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ふー、と息を吐きながら、紋白直孝は大型カプセル(・・・・)型筐体の中で大きく背伸びをした。
目の前には百八十度以上の全天モニタ。レバーが二本に、それぞれに四つずつボタンが付いている。足元には二つのペダル。
直孝はハッチを手で押して開き、外に出た。途端につんざくような大きな音が直孝の耳に届く。様々なゲームの効果音やBGMだ。
直孝は、ICカードを外にある機械に通す。ポン、という効果音が流れ、タッチパネルに先の戦闘での戦績が表示された。
倒した相手、パイロットネーム≪モック≫は、十万人を超えるプレイヤーたちの中で、全国ランキング八十九位という、いわゆるランカーと呼ばれる類のプレイヤーである。
必然的に、このゲームのプレイ時間はかなりのものになっているはずだ。そうでなければランキング上位に位置するのは難しい。
≪テラーズ・スティア≫。
三年前にゲームセンターに登場したアーケードゲームである。製作会社は国内のゲーム会社、≪プレデクト≫。
二足歩行の人型兵器を操り、敵を倒す、というのがこのゲームの主旨だ。
この中には二つの勢力が存在し、自分と違う勢力に所属している機体が敵。敵味方の判断基準は至ってシンプルである。
プレイヤーは筐体の中にプレイ料金を投入し、五十箇所以上ある戦闘区域から一つの地域を選び、そこで戦闘を開始する。
プレイ料金は百円。これで一ゲームのプレイが可能だ。これだけのゲームを動かせるほどの回線を使っているなら、その通信費だけでかなりの金額を必要とするはずなのだが、このゲームは安い。それこそが、今のゲームセンターでの筆頭人気ゲームたる理由の一つであろう。
戦闘開始した区域にいる味方と協力し合い、敵を倒すのだが、さっきの直孝のように人がほとんどいないときもある。
普通はシステムが勝手にプレイヤーを振り分け、五対五で組まれる戦闘だが、誰ともマッチングしない場合はプログラムが動かすパイロットと戦うことになる。そこで勝利してもプレイヤーデータに何かが加算されるわけでもなく、正直なところ金の無駄遣いだ。
まだ、一人人間のパイロットがいただけマシと言えるだろう。
だが、直孝が敵と遭遇しにくい理由はもう一つある。
ゲームが登場してからもう三年。人気ゲームであるがゆえに、未だ新規プレイヤーは後を立たない。しかし彼らとランカークラスのプレイヤーを一緒に戦わせるわけにはいかない。プレイヤーのレベルが違いすぎる。
だから、クラスというものが作られている。
これは、プレイヤーの撃墜ポイントというもので決められるのだが、今のところクラスは全部で五つ。
撃墜ポイントが0から999、1000から2999、3000から4999、5000から9999、10000以上。
この五つである。
直孝が所属しているのは一番上、撃墜ポイント10000以上のクラス。このクラスに所属しているのは、全国でも上から百人程度だ。
直孝のパイロットネームは、≪インシュヴァルツ≫。全国ランキング八位。ランカーの中のランカーである。
ランキングもそこまでくれば、ある程度の上層プレイヤーならば知らないものがいないほどの有名プレイヤーになる。だが、彼をそこまで有名にしている理由は、八位というランキングだけではない。もう一つ要因がある。
話は変わるが、このゲームでの撃墜ポイントというのは、撃墜した機体の数から、敵に撃墜された数を引いた数字がそれになる。
例えばモックなどは、20000機程度撃墜しているが、その約半分の10000回くらい撃墜されているのだろう。つまり撃墜ポイントは10000ちょっとだ。
そしてインシュヴァルツの撃墜ポイントは約24000。そして、驚くべきは彼が26000機しか撃墜していないことだ。
つまり、撃墜されたのはたったの2000回。撃墜した数のわずか十二分の一なのだ。その脅威の生存率こそが、撃墜ポイントでは全国八位であるものの、インシュヴァルツが最強のランカーではないかとまで噂されている所以である。
ピ、という音がして、データを書き込み終わったICカードが排出されてきた。直孝はそれを取り、カードケースに収める。
すでに時刻は八時を回っている。今日はそろそろ潮時だろう。一人暮らしをしている直孝は、何時に帰ろうと怒られることは無い。だが、稼いでいるバイト代にも限りがある。いくらこのゲームが安いとはいえ、程度は考えるべきだ。
直孝は家に帰ることを決め、ゲームセンターの自動ドアを潜り抜けた。