拉致
何事かと、タバサが二郎の視線を追った。
舞台からはみ出てぐるぐると渦を巻いている〝門〟が、さらに直径を増している。今や天井まで達し、観客席の半分を覆っている。
二郎はタバサと首相の腕を掴み、出口へと走り出した。抗いようのない二郎の腕力に、タバサと首相は否応なしに引っ張られ、出口へと駆け込んだ。
劇場の外、王宮前の広場に飛び出した二郎は、くるりと振り返って指さした。
「見ろ! 〝門〟が……!」
国立蒸汽劇場の建物が、見ている前で奇妙に拉げ始めた!
がっしりとした石造りの建物が内側からの力にへし折れ、柱が、屋根が、見る見る歪んでいく。崩壊の音は全然しなかった。
しん、と静まり返った静寂の中、建物の輪郭は内側へと曲がっていく。
わああっ! と叫び声を上げ、劇場の出口から、ようやく観客たちが外へと逃げ出していく。その後から、兵士たちも続いていた。
くるくると一枚の絵が巻き上げられるかのように、建物は内側へと倒れこんだ。まるで渦巻きに巻き込まれるかのようだった。
遂に建物は、跡形もなく消滅した。替わりに【ロスト・ワールド】の〝門〟が、その場に存在していた。
渦を巻いている空間、中心には光り輝く階段が、どこまでも上へと続いている。
階段には、シャドウが立っていた。シャドウは、じろりと首相のタークを睨みつけ、叫んだ。
「ターク首相! エミリー皇女は、我が【ロスト・ワールド】が頂いた! 皇女に相応しい玉座を用意し、全〝世界〟を統括する地位に昇って頂くから、安心しろ!」
タークは怒り心頭に発して叫び返す。
「馬鹿な! 皇女さまを今すぐ返せ! 【ロスト・ワールド】へなど、断固として行かせんぞ!」
シャドウは、ただ真っ赤な口を開け、高笑いでタークの叫びに報いただけだった。悠然と背中を見せ、階段を上っていく。
握りしめられたエミリー皇女は、必死になってシャドウの束縛から逃れようと暴れている。だが、まったく無益な試みであった。絶望がエミリーの顔に表れた。
「ターク! 助けて!」
シャドウは階段の途中、ふっと空中に掻き消えてしまう。最後のエミリーの悲鳴だけが、長々と静寂に響いていた。