扇風機
観客も、舞台に立ち尽くすエミリーも、皆ぽかんとした表情で、巨大な扇風機を見上げている。
「な、何なの……?」
タバサは、呆然と呟いた。
隣の二郎も、訳が判らないという表情で、ただただ舞台に、どてん、と据えられた扇風機を見上げているだけだ。
と、扇風機に電源が入ったのか、羽根がゆっくりと回り出した。実にゆっくりで、からからと乾いた音が扇風機のモーター部分から聞こえている。
舞台を覆う、白い蒸汽が羽根に掻き回され、静かに輪を描く。白い渦巻きが、扇風機を中心に動いている。何の危険も感じさせない、呑気で少々間延びした光景だ。
ゆっくりとした羽根の動きに、タバサは意識がぼんやりとしてくるのを感じる。額に手をやり、目を擦る。そんなタバサの様子に、二郎が心配そうに声を掛けた。
「どうした?」
「なんだか、眠いの……」
二郎は「はっ」とした表情になり、慌てて周りを見渡す。ぐっとタバサの肩を掴み、荒々しく揺さぶる。
「煩いわねえ……。あたし、眠いんだって……」
二郎がタバサの耳もとに口をつけ、切迫した調子で叫んだ。
「起きろ! タバサ! 周りを見るんだ!」
「何よう……」
ぼんやりとした視界で、タバサは言われたとおり、周囲に目をやった。
観客たちが、タバサ同様、とろんとした目付きで舞台に視線を釘付けにされている。一様に、ぼーっと魂が脱け出たような、虚脱した間抜けな表情である。
舞台を見上げ、タバサは「あっ!」と小さく叫んだ。
「せ、扇風機は?」
舞台を占領していた扇風機はいつの間にやら、どこかへ消えていた。だが、扇風機が作り出した蒸汽の渦巻きだけは、相変わらずゆったりとした動きで旋回を続けている。
二郎は眉間に深い皺を刻み、鋭い目付きで渦巻きを見つめている。もう、座ってはおらず、腕組みをして観客席の中央通路に凛々しく、すっくと立っていた。