていい才能ではないと、もっと相応しい舞台があると。だから彼は、サクラに対して言った。
「サクラ、例のクエスト、受けろよ」
「でも……」
サクラが渋る。聡い彼女である。レンマがどういった考えで、自分たちから離れようとしているのか、おぼろげにも悟ったようだった。
「僕なんかのために、チャンスを棒に振ろうとするな。もったいないだろ、サクラの剣が」
いつかも、レンマは、これと同じ様な事をサクラに言ったことがあった。
彼らがまだ幼かった頃、レンマより要領よく技を覚えてしまう事に引け目を感じたサクラは、頑張っている彼に申し訳なさを感じて剣を学ぶ事を辞めようとしたことがある。
そのときも、レンマは彼女に「才能がもったいないだろ」と言って、剣の道に引きずり戻した。
そう、レンマは、サクラの剣の才に誰よりも惚れ込んでいるからこそ、彼女の剣が埋もれてしまう事を誰よりも嫌っていたのだ。
レンマは再度、口を開く。
「僕には、剣の才能は無い。でも、サクラには、僕とは比べ物にならない程の天性の才能がある。だから、それを僕に遠慮して不意にしようとするのは許せないんだ。僕が、僕自身を許せなくなる」
そう言って、困ったような笑みを浮かべるレンマに、サクラはしゃっくり上げた。
「ずるいよ、そんな事言われたら、どうしていいのかわからない……」
涙をこらえて、声を震わせて、サクラは少年をなじる。
「私たちは、レンマの事が好きだよ。だから嫌だったんだ。このクエストを受けたらきっと、レンマと私達は、今まで通り一緒にでいられなくなる」
そう言うサクラの言葉を、レンマは首を振って否定した。
「でも、それは当前のことだろう。普通の冒険者のパーティでも、階梯の差に開きが出てきたら、メンバーを組み替えるのはよくある事だ」
「でも……」
「僕は、みんなにおんぶに抱っこで迷宮を攻略したくない。みんなの重荷になりたくないんだ」
言ったレンマに、サクラが怒る。
「重荷なんかじゃない! 私は、みなは、そんなことを思ったこと無い!」
「そうさ、みんなは優しい。だから、僕を重荷になんて思わないだろうさ。でも、当の僕が、みなに世話をかける事に耐えられないんだ」
「せ、世話なんて!」
「かけてるよ! みんな、それとなく僕をフォローしている。ジャカは必ず弱い方の敵を僕に譲るし、クロウは守護の術を余計に僕にかけてる。――そんな状態で、僕はみなと肩を並べて戦っていると誇れるほど、僕は恥知らずじゃない!」
次第に声が荒くなっていた事に気づき、レンマは少し心を落ち着ける。
「だから、僕は君たちと離れたいんだ。サクラ」
そのレンマの言葉に、ついにサクラが目から涙を溢れさせた。
「諦めるの……? 今までレンマは、ずっとずっと頑張って、諦めらずに剣を振ってきたのに。もうだめだからって、諦めちゃうの?」
サクラが、悲しげにレンマに問いかける。レンマは、そのサクラに向かって言った。
「諦めないさ」
「えっ?」
サクラが、驚いて俯いていた顔を上げた。
「僕は、桜たちを諦めない。いつかきっと、君たちに追いついてみせる」
レンマは、にやりと笑ってみせる。どんな時でもへこたれずに上を向いて挑戦をし続ける、レンマのいつもの表情だった。
「僕なりのやり方で、みっともなくても、回り道をしても、足掻いて足掻いて、きっと君たちと肩を並べる事のできる剣士になってみせる。だからさ、サクラ」
レンマは、木刀の先を彼女の方に向けて宣言した。
「僕の事を待って、たらたらしてる様なら、逆に抜かして先行くよ?」
そう言った彼に、サクラは泣きながら微笑んだ。
「ばかだなぁ、レンマは」
彼女は、レンマの誓いを受け入れる事にしたのだった。
今回は、ちょっと長めです(とはいっても、いつも一話がごく短い訳ですが)
書きためているわけではないので、その日その日に掛けた分だけUPさせて頂いてます(´ー`)ノ
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大変マイナーなジャンルですが、ランキング入れたら嬉しいな……。みなさまどうぞ今後も宜しくお願いします_(._.)_