56/198
危険
ようやく遅ればせながら、この時に至って、観客たちに恐怖の感情が、呆けた脳味噌に湧いて出たらしい。
絹を裂くような……と言いたいところだが、黒板を爪で引掻くような女の悲鳴が一声「ひいーっ!」と高く下品に響くと、それを切っ掛けに、会場全体が「わっ」とばかりに騒然となった。
「何だ、あれは?」
「エミリー皇女さまが!」
「悪魔か? そんな馬鹿な、ここは【蒸汽帝国】だぞ! 中世ヨーロッパの、RPG〝世界〟じゃないんだ!」
「誰かが、他の〝世界〟から持ってきたんじゃないのか? そんなこと、できるのか?」
皆、口々に勝手な与太を言い合っている。
呆然と立っていたタバサの腕を、二郎がぐいっと掴んで引き寄せる。近々と二郎はタバサに顔を近寄せ、喚いた。
「逃げろっ!」
「え……」と、タバサはまだぼんやりして、二郎の言葉が意識に届かない。
二郎は苛々した口調になった。
「逃げろ、と言ったんだ! 聞こえなかったのか?」
「で、でも、どうして……?」
「【ロスト・ワールド】に呑み込まれるぞ! 見ろ! あれを!」




