決意
二郎の分身の【シャドウ】は、すでに自分のいる世界が【ロスト・ワールド】に変貌している事実を確信していた。
もう、戻れない。自分はこの〝世界〟に囚われたまま、永遠に過ごす羽目になる。
今頃は本来の自分――オリジナルの客家二郎──は、仮想現実空間の構築に失敗したことを悟り、大慌てでオリジナルの【パンドラ】プログラムの修正にかかっていることだろう。
【シャドウ】は、すでに自分本来の客家二郎という名前を拒否していた。この瞬間から、自分は【シャドウ】である、と決めていた。
いつか二郎は、この〝世界〟へやってくることだろう。プログラムの欠陥を修正して【ロスト・ワールド】を消滅させるために。
【シャドウ】はゆっくりと自分が作り出した〝世界〟を眺めた。
微かな風に、真っ白な髪の毛が揺れる。
毒々しい真っ赤な空に、いやらしい緑色の雲がたなびいている。きらきらと輝く結晶の森に、硬質な金属の丘、光の筋が走る多結晶の山脈。
こんな世界で暮らすとは、とても耐えられない! おれは人間の世界に戻りたい……。
【シャドウ】の両腕が持ち上がり、〝世界〟を再構築しようと複雑な舞を描く。思い描くのは、人間の世界……。
が、それが途中で止まった。首を捻る。
おれは、どこに帰りたいのだ? あの、薄汚れた、仮想現実装置だけがぽつんと置かれたアパートの一室か?
ぱたん、と両腕が下ろされ、両脇にだらりと垂れる。
いいや! 違うぞ! おれの戻る場所は……。
仮想現実! 無数の人々が暮らす、もう一つの現実世界。
おれの戻る場所は、あそこしかない!
なんとか、この【ロスト・ワールド】に〝門〟を作り出し、他の〝世界〟と行き来できる関門を開通させなくては。