倫理保護規定
「これが倫理保護規定だ!
仮想現実で、どんなに酷い怪我をしても、苦痛の信号はカットされる。当たり前だ! 一々、冒険するたびに、本当の痛みを感じていては、誰も仮想現実で好きな行動はできないからな。
しかし【ロスト・ワールド】では、そうはいかない。あそこでは、本当の苦痛が待っている。もし、死ぬほどの怪我や事故を体験したら……」
二郎は言葉を切り、タバサの目を覗きこんだ。タバサは思わず聞き返す。
「どうなるの?」
二郎は、ふっと視線を逸らした。
「判らん! おれ自身、そんな失敗のないよう用心していたからな。だが、死ぬような苦痛を体験したら、それこそ冗談では済まない心理的なダメージを受けるのではないかな? 七十二時間という時間制限の前に〝ロスト〟が起きてしまうかもしれない」
真面目な二郎の口調に、タバサは円卓のターク首相の様子が気になった。
タークは、じっと下唇を噛みしめ、何事か考え込んでいる様子だ。自分一人きりの思考に沈んでいるようである。
ずっしりと重そうな功労賞や、勲章を胸に飾った軍隊の重鎮たちは、ひそひそと何事かお互い囁きあっている。一人がゲルダ少佐の袖を掴み、何事か指示する。
ゲルダ少佐が二郎に向き直り、口を開く。
「それで……あなたは【ロスト・ワールド】に何度も潜入したと言ったけど、どうして他の人のように、虜囚とならずに帰還できたの?」
二郎は得意そうな笑顔になった。ぽん、と上着のポケットを叩くと、ぴょい、と金属の球体が飛び出す。球体は円卓の真ん中に浮かび、きんきんとした声を発した。
「よろしく! わたくし、客家二郎さまの助手の、ティンカーです!」