生態系
タバサは絶句し、ぱくぱくと口を動かし、やっとのことで言葉を発した。
「それじゃ、それじゃ……あれは生き物だったの? 一飲みにするって、何のために?」
「君の〝ハビタット〟を吸収するために、そして君の分身のデータを横取りするためにさ! いや、融合するためかな? ここでは食うものも、食われるものも同じなんだ。あれを見ろ!」
二郎が指差した方向を見ると、はるか彼方のごつごつとした丘に、一人の人物が立っている。幅広のテンガロン・ハット。
あのカウボーイだ!
しかしタバサは、カウボーイの姿が、奇妙に変形していることを認めた。
上半身は元のままだが、下半身は馬の両足になっている。尻からはぱたぱたと動く、馬の尻尾が突き出ていた。さらに、腰のあたりから、馬の首が前方に突き出していた。
ひひーん! 馬の首が、高く嘶いた!
ぱしんっ! と、カウボーイは自分の尻を叩くと、ぴょんと前へ飛び出す。二本の馬の足が地面を踏みしめ、蹄がぱからっ! ぱからっ! と、音を立てた。
ぱかぱかとカウボーイは、タバサのほうへ近づいてくる。満面に笑みを湛え、ひどく満足げである。
並足になって近づいたカウボーイは、ハットを指先で撥ね上げ、にやっと笑いかけた。
「ここが【ロスト・ワールド】けえ! まんず、おらにとっては、ええ場所だなあ! おら、ずっと人馬一体になることを夢見てただよ! その望みが叶って、満足だあ!」
言葉どおり、カウボーイの顔には、充足した表情が溢れんばかりに現れている。
ひひーんっ!
遠くから同じような馬の嘶きが聞こえてきた。声の方向を見ると、二本足の馬が数十頭、群れを成して丘を駈けている。カウボーイは、そわそわとし始めた。
「ありゃ! 仲間が呼んでいるだあよ! おら、急がなくてはならねえっ! ほんじゃ、どちらさんも、御機嫌よう……」
ぱかぱかと蹄を鳴らし、群れの中へ戻っていく。
「ああいうのも、いる。ここの暮らしに満足する連中も、少数だが、いるんだ……」
二郎の解説に、全員ぼけっと、言葉もなく立ち尽くしていた。
「でも〝ロスト〟するんでしょう? 記憶をなくして……。自分が【ロスト・ワールド】に入り込んだことも憶えていないんでしょ?」
タバサは苦々しげな口調になって尋ねる。二郎はしょっぱい顔つきになって頷いた。
「まあな。ここには〝ロスト〟したプレイヤーが、うようよ徘徊しているよ。だから気をつけろ、と注意したんだ」
二郎の言葉に、皆、粛然となった。
ゲルダだけは背を真っ直ぐ伸ばし、厳しい顔つきになった。
「それで……シャドウは、どこにいるのです? 我々はシャドウを見つけなければ!」
ゲルダ少佐の表情には、使命感が溢れている。
二郎は頷き、歩き出す。
「こっちだ……。【ロスト・ワールド】の地理が変わっていなければ、シャドウの住む本拠地は、こっちの方向にあるはずだ」
ぞろぞろと二郎の後に続き、全員が一斉に歩き出した。
タバサは二郎に追いつき、話し掛ける。
「地理が変わっていなければ、ってどういう意味?」
二郎は、にやっと笑った。
「まあな。ここじゃ、地理が変化することは、しょっちゅうだよ。聳えている山脈が、次の日にぱっと消えている、なんてことは珍しくも何ともない」
答える二郎の歩みは自信に満ち、力強かった。