ドア
言ってる端から、一人の住民がふらふらと前を横切る。
看板に近づき、ぼけっとした表情で見上げる。
なぜか西部劇から脱け出たような扮装をしていた。幅広のテンガロン・ハット。明るい茶色のシャップス(乗馬用の前覆い)。歩くたびに、踵の拍車が、かちゃかちゃと軽薄な音を立てていた。
平原児はハットを持ち上げ、にやりと笑った。
看板の下には、一枚のドアがあった。何の変哲も無い、木の板でできている。ドアには金色のノブが突き出していた。
「面白そうだなあ……おら、一度【ロスト・ワールド】ちゅうところへ行きたいと思っていただよ!」
ぐいっと手を伸ばし、ノブを握りしめる。
「やめろ、おい!」
二郎が慌てて一歩前へ出たが、すでに遅かった。カウボーイは、さっさとドアを潜り抜け、中へと踏み込んでいた。
ばたり、とドアが閉まった。
ひひーん! と馬の嘶き。ついで「タリイ・ホウ!」という男の怒鳴り声。
ぱかっ、ぱかっと蹄の音がして遠ざかる。
全員が毒気を抜かれたかのような顔を見合わせた。
玄之丞が二郎に向け、決意した口調で声を掛けた。
「行くか?」
二郎は、ゆっくりと頷く。
「向こうのお招きとあればね……」
ゲルダが逡巡を振り払うように叫んだ。
「エミリー皇女が助けを求めております! 行かなければなりません!」
拗ねた顔つきで知里夫が「へっ」と笑った。
「こりゃ、おっそろしく楽しめそうだ!」
二郎はタバサを振り返る。
「タバサ! これが最後のチャンスだぞ。【ロスト・ワールド】に足を踏み入れたら、もう行くところまで行くしかないんだぞ。戻れるのは、今だけだ」
タバサは唇を噛みしめる。気付くと、自分の手の平がじっとりと汗ばんでいる。
怖くない! 怖く……ないったら!
と、すたすたという足音がして、タバサの横を晴彦がのんびりとした顔つきのまま、ドアに歩いていく。
何の躊躇いもなく、晴彦はドアを開けた。
「晴彦さん!」
タバサが呼び掛けると、晴彦は「にこっ」と笑顔になった。
そのまま平気な顔で、足を踏み入れる。
「待って!」と、思わずタバサは追いかけた。
たった一歩。それだけでタバサは【ロスト・ワールド】に踏み入れてしまっていた。